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Ⅴ.封神

・・・・・・ぴく。

真実を聞いた玉祖(タマノオヤ)や知らない事実を知らされた宇受賣(ウズメ)が騒然としている中、思兼(オモヒカネ)はふと空を見上げた。

先程まで地面が剥れる程に近く、不気味に赤かった月が、元の冷たい銀色に戻っている。

すぐに顔を正面に向け、・・・僅かに眼を伏せた。




「ぐ・・・・・・!あ・・・・っ・・・・・・・・・!!」



手力男(タヂカラヲ)が声を上げる。だが、その眼には未だ天児屋(アメノコヤネ)に対する怒りの焔は消えていなかった。天児屋はぐいぐいと手力男の魂を引っ張り乍ら、焦りを抱いていた。・・・・・・魂がなかなか抜けて()れない。結果的に其が手力男を益益(ますます)苦しめる事となっているのだが、苦しみから解放される為の苦しみをこの神は感じて呉れない。


志津彦(しつひこ)・・・・・・!」


天児屋は更に(いみな)を呼ぶ。(しか)し、手力男は天児屋の声に応じるそぶりを見せない。其どころか、天児屋の腕を掴み、引き剥そうとする。

「ふざ・・・・けるのも・・・・・・っ、大概にしろと・・・・・・云ったろうっ・・・・・・!」

手力男は渾身の力で天児屋の腕を胸から抜くと、もう一方の腕も掴んで一本に纏めた。両手を塞がれた状態となった天児屋は地面に組み伏せられ、呆然とした顔で只正面を見つめていた。

「な・・・・・・」

手力男は身体を起そうとしたが、胸からは止め処無く血が流れ、高天原でもないこの地には(マガ)が臭いに引き寄せられて来る。

立つ事はおろか背筋を伸ばす事さえ侭ならぬ手力男は、月の霊薬が流れ込めなかった祠を己の二の腕の合間から見


「・・・・・・済まない・・・・・・月夜見尊(ツクヨミノミコト)・・・・・・・・・」


と呟いた。


・・・・・・そして、己の手を先程天児屋に抉られた胸に挿し込む。



「この魂は・・・・・・!俺一柱(ひとり)のものではないんでな・・・・・・!!」



ぐ,,,と己の胸の中で握り拳を作る。己の心の臓を(しっか)りと掴むと、外に向かって力の限りに撮み出す。



「保身の為にこの星を売る御前(おまえ)に呉れて()る位なら、最後まで抵抗を諦めない元の持主(思兼)に、返す!!」




ブチイィィッ!!




血が盛大に噴き出し、天児屋の白い装束は袴と同じ紅い色に染まる。打ち棄てられた様に横たわる手力男の身体から這い出し、天児屋はその男の遺骸を疲れた顔で見下ろす。


如何(どう)してこの男は名に逆らえたのだろう。


如何して私は、自身の力でこの男を倒す事が出来なかったのか。



「・・・・・・私は・・・・、之程までに・・・・・・力が衰えていたのか・・・・・・」



天照(アマテラス)にこの島国を委ねて早1000年。神神にとっては(はした)年月だ。併し、其でも月日は進んでいる。


神神の時代は間も無く終りを告げようとしている。高天原から神神が四方に散り、清浄なものしか受け容れぬ結界が解かれた時、神神は完全に霊力を失い、還る道を無くす事となる。勢力をもっと拡げる為、神神は地祇と結託して中ツ国へと降り立ち、彼等と同じ“人間”としてこの地に生きる。之迄と異なる力を手に入れ、時代は神神のものから貴族のものへと変貌を遂げてゆく。




『天孫降臨計画』―――・・・植民計画(テラフォーミング)の一部である其は、実践の前に厳格な選定が必要なものであった。




「――――・・・御苦労だった、志津彦(しつひこ)。・・・・・・眠れ」




思兼(オモヒカネ)が静かな声で呟いた。掌を差し出すと、ぼっ、と焔が発生し、めらめらと燃ゆるその中に赤い玉が視えた。其は(やが)て具体的な形を成し、心の臓へと姿を変える。


―――・・・思兼は心の臓を己の胸倉へと押し当て、するすると内へと収める。子供を寝かしつける様に己の胸をぽんぽんと叩けば、赤い焔は落ち着いた様に光を失い、すぅ・・・と彼と同化し、消えた。



「・・・・・・手力男(タヂカラヲ)(たま)が返された」



・・・思兼は顔を上げると、何が起きているのか掴めない様子の玉祖(タマノオヤ)等に乾いた声で云った。



「魂返し―――・・・?」



いつも掴みどころ無く余裕の笑みを浮べている伊斯許理度売(イシコリドメ)が顔色を変えている。


玉祖はそんな伊斯許理度売を見て、

「如何いう事なのかもっと理解できる様に説明しろ思兼!パスといい、物質の神である俺にはお前が何を云っているのかさっぱり解らん!」

と、怒鳴った。―――自分一柱(ひとり)が話に全くついていけていない。同じ物質の神である伊斯許理度売は解っている様なのに。


「―――落ち着いて、玉祖。貴方が理解できないのは、貴方があの時幼すぎたからなのよ」


日頃と違って口数の少ない宇受賣が、静かな声で玉祖を制した。玉祖は眼を見開いて、坐る宇受賣を見下ろした。



「あの時・・・?」



「―――手力男の魂は、私の元に返された。詰り、手力男は私の一部となった。・・・手力男という神格は高天原(此の世)から消滅したと謂ってもいい」



―――思兼が漸く口を開いた。・・・久し振りに抱える一人前の魂は胃が(もた)れる様に重く、吐き気の様に込み上げてくるものがある。

・・・・・・早く一つとなって仕舞え。思兼は誰にも聴こえぬ程にか細い声で呟いた。


「―――死んだ、という事か・・・・・・?」


玉祖が呆然と問うた。伊斯許理度売もはっと視線を思兼に向ける。すぐに



「何故だ―――!?」



と次の質問が飛ぶ。

「何故急にそんなっ」

タマちゃんっ!と伊斯許理度売が落ち着かせた。



「―――先ず一つ目の質問に答えよう。死んだという言葉は適切ではない。手力(あの)(おとこ)は初めから死んでいた。肉体は私が手力男に会った時から既に無い。あの屈強な肉体は、或る特殊な製法で練り上げて造った木偶人形―――・・・だったな?ウズメ」



思兼が宇受賣に確認する。宇受賣は如何してあたしに訊くのよ、と云いたげな顔をしたが、

―――ええ。と(うなず)いた。

本ページをもって、『護法魔王尊』は未完となります。申し訳ありません。

ただ、思兼と布刀玉の因縁や手力男の出自については番外編としてまとめており、そちらも未完成ではあるものの殆ど完成しているため、公開しながら加筆し、最終的に完成にもっていきたいと思っております。

番外編の掲載時期やタイトルなどの詳細は、活動報告でお知らせしますので、気長にお待ちください。

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