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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第六章 失敗からも学びます。
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96 恋愛感覚の鈍さが問題


翌朝、電車で会った蒼井さんは、特にいつもと変わりなかった。白瀬さんの言ったことは蒼井さんには影響を及ぼさなかったようだ。しっかり者の蒼井さんのことだから、白瀬さんの本質を見抜いていて、彼女の話など信じないのかも知れない。


始業準備を急いで終わらせて三階の福祉課に行った。白瀬さんと顔を合わせる危険はあるけれど、元藤さんに昼休みか終業後に時間を割いてもらいたいので、そのくらいの危険は仕方がない。


三階に下りると、ラッキーなことに鮫川さんに行き会った。元藤さんに頼みごとがあるのだと言うと、席まで行って呼んでくれた。


カウンターをまわって出てくる元藤さんの向こうで鮫川さんは席に着き、その手前の席に白瀬さんがいるのが見えた。あわてて顔を背けながら俺は内心、驚いていた。彼女の机の上の乱雑さに。


定規で計りたくなるほど積み上がった書類の山。その上にデスクトップパソコンのキーボード。空いている机の表面はA4サイズにも足りないのではないだろうか。かろうじてパソコンの画面は見えそうだけれど、枠にはやたらめったらメモが貼ってある。


(あれじゃあ、ダメだな。)


整理整頓は仕事の基本だと、一番最初に原さんに言われた。書類の紛失防止や期限を守るため、また、不在時でも緊急の場合に誰でも仕事を確認できるようにしておく必要があるから、と。


それまで整理整頓は言われてもなかなかできなかった。でも、先輩たちはきちんとしているし、とにかく一回一回、決まった収納場所に片付けることを心がけた。その結果、原さんに言われたことが実感としてわかった。そしてさらに、机は広く使える方が便利だということも。だから今は、机に書類を積み上げるようなことはしない。


同様のことを鮫川さんも白瀬さんに言ったのではないだろうか。だって、鮫川さんの机はそこそこ片付いているのだから。


「どうしたの? あたしに頼みごとなんて。」


気楽な元藤さんの態度に心底ほっとした。テニス部に入ったことも運が良かったとしみじみ思った。


簡単に自分が困った状態にあるらしいことを話すと、元藤さんは気の毒に思ってくれたようで、快く了承してくれた。そして今日の帰りに居酒屋で相談に乗ってくれることになった。





「ちょっと白瀬さんの様子を見てみたよ。」


最初の飲み物が来てひと段落すると、元藤さんがさらりと切り出してくれた。その隣で北尾杏奈さんが枝豆をつまみながら、「けっこう露骨だったんですよ」とくすくす笑った。北尾さんも一緒の方が経過がよくわかるからと、元藤さんが誘ったのだ。その向かい側に宗屋と俺が並んでいる。


「で、どうでした?」


何が「どう」なのかよくわからないけれど、とにかく尋ねてみる。


「うん、前よりも機嫌がいい。それは間違いない。」

「はあ。」


それだけでは何もわからない。


「でね、『最近、楽しそうね。何かいいことあったの?』って訊いてみたんだ。そうしたら、」


そこで元藤さんは頬に両手を当てて小首をかしげた。本人の真似らしい。


「『そんなことありませ〜ん』って言ってたけど、『ありました〜』っていう雰囲気ありありだったよ。」

「そうですか……。」

「でね、『そう言えば、同期会があったんだって? 盛り上がった?』って言ってみたの。そしたらね、『楽しかったですよ〜、普段お話しできないひとともじっくり話せたし。』って。」

「あ、それきっと宇喜多のことっすよ。」


すかさず宗屋が言った。


「あの日、白瀬がじっくり話したのって宇喜多だけだもん。」

「宗屋の方が最初から近くに座ってたじゃないか! ほかにもいたはずだよ?」

「でもじっくりなんて話してないよ。それに、お前たち、一緒に帰ったじゃん。」

「それは電車が一緒だから仕方なく」

「ちょっと待って、ちょっと待って!」


元藤さんが割って入った。


「二人が気が付いた経過を教えてよ。」

「いや、元藤さん、気付いたのは俺だけです。宇喜多はまるっきりわかってなくて。」

「なんだよ、俺だって少しは変だと思ってたし。」

「ああ、わかったわかった。どっちでもいいから話しなよ。いや、一番最近の話からがいいや。」


というわけで、まずは宗屋から、そして、あとは元藤さんの質問に答えながら二人で、きのうの話と横崎の花火大会、そして同期会でのいきさつを説明した。何度か宗屋と言い争いながら。


「同期会で、宇喜多さんが途中で白瀬さんの隣に移動したのがかなり決定的だったかもね。」


元藤さんが真面目な顔で言った。


「え、そんな。偶然なのに。」

「でも、白瀬さんは自分のところに来てくれたと思ったと思うよ。」

「二次会に出ないで二人で帰ったこともですよね?」

「うん、そう。」


北尾さんの指摘にも元藤さんが同意する。


「え、でも、用事があったのに。」

「しかも、あっさり誕生日を教えたり。」

「え、でも、それは」

「宴会のあいだ、二人だけでしゃべってたり。」

「え、だけど」

「蒼ちゃんを送って行く理由をごまかしたり。」

「え、それは。」


(宗屋以外は知らないはずだ!)


