クラスト少年の憂鬱
「どうして!? どうしてドレスを新調できないの!?」
キャロンは金切り声をあげて怒り狂った。
「身長が伸びたわけでもないのに、もう今シーズンは3着も仕立てたでしょう。これ以上はいけません」
厳格な祖母がそのように言う。母は2年前の流行病で亡くなっており、父が捕えられた今、母方の祖父母の家に身を寄せていた。
田舎の男爵家で領民との距離が近く、その分領民への思いやりも深い祖母は、浪費に対して厳しい人だった。
「遅くにできた娘だからと、あの子を甘やかしすぎました。そのせいで夫の横領も掣肘できず、ましてやその尻馬に乗って贅沢するなどとは」
祖母は厳しく、けれども愛情深い人だった。
アマレットの従兄弟であるクラストは、父であるゴフリーから非常に厳しく育てられていた。そこに愛情が乏しいことは、まだ幼いクラストにも薄々わかっていた。
父ゴフリーは身分の低い愛妾であった自身の母を恥に思い、また同じく田舎男爵の令嬢であった妻もまた血筋に劣ると蔑んでいた。
その子どもであるキャロンとクラストは、父ゴフリーにとって自分が立派なバクラヴァ家当主として認められるための道具となっていたのである。
キャロンには伯爵令嬢として、この上もない贅沢をさせた。常にドレスで気飾らせ、ありとあらゆる宝飾品を身につけさせて、他の血筋のいい伯爵令嬢に負けないほど気位の高い伯爵令嬢として育つようにと言い聞かせた。
跡取りであるクラストに対しては、まさに伯爵家当主を継ぐに相応しいと言われるようにそれはそれは厳しく育てた。直系であるアマレットの方が相応しいなどと言われては目も当てられないがゆえに、アマレットには教育を与えず屋根裏に追いやり、息子であるクラストこそに当主教育を課したのである。
この王国が血統に厳しいからこその差配であった。
そんな中でクラストは、まだ3歳の頃から読み書きや礼儀作法、剣の鍛錬などまで厳しく仕込まれていったのである。
クラストが4つの年を数えるほどになる頃のことであった。母を亡くして気落ちしながらも、家庭教師の講義を休むことは許されず、屋敷の隅のリネン室に逃げ込んで泣き濡れていた時のこと。
そこには伯爵令嬢であり、使用人同然に暮らしているアマレットがシーツを片付けにきていた。
「あら、あら、まあ。クラスト、一体どうしたの? そんなに泣いて」
アマレットは、お日様の光をたっぷりと吸い込んだ布巾でクラストの涙を拭ってやった。
「あま、れっと」
ひっくひっくとしゃくり上げながら、まだ幼いクラストはうまく気持ちを表現することもできない。
「何か悲しいことがあったのね? それなら私が、魔法をかけてあげましょう」
アマレットはそう言って優しく微笑むと、ポケットの中から油紙に包まれた飴玉を取り出して、クラストの口へと放り込んだ。
「ん。あまい……」
ぺろぺろと飴を舐め、溶けていくと、中から甘酸っぱいジャムが出てきた。
「わ、ジャムだ」
思わぬサプライズに驚き、目を丸くするクラストに、アマレットは優しく微笑む。
「もしまた何か辛いことがあったら、このリネン室へいらっしゃい。次来たときはまた甘くて美味しいものを用意しておいてあげますからね」
それは幼いクラストにとって大切な思い出。
厳しい教育の傍ら、アマレットと共に過ごす時間がクラストにとっては安らぎのひと時となっていたのである。
それなのに……。
「おばあさま、僕、アマレットに謝りに行きたい。父上がアマレットのお金をおうりょうしたってきいた。僕達もそのおんけいを得たのだからアマレットに悪いことしたんだって、そうなんでしょ?」
口さがない者たちが姉弟を見てヒソヒソ話す言葉を、聡明なクラストはきちんと理解していた。
クラストの祖母クレマは、それを聞いてクラストをぎゅっと抱きしめた。
「よくぞそう言いましたね、クラスト。あなたがそのような心根の持ち主で、私は嬉しく思います。本当ならキャロンもそのような考えに至って欲しいところですけれど……」
姉上は厳しいんじゃないかなぁ、とクラストは思う。
キャロンは、祖母クレマがなんとか性格を矯正しようと腐心しているが、あまりうまくいっていないようだった。
何はともあれ、クラストはアマレットに謝りに、そして大好きなアマレットに会いにいくべく、男爵領を旅立ったのだった。




