97 ◇ ドキドキしながら…次へ? ◇
(あれ? 電話?)
スマホの画面には……宇喜多さん?
名前を見ただけでドキドキしてきた。今日は宗屋さんと飲みに行くって言ってたのに。もう家に帰ったのかな? 時計はもうすぐ十一時。
「はい。蒼井です。」
ドキドキする胸をギュッと押さえたけれど、声が嬉しさに弾んでしまった。
『ごめんね、蒼井さん。まだ寝てなかった? 何か忙しかったりする?』
「はい、大丈夫です。テレビを見ていただけだから。」
いったいなんだろう? わざわざ電話をくれるなんて。今週は仕事に行っているから、夜に話す必要なんてないはずなのに。
『今ねえ、帰るところなんだ。』
「ああ、そうなんですか。ずいぶんごゆっくりですね。」
そして、ご機嫌みたい。きっと楽しかったんだ。
『うん。今日は元藤さんと北尾さんが一緒でね、すごく盛り上がっちゃって。』
「あ、そうだったんですか。そのメンバーだったら楽しかったのは当然ですね! いいなあ。」
『うん。蒼井さんも二十歳になったら一緒に行こうね。』
「はい!」
こんなふうに電話をくれるなんてとっても嬉しい。楽しい気分を分けてもらったみたいで。
『それでね、蒼井さん、宗屋から聞いたんだけど、』
「はい。」
『俺、白瀬さんとは何も無いからね?』
「ええっ?」
びっくりした。その話になるなんて。
『おとといの帰りに会ったんだって? そこで白瀬さんがどんな話をしたのか、宗屋に教えてもらったんだよ。それ、信じたりしてないよね?』
「あ、あの、信じるって言うか……」
『俺は白瀬さんを特別だと思ったことなんて無いからね。誓って。』
(もしかして、これを言ううために……?)
これを言うために電話をくれたの? 飲みに行ったあとにわざわざ?
『ねえ、聞いてる、蒼井さん? 俺は白瀬さんのことは何とも思ってないんだよ?』
「あ、はい。聞いてます。それに、」
たったそれだけの理由。なのに、胸が熱くなる。
「信じてはいませんでした。疑っていました。」
『疑ってた? それ、完璧には俺を信じてなかったってことだよね?』
「え? そんなこと……あるのかな?」
『あるよ。まったくもう、ひどいな。』
怒られているのに嬉しい。こんなことで宇喜多さんが怒っていることが。
『いい? 俺のことをほかの誰かから聞いても信じないで。俺は蒼井さんに対して誠実に向き合っているんだよ。だから、俺のことは蒼井さん自身が見て、判断して。わかった?』
「わかりましたけど……。」
宇喜多さん、よっぽど不愉快だったんだ。こんなにきっぱり言うなんて。でも。
「なんだかその言い方、結婚詐欺のひとみたいです。」
『え?』
「さっき、テレビでやっていました。何人もの女のひとから何億ドルも騙し取った結婚詐欺師。すごいんですよ、自分がいかに誠実かってことを女のひとに信じ込ませて。」
『蒼井さん……、そんなテレビは見ちゃダメだよ。』
「でも、勉強になりますよ? 自分が騙されないために。」
あれれ。黙ってしまった? 冗談のつもりだったけど、宇喜多さん、真面目だからなあ……。
『蒼井さん。』
「はい?」
『蒼井さんは俺だけを信じていればいいんだよ。俺以外は誰も信じなくていい。簡単でしょ?』
「え? ぷふっ」
(もしかして。)
宇喜多さん、酔っ払ってるのかも。楽しかったって言ってたし、たくさん飲んだのかも。
「わかりました。宇喜多さんのことは信じます。」
『そう。それで、俺以外は信じない。わかった?』
やっぱり酔っ払ってる。だって、話が極端すぎるもの。
「それは無理です。それでは仕事ができません。」
『仕事はいいことにする。それ以外で。』
まるで駄々をこねているみたい。面白い。
「宗屋さんは?」
たとえ冗談でも、宗屋さんを信じないなんて言うのはイヤ。
『まあ……、宗屋はいいよ。』
「はい。」
『でも、頼るのは俺が一番。』
「ふふっ、はい。」
前にも「相談窓口は俺一本に」と言ってくれた。あのときから変わらずにそう思ってくれてるのかな……。
(わたし、幸せ者だなあ……。)
『あとね、蒼井さん、占いできる?』
「え? 占い…ですか?」
なんだろう、唐突に。
「子どものころはやってみたこともあるけど、今は特に……。」
『あのね、占ってほしいんだけど。』
「ええと、宇喜多さんを、ですか?」
『そう。』
「ああ……、じゃあ、ネットの占いとかで……。」
『べつに詳しくなくていいんだよね。なんかほら、その辺に書いてあったりするよね?』
「雑誌とか……?」
それは「占う」とは言わない気がする。
『そうそう。その日の運勢とか、簡単なやつ。急がないから。』
「その日の……?」
朝のニュースとかで流れてるような占いでいい……ってこと? それ、わたしが見る必要があるのかな?
