蚤の市
「クラスト、せっかく遊びに来たのだから、ラポストル領の蚤の市に行ってみない?」
月に一度開催される蚤の市は、古着や手作りの加工品、飲食の屋台なども出る大規模な古物市である。
「のみの市!? 行ってみたい!」
クラストははしゃいでアマレットに飛びついた。アマレットはクラストを抱き上げると、「さあ、お支度をしましょうね」とモカに着替えをさせるように頼む。
ラポストル領は領主と領民の距離が近く、慕われている分、市などにも出かけやすかった。それもこれも、これまでのグラン、そして英雄であるグランの父の働きによるものである。
クラストは膝丈のズボンにズボン吊り、白のシャツを着て、少しおめかしをしている。薄金色の髪が白いシャツによく映えていた。
アマレットも、かつてグランに贈られた空色のデイドレスを見に纏い、珊瑚の首飾りで胸元を飾った。
「二人とも、よく似合っている」
グランは目を細めて幸福そうにアマレットを見ていた。
グランはいつも通りの貴族然とした服に、かっちりとしたジャケットを羽織っている。
三人で並ぶと、まさに領主一族といった見栄えの良さであった。
「さあ、行こうか」
アマレットとグランが間にクラストを挟んで、両脇から手を繋いで歩く。クラストは大層嬉しそうに、両手に握られた大人たちの手を、ぎゅ、と握りしめた。
クラストは母を亡くし、父は現在国の監視下で裁判中の身である。勾留は解かれたが、家族に会うことは許されない。
養子の話を進めるかどうかは別にしても、アマレットはクラストの親代わり、あるいは姉の代わりにでもなれれば、と思っていた。
それは、グランも同じように思ってくれているかもしれない。いつもアマレットの歩幅に合わせてくれるグランだが、今日はクラストの歩く速度に合わせて、殊更ゆっくりと歩いてくれている。
長身で足の長いグランのことだ、それはじれったいことだろうが、不満の様子など欠片もない。
あちらこちらを見て、楽しそうにしているクラストを見て目を細めている。
「うわ、あっちに僕と同じ歳くらいの子がはたらいているよ!」
クラストはあちこちへと興味を向けては目を輝かせていたが、とりわけ興味を惹かれたのは、同世代の少年の働いている姿らしかった。
まだ6、7歳くらいだろうか。クラストよりも一つか二つ年上の少年は、立派に商品を並べて、親のお手伝いをしている。
お金の勘定はまだ店主任せのようだが、商品を渡すのを手伝ったり、乱れた陳列を直したりなどしていた。
「すごいわねぇ。立派な子だわ」
「りょう民は、もうあんな歳からはたらいているんだね! 僕も、早く立派になってはたらきたいなぁ」
そんな風に目を輝かせて話すクラストに、アマレットは、あの話をしてもいいのではないか、と思う。
グランに向けて目配せすると、グランもまた、同じことを考えていたのか、アマレットに向けて頷いた。
「クラスト、あちらの屋台で食べ物を買って、広場で少し休憩にしましょうか」
「本当? 僕、食べたいものいっぱいあるよ!」
肉串や甘いドーナツなど、軽食を買い込んで広場に席を取る。簡易な屋根が設られた席が用意されていたため、そこに使用料を払って陣取ることにした。
「わあ、おいしそう!」
クラストは嬉しそうにドーナツにかぶりついた。アマレットが幼い頃からお菓子を作っては食べさせていたせいか、クラストはグランと同じように甘いものに目がなかった。
グランもドーナツに齧り付き「アマレットの菓子には及ばないが、美味い!」と喜んでいる。
「クラスト、あのね。最終的にはあなたの意思を尊重したいのだけれど」
食事がひと段落ついたら、アマレットは静かに語り始めた。
バクラヴァ領に後継者が必要なこと。クラストはアマレットの次の伯爵として、正当な継承権を持っていること。もしよければ、アマレットの元へ養子に入って、正式に後継者に据えることもできること。そして、養子に入ったとしても、教育は今懐いている祖母の元で行っても構わないということ。
クラストはまだ幼いながらも、アマレットの話を真剣に聞いていた。
「うれしい。りょう主になるのも、目指したいって思う。けど……」
何かを呑み込むように、クラストは悲しげな顔をした。
「何か気になることがあるの? クラスト」
「ぼくがよう子になったら、キャロン姉様がひとりぼっちになっちゃわないか、心配なんだ」
辿々しい言葉で、クラストは一生懸命に説明した。キャロンは正当な伯爵令嬢と認められることに躍起になって、アマレットを敵視していた。クラストもまた、正当な伯爵令息とならなければ、父に見放されるのではないかという恐怖に晒されてきた。
キャロンはその恐怖ゆえに、冷静さを欠いた振る舞いをしてきたのではないか。クラストのみが養子となって、バクラヴァ家の後継となれば、キャロンは置いてけぼりになってしまう。
そのようなことを、クラストは幼いながらに考えているようだった。
「そうね、キャロンもキャロンで、息苦しい立場ではあったもの。あの子も、少し冷静になって自分の身の振り方を考えてくれるといいのだけれど、ゴフリー叔父様が考えを改めてくれていれば、少しはいい関係が築けるかしら」
アマレットも、クラストの言い分には考え込んでしまう。クラストを養子にするためには、まずはキャロンとの関係を改善して、彼女が一人で置いてけぼりにならないようにする必要性があるだろうか。
しかし、屋敷へと戻ってきたアマレットたちを出迎えたのは、クラストとキャロンが身を寄せているサントノーレ男爵領に海賊が出たという、凶報であった。




