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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第六章 失敗からも学びます。
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98 いざ、勝負!


翌朝、電車で俺の顔を見るなり、蒼井さんはメモ用紙を取り出した。そこには朝の情報番組で流された俺の今日の運勢と、ネットで調べたというさまざまな占いの結果が十種類あまりも書き出してあった。昨夜の俺の頼みを真面目に実行してくれたのだ。


かもめ駅から区役所まで、ふたりでそのメモを見ながら楽しく歩いた。他愛ない占いだけれど、俺たちの距離を縮めるのには十分に役に立った。


昨夜は元藤さんたち三人にさんざん冷やかされ、駄目出しされ、さらには煽られた。酒の量はそれほどでもなかったけれど、三人の勢いに半ば乗せられ、半ば自棄で、帰り道で蒼井さんに電話をかけた。目的は二つ。白瀬さんについての誤解を解くことと、自分の誕生日を伝えること。


どちらも成功し、今朝の楽しい会話と誕生日の食事会というおまけまで付いた。こんなに上手く行くことが続くと気持ちに勢いがついてくる。この勢いに乗って、今日中に白瀬さんとも話をしたいと思っている。




終業時間になってすぐに福祉課に行った。ケースワーカーは訪問で外に出ることが多いので、朝かこの時間がつかまえやすいと元藤さんに聞いていたので。


果たして白瀬さんは席にいて、カウンターから呼ぶとこちらを向いた。たちまち浮かんだ笑顔を、後ろめたさと腹立たしさを胸に抱えて受け止めた。


「どうしたの? めずらしいね。」


廊下に出てきた白瀬さんが尋ねた。それには曖昧に返事をしながら廊下の隅まで彼女を誘導する。


今回の話は小細工無しで行こうと決めている。下手に芝居をして、あとで誤魔化しきれなくなると困るから。宗屋ならきっと「ど真ん中だな」と笑うに違いない。


「ちょっとお願いがあって。」


感情を鎮めながら向かい合う。彼女は小首をかしげて俺を見ている。その視線に期待が込められているように感じるのは自意識過剰だろうか。そんな見えない何かは無視し、心を決めて息を吸う。


「白瀬さんと俺のことで、誤解を招くようなことを言うのはやめてほしいんだ。」


彼女からサッと微笑みが消えた。すぐにもう一度微笑んだけれど、それはさっきほど完璧ではなかった。


「わ、わたし、そんなこと……。」


そこで窺うような表情を浮かべた。


「蒼井さんから聞いたの?」

「違うよ。宗屋から。おとといの帰りに会ったんだよね?」


白瀬さんは目を伏せ、唇を噛んだ。蒼井さんの名前を自分から出したことで、半分白状してしまったことに気付いたのかも知れない。


「蒼井さんは何も言わないよ。不安とか悩みがあっても表に出さないひとだから。」


だから俺がそばにいてあげなくちゃならないんだ、と心の中で付け加えた。


「宗屋からね、白瀬さんと二人で会ってるのかって訊かれて驚いたんだ。宗屋は俺にその……片思い中の相手がいるって知ってるから教えてくれたんだけど。」


廊下には終業後のざわめきが広がり始めている。ちらりと視線をめぐらすと、かなり向こうの北尾さんと一瞬、目が合った気がした。たぶん、元藤さんや鮫川さんも気付いているだろう。


「あたし、二人で会ってるなんて言わなかったよ? 宗屋さんが勘違いしたんじゃない?」


白瀬さんは今度はまっすぐに俺を見ている。いつものように綺麗な微笑みを浮かべて。


「宇喜多さんが相談に乗ってくれたのは本当でしょう? この前の同期会で。アドバイスもくれたよね? あれ、すごく嬉しかったんだ。あたし……、」


そこで彼女はそっと事務室を振り返った。


「ここでは上手く行ってないから。」

「ああ……、そうなんだ?」


その事実も、その理由も知っている。けれど、それを言うのはさすがに気の毒だ。たとえ彼女が今回のことの責任を宗屋の早とちりに転嫁しようとしているとしても。


「何をやっても認めてもらえないの。みんなに嫌われてるの。宇喜多さんだけなの、あたしのことを公平に見てくれるのは。だから……。」


取り入るようににっこりされて、思わず体を反らした。嫌な予感がする。


「これからもときどき相談に乗ってもらえない?」

「相談って……。」

「お昼とか帰りに……ちょっとでいいから。」

「はあ?」


(本気で言ってるのか?)


「それは、二人で食事したりするってこと?」


ついつい口調がきつくなった。こくんとうなずいた白瀬さんに、不快のメーターがぐぐっと上がる。


「それはできないよ。」


はっきりと伝えた。そもそもそういう誤解を招いたことに腹を立てて来たのに、今度はそれを事実にしたいなんて!