『あのね、誕生日は九月十六日。血液型はA型。わかった?』
「あ。」
(九月十六日。)
教えてくれた。こんなにあっけなく。
「え、ええと、九月十六日、A型、ですね? はい、わかりました。ええと、じゃあ……。」
『そのうち教えてくれればいいよ。よろしくね。』
「はい。」
やっぱり白瀬さんは特別じゃなかったんだ。宇喜多さんはお誕生日なんてどうでもいいんだ。……占いもどうでもいい、みたいな気がするけど。
「あ、あの、お誕生日、もうすぐなんですね。」
ああ、またドキドキしてきた。でも、このチャンスにプレゼントをあげてもいいか訊かなくちゃ。
『ん? ああ、そう言えばそうだね。まだ一か月近くあるけど。』
「あの、お祝いに何か」
『あ、そう? ホントに?』
「え、ええ。」
反応が素早かった気がする。喜んでくれてる証拠?
『水曜日なんだ。じゃあ、予定空けておくね。』
(え?)
プレゼントを……って思ったんだけど……。
『蒼井さんから誘ってくれるなんて嬉しいなあ。あ、でも、おごってもらうのは悪いから、ちゃんと割り勘にしよう? 一緒に食事してくれるだけで十分嬉しいから。』
「え、え、え……。」
わたしが誘ったことになっちゃった……?
『あ、良かったらお店も俺が探すよ。大丈夫、あんまり高い店にはしないから心配しないで。』
「あの、でも、それだと」
『どんな店がいいだろうね? 嬉しいなあ。誕生日に女の子と二人で食事するなんて初めてだよ。』
「そう、ですか。わたしもですけど……はい。」
(女の子と二人で……って言われてしまった……。)
宗屋さんを誘うつもりはないんだ。わたしと二人で行くつもりなんだ。
(いいの……?)
今までも、二人でファミレスに行ったことはある。もうすぐお弁当を持って遊びにも行く。だけどお誕生日は……。
「あの、本当に良いんでしょうか……?」
『え、何が?』
「お誕生日なのにわたしなんかと二人で……。」
『それはどういう意味?』
尋ねられてハッとした。
『遠慮はしない約束だよ? それは、蒼井さんが行きたくないってこと?』
ゆっくり、穏やかに尋ねる声。落ち着いて考えなさいと言うように。
「いえ、あの……。」
(行きたいよ。)
行きたいに決まってる。宴会のあとに送ってもらうだけじゃなくて、ゆっくりといろんなことを話して。
「あの、わたし……。」
(行きたい。でも、行ったらわたしの気持ちが。)
宇喜多さんからますます離れられなくなる。叶わない恋なのに、どんどん強くなってしまう。だけど……。
(わかってるんだから、いいじゃない。)
悲しいのはわたしだけだ。宇喜多さんは喜んでくれる。それに、一緒にいられる時間はわたしも嬉しくて幸せだ。それなら。
(そうだよ。)
「わたしでよろしければご一緒します。」
(言っちゃった……。)
もう前を向くしかない気がする。ふたりの関係は進まなくても、わたしは自分の気持ちに忠実に進むだけ。
『ホントに? ああ、良かった! 嬉しいよ、ありがとう。どんなお店がいい?』
「うーん……、よくわかりません。お手軽なお店しか行ったことがないから……。」
『じゃあさ、洋食? 和食? 中華? どれがいい?』
「あはは、宇喜多さんのお誕生日だから、宇喜多さんの好きなものにしないと。」
『そう? じゃあ、ちょっと調べてみようかな。』
(こんなに楽しそうに。)
宇喜多さんが喜んでくれることが嬉しい。
白瀬さんとは何も無いからって、わたしを好きなわけじゃない。それはちゃんとわかってる。白瀬さんの話を否定するために電話をくれたのだって、きっと、わたしからどこかに……例えば葵先輩に、話が伝わると困るからだ。
ちゃんとわかっているのだから……、お友だちとして楽しく過ごすのは悪いことじゃない、よね?