なのに、三人ともじいっと俺を見つめている。まるで責めるように。


「……すみません。」


俺の気持ちはみんな気付いているってことか。知らないのは蒼井さん本人だけで。


「要するに、俺の行動がすべて間違っていたってことですね……。」

「宇喜多さんは親切心でやったわけですから、仕方ないですよ。」


北尾さんがなぐさめてくれた。でも、もっと俺が恋愛に慣れていたら、こんなことにはならなかったかも知れないのだ。


「花火大会の日のことはあたしも少し覚えてるよ。中華料理屋で蒼ちゃんにあれこれ言ってたよね。」

「うん。わたしも様子見てて、たぶん言われてるなって思ったから、帰りに蒼ちゃんに『気にしない方がいいよ』って言ったんです。」

「それなんですけど、」


気になっていたことを思い出した。


「白瀬さんはどうして蒼井さんにあんな意地の悪いことを言ったんでしょう? 俺はその原因が宗屋だと思っていたんですけど。」

「だから、俺じゃないって。」

「だって、宗屋と蒼井さんが仲が良いことをずっと気にしてたよ?」


元藤さんと北尾さんが顔を見合わせて苦笑いした。


「それねえ、まあ、ヤキモチには違いないんだけど、べつに宗屋さんに限ったことじゃないんだよね。」

「そうなんですか?」

「うん。白瀬さんてねえ、自分が一番じゃなきゃ気が済まないんだよ。」

「一番?」

「そう。注目度って言うか……、特に男性からのね。」

「え。」


思わず引いた。


「うちの課で杏奈ちゃんが白瀬さんに目の敵にされてるの知ってる?」

「そうなんですか……?」

「まあ、わたしはもう慣れましたけど。」

「杏奈ちゃん、可愛いし、性格もサバサバしててみんなに好かれてるでしょ? 仕事もできるから、みんなに頼りにされてるの。白瀬さんはそれが悔しくて、事あるごとに皮肉言ったりしてね。」

「あはは、べつに仕事は普通ですよ? それに見た目を言うなら白瀬さんだって綺麗だし。わたしが特にっていうわけじゃなくて。」


北尾さんが、ここにはいない白瀬さんに気を遣う。


「それに、白瀬さんの気持ちはわかります。年下で学歴も下のわたしに間違いを指摘されるのは気分悪いですよね?」

「俺はそうは思いません。蒼井さんにも、遠慮しないで言ってくださいってお願いしてあります。」

「まあ、新しく入ったらそれは仕方ないよね。でも、白瀬さんは気に入らないの。それを杏奈ちゃんにぶつけるんだよ、ちくちくちくちく。」

「それは……大変ですね。」


同じ職場で毎日顔を合わせているのだから、北尾さんは相当のストレスだろう。本当に気の毒だ。


「それで杏奈ちゃんが職場で同情されて、逆に白瀬さんが浮いちゃってるしね。」

「もしかして……、」


白瀬さんの話を思い出た。


「鮫川さんが自分を嫌ってるって言ってましたけど……。」


それだけじゃなくて、北尾さんにちょっかいを出しているようなことまで言っていた。


「ああ、鮫川さんは特に苦労してるよ。チューターだからね。」


元藤さんがため息をつく。


「最初は『尊敬してる』とか『鮫川さんがチューターで幸運でした』とか言ってたんだ。だけど、杏奈ちゃんの方が自分よりも仲が良いってわかったらひがんじゃって。」

「一年早く入ってるし、テニス部でも一緒なんだから、仕方ないっすよねえ。」

「ええ。でも、それがわたしだから余計に腹が立つんだと思います。」

「それで蒼井さんのことも……。」

「ええ。蒼ちゃんがみんなに可愛がられていることも、自分の気持ちの中で整理できないんだと思います。」


だからって、あんなことを言わなくてもいいのに。


「そんなときに、宇喜多さんが寄り添ってくれた。」

「え?! そんなつもりは。」

「白瀬さんにとってはそうだった。」


元藤さんに断言されると、何も言い返せない。


「俺が悪いんですね……。」

「悪いとまでは言わないけど、ちょっと不注意だったかもね。」


三人の顔には同情が浮かんでいる。


「まあ、世の中にはああいう思い込みの激しい人もいるってこと。勉強になったでしょ?」

「はあ……、そうですね……。」


想っていない相手に告白されたら断れば済むと思っていた。でも、それだけじゃダメなのだ。自分の大事なひとに嫌な思いをさせることだってあるのだから。


女性を相手にするときは、絶対に勘違いされないようにしなくちゃならない。そのためにはもっと恋愛感覚を鋭くしておかないと。


「あとねえ、宇喜多さん?」

「え……、はい?」


元藤さんが少し怖い顔をしている。


「蒼ちゃんを不安にさせちゃダメだよ。そうじゃなくてもあの子は自信が無くて、控えめ過ぎるんだから。」

「そうですよ、宇喜多さん。蒼ちゃんのこと、しっかり守ってあげてください。」

「え、あの、は、はい。もちろんです。」


俺の気持ちを知られているのはさっきわかった。わかったけど、面と向かって言われるのは恥ずかしい。


「そうなんすよ、こいつ、大事なことちっとも言えなくて。」

「宗屋さん、いろいろ知ってそうだよね? 教えて教えて!」

「あ、わたしも聞きたいです!」

「いや、知らないよな、宗屋? 知らないだろ?」

「え〜、いっぱい知ってるよ。お前がヘタレなこと。」

「宗屋!」


その視界に北尾さんの華やかな笑顔が。


「宇喜多さん、グラスが空っぽですよ? お酒を何か頼みましょうよ。はい、どれにしますか?」

「え? あ、すみません、それじゃあ……。」


宗屋が何を言い出すのか気が気じゃなくてお酒どころじゃないのだけれど。


「大丈夫。ほかではしゃべらないから。」


この状況では元藤さんの言葉を信じるしかないのか……。







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