表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第六章 失敗からも学びます。
93/156

93 将来は?


花火が終わり、俺たちは心地良い満足感で帰途についた。


夏の夜のゆったりした花火見物のあとは、騒ぐのがもったいないような気がした。駐車場までの道も、宗屋の家に向けて出発してからも、比較的穏やかな話題が続いた。


ところが。


宗屋はそれほどでもなかったらしい。


「なあ、姫っていくつぐらいで結婚したいとか考えてんの?」


半分振り返りながら、いきなり尋ねたのだ!


「え? 結婚、ですか?」


バックミラーに面食らった様子の蒼井さんが映る。思わず宗屋に目を向けると、ニヤリと人の悪い笑顔を見せた。面白がっているのだろうと腹立たしい反面、蒼井さんの答えが気になってしまう。


「だってもう給料もらって一人前だし、いつでも結婚できるだろう?」

「あははは、そうですけど、相手がいませんから。」


(はぁ〜〜〜〜……。)


分かっていたけれど、がっくり来る。


冗談で俺の名前を出しても良かったのに。何度も「許婚」って言ってるのになあ……。


「でも、何歳くらいまでには、とかさあ、考えたことないの?」

「うーん……。」


バックミラーに何度も目が行ってしまう。気付かれたくないと思うのに。


「わたし、結婚は無理じゃないかと思ってるんですよね。」

「え?!」


(前に理想の夫の話をしてたのに!)


あわてて口を閉じた俺の隣で宗屋が落ち着いて尋ねた。


「なんで?」

「まあ、希望者がいないんじゃないかと。」


(言うと思ったけどさ……。)


表向きの理由としてよく使われる言葉だと思う。けれど、宗屋はあくまでもこの問題を追及するつもりらしい。


「自分に魅力が無いとか、そういうのは置いといて、じゃあ、姫は結婚しないつもりなの?」

「べつに結婚しないって決めてるわけじゃないんですけど……、たぶん無理かなって。」


蒼井さんが少し真面目な顔をした。


「どうして?」

「あー……、うちの事情で。」


あ、…と気付いたときには、蒼井さんは話す覚悟を決めていたようだった。


「うち、お金が無いんです。結婚するときって、結婚式とか家を買うお金とか、親が出してくれるのが普通みたいじゃないですか? でも、うちはそういうことできないんです。わたしもお金貯められてないし……。」


言いにくいことを話させてしまったと思う俺とは裏腹に、蒼井さんはさらりとした口調で説明した。彼女は俺たちのことを心から信頼してくれているのだ。


「姫は豪華な結婚式を挙げたいわけ?」

「いいえ。わたしはどうでもいいですけど、親はそうは思わないかもって……。」

「だから金が必要? 自分は結婚式なんてどうでもいいのに?」


宗屋が呆れたように笑った。


「金のこと言うなら、公務員の嫁なんて、それこそ引く手あまただと思うぞ。」

「え、そうなんですか?」

「そりゃそうだよ。給料を持参金として考えてみろよ。姫は働き続けるつもりでいるんだろ?」

「はい。」

「ってことは、将来にわたって家庭に金を入れるんだぞ? 二、三百万どころの話じゃないよ。親の金なんか当てにする必要ないだろう?」

「それはそうですけど……。」


確かに宗屋の言うとおりだ。公務員は身分保障がしっかりしている。結婚や出産後も働ける環境が整っていて、実際に働いている先輩たちもたくさんいる。男女の格差も無い。それは家計を維持するためにとても有利な条件だ。


「少なくとも俺は親の金を当てにするつもりはないな。自分で働いた金で足りる範囲で済ませたい。」

「うーん……、そういうひとと結婚すればいいんですよね……。」


(いや、ちょっと待って!)


「俺だって、親の援助を当てになんかしてないよ。」


こんなことで対象者から除外されたくない!


「そうなんですか。」

「お給料をもらって働いてたら当然だよ。」


蒼井さんはしきりに感心していた。テレビで豪華な結婚式場が紹介されたり、親からの住宅資金の贈与税に特例制度があったりするので、実家からお金を出してもらうのが普通だと思っていたらしい。


「でも」と蒼井さんが再び反論した。まだ納得していないのだ。


「お金のことだけじゃなくて、うち、両親が離婚してるんです。それにわたし、学歴も無いし。すごく条件が悪いんですよ? 希望者がいるとは思えません。」

「何言ってんだよ? 姫は見合いでもするつもり?」

「いいえ! それこそ無理ですよ。」

「だったら、親のこととか学歴とか、それほど気にしなくていいじゃん。それに、姫は大学行ってるだろ?」

「そうかも知れないけど……。でも結婚って本人だけじゃなくて、家族にも関係があるんですよ? 本人が良くても、ご家族に反対されます。」


(そんなことを考えていたのか……。)


彼女に思いつめたような様子は無い。けれど、それが逆に切なかった。だって、彼女は過去のつらいできごとを一人で背負い、これからの幸せをすでにあきらめているように見えるから。


