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【書籍化決定!】水竜侯爵は甘いものがお好き  作者: 野生のイエネコ
第一章 花嫁候補

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12話 グランの秘密


 翌日のことである。アマレットの今後の身の振り方を話し合うことになった。

 話し合いのお供は、紅茶風味のスコーンである。

 

 「それにしても残念ですねぇ。伯爵家当主となってしまったら、花嫁候補として逗留していただくことはもうできないのでしょう?」


 ものすごく残念そうにモカがぼやく。なぜかモカはアマレットが花嫁となる可能性を熱烈に支持していた。


 「いや、制度上はできる。国王陛下に公認された後見人であれば、婚姻による無茶な領地の簒奪は起こり得ないからな。爵位を持ったまま嫁ぐこと自体は可能だ。」

 

 「随分とお詳しいですね、グラン様」


 モカがそう言うと、グランは慌てたように返した。


 「べ、別に前例があるかどうかなど王宮図書館で調べたわけじゃないぞ!」

 「私はたださすが侯爵様だから博識だなぁって思っただけでわざわざ調べたかどうかなんて言ってませんよ?」

 「ぬ……うぅ……」


 グランがじっとりとした目でモカを見る。

 よくわからないやりとりに、アマレットは頭にはてなを浮かべながらも、グランが落ち込んでいるのでとりあえずスコーンを差し出した。


 スッ。


 ボリボリ。


 もはや阿吽の呼吸である。


 「ともあれ、花嫁候補の話とは別に君に話さなければいけないことがある」 


 改めてグランが居住まいを正した。


 「これは今まで俺が、人を寄せ付けずに過ごしてきた理由だ。初日に君には酷な対応をしてしまったな、すまなかったと思っている。だが、事情が事情だったんだ」


 話す覚悟を決めるように、キリッとした顔でグランはスコーンをもぐもぐとひとつ食べた。


 「君も知っての通り、俺たち水竜の血を引くものは偏食が激しい。それは体に適合した魔力をもつ食糧から魔力を吸収するためだと言われている。俺の場合は糖分だな。そして、俺の父は魚をひたすらに食べていた」


 ——しかし、15年前の嵐の夜である。

 アマレットも幼心にうっすらと記憶しているが、とんでもない規模の大嵐がこの国を襲った。特に港と運河を要するこのラポストル領は大損害が発生すると危惧されたが、グランの父である英雄シブーストが見事に水を操り被害を抑えたという。

 その、嵐の夜。脈々と代を経るにつれて減っていた魔力を補うように、膨大な魔力を消費したシブーストの、偏食の対象は変化した。


 強い魔力を持つ人の生き血、それも、自身の妻の生き血を啜ってしまったのだ。その様は本能に駆られ、理性を失い瞳孔は縦に開いていた、と淡々とグランは語った。


 「そして母は衰弱して亡くなり、嵐を収めた父も、力尽きて亡くなった」


 アマレットはあまりに惨い話に絶句する。


 「貴族の血には濃い魔力が流れているという。だからこそ父は母の生き血を啜ったのだろう。俺は水竜公として水害が起これば力を振るう義務がある。そして貴族の血を引く君が俺のそばにいれば、魔力の補充のため理性を失い生き血を求める俺に襲われる危険があるということだ」

 

 感情を押し殺した声でグランは語る。


 「今までこのような話を黙っていてすまなかった。他に行き場所のない君に話して、徒に怯えさせるのもどうかと思ったんだ。だが、もう君は自由に暮らすことができる。俺の元を離れ、実家の領地に伯爵家当主として凱旋することもできるんだ。だから……」

 「いいえ! いいえグラン様! 私はもし許されるのならこのままグラン様のおそばに居たいです!」

 「だが、俺のそばにいるのは危険だ。この水の都ラポストルではいつ水害が起こるともわからないのだぞ」

 

 確かに、グランの危惧は理解はできる。だがそれでもアマレットはグランと共にありたかった。必死でアマレットは考える。魔力の補充が必要なら、命と引き換えにならないような方法で魔力を譲渡すればいいのではないか。

 例えば自在に魔力を操れれば、人に譲渡することもできるはずである。だが、貴族の血に魔力が濃いと言っても、それを自在に操れ得るのはごく一握りの厳しい修行を経た魔術師のみだ。


 「だったら私、伯爵家当主としてだけじゃなく魔術師としても修行します! それで自在に魔力を操れれば、生き血を啜らなくても……。そうだ、私が魔力たっぷりのアップルパイを作れれば問題ないではありませんか!」

 「魔力たっぷりの、アップルパイ……?」


 グランは唖然とした。


 「くく、ふふふ……ははははは! 君は本当に面白いことを考えるな。まさかそんなことを言われるとは思わなかった」


 深刻に寄せられていたグランの眉根は、あっという間にほぐれた。


 「そうだな、君の言うとおり安全に魔力を補充する方法を研究すれば、誰も犠牲にせず多くの人を救える。侯爵として俺はそういう風に考えるべきだったんだな」


 優しく細められた目がアマレットを見つめた。

 

 「ああ、俺も君がずっとそばにいてくれたら嬉しい」


 柔らかな声が、そう呟いた。


 「今日は一日バタバタしていて、せっかく帰ってきたのに一番に言うべきことを言っていなかったな。その若草色のドレス、よく似合っている」

 

これで第一章は終了です。次回番外編更新の後、第二章開始となります。

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