「言ったよね? 俺には好きなひとがいる。だから誤解されたら困る。」

「好きなひとって……蒼井さん?」


一瞬だけ詰まったけれど、すぐにうなずいた。


「そうだよ。」

「でも、友人としてならいいじゃない? 男女の友だちだってあるでしょう? それに、あたしとの方が、蒼井さんよりも話が合うはずだよ?」

「は? どうして?」

「だって彼女は高卒でしょう? あたしは大学卒業してて、蒼井さんよりもずっと話題が豊富だし――」

「ちょっと待って。」


怒鳴りたいのを抑えたら、ドスの効いた声が出て自分でも驚いた。怒りで心臓がバクバクするのは、蒼井さんが窓口で怒鳴られたとき以来かも。でも、俺を見返す白瀬さんには悪びれた様子などまったく無い。


「白瀬さんは学歴で人を判断するの? それは差別じゃないの?」

「でも、学歴で知識に差があるのは本当でしょ? 大学で努力して知識を手に入れたひとと、高校で勉強をやめちゃったひとを同等に考えるのはおかしいでしょ?」

「『勉強をやめちゃった』って……。」


感情的にならないように、深呼吸をしなくちゃならなかった。


「仕方なく進学をあきらめたひとだっているはずだよ? 白瀬さんはケースワーカーなんだから、経済的な理由で就職する事例だって見てるんじゃないの? それがどんな気持ちかわからないの?」

「そんなの仕方がないじゃない、働ける人が働かなくちゃ生活ができないんだから。それは家族で決めることで、あたしには関係ないよ。どっちにしても、学歴で知識の量に差があるのは事実でしょ?」

「だからって、それをそのままそのひとを判断する材料にするのは変だよ。」

「そんなことないよ。知識が少ないと話が通じないことがあるもの。話題もくだらないことばっかりだったりするし。やっぱり学歴って人間性に関わってくるし、人間関係の上では重要だよ。」


(全然わかってない。)


話の通じなさにやりきれなくなった。


俺はあきらめたひとの気持ちを考えてほしいと言っているのに、彼女は「知識の量」という結果しか見ていない。彼女はそれを根拠にして、自分が蒼井さんよりも上等な人間だと言いたいのだ。偏差値だけがすべてじゃないのに。


落ち着くために深呼吸を一つした。


「俺、九重高校の出身なんだけど、白瀬さん、九重高校って知ってる?」


逆転を狙い、軽い雰囲気で話を持ち出した。唐突な話題の転換に白瀬さんは戸惑いの表情を浮かべたけれど、すぐに笑顔でうなずいた。


「もちろん知ってるよ。このあたりでは一番の進学校だし。九重の出身なんだ? さすがだね。」


そう。葉空市の職員は地元出身者がほとんどだ。俺たちの代だけじゃなく、親や祖父母でも伝統のある九重高校の名前は知っているだろう。


「蒼井さんもそうなんだ。俺の後輩なんだよね。」


白瀬さんの笑顔がこわばった。俺の想像は当たったらしい。彼女の出身高校は九重高校には太刀打ちできないのだ。


「蒼井さんは国立大志望だったんだって。三年生の夏までは、就職するつもりじゃなかったらしいよ。」

「へ、へえ、そうなんだ……。」

「本人は言わないけど、成績はいいセン行ってたんじゃないかな。そうじゃないと国公立志望のクラスには入れないから。」

「あ、そうなの……。」


白瀬さんからはさっきの勢いが消えている。学歴を重視するだけあって、高校のランクにも敏感なようだ。それに、白瀬さんの大学も国公立大に比べたら自慢できるほどではないはずだ。蒼井さんが実際には進学していなくても。


「うちの課長も高卒で九重高校の出身なんだよね。ほかにも部長職に一人いるんだって。」

「えっ?」


うろたえる姿にようやく満足感が湧いてきた。課長から聞いていた情報がこんなところで役に立った。


「昔は今よりも採用人数が多かったから、高卒の職員もけっこういたらしいよ。そういうひとたちって、地域で一番めか二番めくらいの進学校の出身者が多かったんだって。」

「ああ……、そう……。」

「うちの課長は国立大の滑り止めがここだったなんて言ってたよ。私立も浪人もダメって親に言われたんだって。昔は滑り止めで就職なんて考え方があったんだね。大学に落ちて仕方なく就職したけど、入ってみたら同じような境遇のひとばっかりでほっとしたって。」

「ああ、そうなんだ……。」


白瀬さんの自信がしぼんでいくのが手に取るようにわかる。


「うちの課長は就職してから夜学で大学を卒業してるそうだから、今は大卒だけどね。」

「し、仕事と勉強の両立は……大変だったよね、きっと。」

「うん。蒼井さんも頑張ってるよ。」

「あ、蒼井さんも……?」

「うん。通信教育でね。先週はみっちりスクーリングだったし。」

「そうなの……。」


もう白瀬さんには反論する元気は無いらしい。


「だから、もう蒼井さんの学歴のことを言うのは止めてくれる? そんなもの、努力次第で変えることができるし、そもそも俺は蒼井さんの学歴なんて気にしてないんだから。それにね、」


これで終わりだと思うとほっとする。


「白瀬さんと俺、まるっきり意見が一致してないよ? それで一緒にいて楽しいと思う?」

「そ、そんな。だって。それなら……。」


彼女の視線にハッとした。その目があっという間に涙でうるんで……。


「最初から、あたしに親切にしなければよかったじゃない……。」


言い残して小走りに去って行く彼女の背中を呆然と見送るしかなかった。







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