「親が反対した結婚は幸せになれないと思ってる?」

「たぶん……。」


宗屋の質問に蒼井さんは少ししょんぼりして答えた。やっぱり結婚したくないわけではないのだろう。


「そんなことないよ。それは間違ってる。」


宗屋がきっぱり言った。


「うちの親は反対された結婚だけど、俺たち幸せだぜ?」


ハッとして目を向けた俺と蒼井さんに、宗屋はさわやかな笑顔を向けた。


「うちの親、子連れの再婚同士なんだ。俺は父親の子で、弟は母親の子。」


無言の俺たちにかまわず、宗屋が続ける。


「夏休みや正月に祖父母の家に行くだろう? そういうとき、どっちにも片方しか行かないんだよ。両方とも、うちの親たちの結婚に反対だったらしいんだ。」


それを子どもの宗屋は知っていたんだ……。


「でも、俺たち家族四人、すっげー仲良いぜ? 家族になったのって俺が小学生になるときだけど、弟のことは普通に弟と思ってるし、母親ともたぶん、上手く行ってると思う。べつに親戚が反対してたって、俺はうちの家族が楽しく暮らしているから、そんなことどうでも良かった。親父たちだって、」


そこで宗屋は後ろを振り返った。


「じいちゃんたちの反対なんか何とも思ってないと思うな。少なくとも普段は忘れてるよ、たぶん。」


蒼井さんは何も言わない。


「だからさ、姫。」


宗屋が笑いながらちらりと俺に目くばせをした。


「結婚できないなんて考えるなよ。結婚ってさあ、自分が幸せならたぶん相手も幸せで、子どもも幸せになるんだと思うぞ? こんなに何人も幸せになれるのに、部外者が反対したからっていう理由であきらめるのは変だろう。」


(うん、そうだ。)


俺と蒼井さんが幸せになれるなら、誰に何を言われてもあきらめない。まあ、うちの家族は反対しないだろうけど。


「だいたいさあ、姫、彼氏作っても結婚しないってこと? 全員、遊び?」

「え? いや、違いますよ!」


蒼井さんが慌てた。


「そうじゃなくて、彼氏なんかできないし。」

「なんで分かるんだよ?」

「だって、希望者もいないからべつに……ん? あ、ああ!」

「どうした?」

「いました、今日。希望者。たぶん。」


(えーーーーーーっ!!)


思わず出そうになった声をグッと飲み込んだ。


「なになに、姫、心当たりあるの? 今日って、どこで?」

「ええと……、大学で……。」

「大学で?」

「はい。忘れてました。」


(忘れてたって……。)


「だって、花火が楽しみだったから。」


あっけらかんとしたものだ。その相手が少し気の毒になる。


「コクられたのか?」

「いえ、そうじゃないんですけど……、なんか、今度、映画に行かないかって……。これってそうですかね?」

「ああ、それはそうだな、たぶん。」


俺もそう思う。それにしても「そうですかね?」って……。


「うわ〜、初めて誘われました〜。」


(いや、初めてじゃないよ!)


本気で言ってるのか?


「プッ、初めて? マジで?」

「はい。」


(俺、けっこう誘ってるのに!)


そりゃあ、そういう雰囲気出さないようにしたけど! 酔った勢いだったりもしたけど!


宗屋はニヤニヤするし、蒼井さんはただただ感心している。そんな二人に、とてもとても複雑な思いだ。


「あるんですねぇ、こういうことが。」

「姫、モテ期来たんじゃないの?」

「え〜、わたしにですか〜? でも、たった一人ですよ?」

「前下さんがいたじゃん。」

「え、あれは……勘違いです。」


(俺もいるけど!)


いや、それよりも。


「あの…さあ、蒼井さん?」

「はい? なんでしょう?」


(「なんでしょう?」じゃないでしょ!)


大事なことを言い忘れてる!


「あの、そのひと、どうしたの?」

「え? そのひとって……?」

「ほら、今日の映画の。」

「ああ! 今回のスクーリングで同じ授業を取ってたひとで、なんだかよく話しかけてくるなあって思ってたんですよね。」

「そうなんだ?」


(いや、だから。)


俺が聞きたいのはその後のことで。


(う〜、宗屋め!)


そのニヤニヤ笑いはやめてほしい。俺が何を知りたいか分かっていて、わざと黙っているのだ。


「で?」

「……『で?』?」

「あの……、行くの? 映画。」

「やだ! 行きませんよ!」

「あ、あ、そう? そうなんだ?」

「だって、よく知らないひとですよ? いきなり二人で出かけるなんて無理です。」

「あ、そうだよね。よく知らないひとか。そうだね、うん。」


(さすが蒼井さんだ!)


スクーリングで一週間一緒でよく話しかけてきた相手でも、彼女にとっては「よく知らないひと」らしい。そういう部分は警戒心が働くのか、単なる人見知りなのか。まあ、どちらにしても良いことだ。


「うん、よく知らないひとには気を付けないとね。」

「はい。もちろんです。」


真面目にうなずく蒼井さんに、宗屋は面白がって「何日目から『知ってるひと』?」なんて尋ねた。でも、俺としては、蒼井さんに近付こうとする男はみんな、永久に「よく知らないひと」のままでいればいいと思う。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