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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第六章 失敗からも学びます。
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88 クラス会報告


(き、来たっ!!)


スマホを握りしめる手に思わず力が入った。蒼井さんからのメールだ。


急いで開くと、それは単なるクラス会無事終了の知らせだった。どうやら横崎駅で西川線に乗ったところらしい。


(あと三十分、いや、一時間くらいかな。)


余分なことが何も書いていないメールを閉じながら考える。


今日のうちに彼女と話したい。けれど、今は電車の中だし、家につくなりでは落ち着かないだろう。待ち構えていたみたいに思われるのも――事実だけど――避けたい。だから一時間後。


(宗屋があんなこと言うから。)


きのうの昼休みを思い出す。


「そんなことしてると、横から誰かにかっさらわれちまうぞ。」


いつもは煮え切らない俺に呆れた顔をするだけだったのに。その言葉に不安を煽られた。


一つは宣戦布告かと思ったから。「誰か」というのは宗屋自身のことではないかと。


それは非常にまずい。


宗屋のストレートな性格のせいで、二人の仲の良さは別格なのだ。まるで本当の兄妹のようにじゃれあったりもする。宗屋がその気になったら、蒼井さんは気付いたときには宗屋の恋人ということになっているという気がする。


ただ、この線は今のところは無いと、話の流れでわかった。そう、今のところは。


そして残ったもう一つの不安。それは今夜のクラス会、元同級生との再会だ。


当然、クラスの約半数は男だろう。そして、蒼井さんはとてもかわいらしい。あの問いかけるように見つめる瞳、やさしさと無邪気さ相半ばする微笑み、ふっくらとした頬、そして動きの一つひとつが。


彼女のどこか純粋な雰囲気は、絶対にほかの女の子とは違う。社会に出て、大学生よりも重い責任を持ち、世の中のいろいろな面を目の当たりにしているはずなのに、俺が見てきた大学生の誰よりも素直で純粋なのだ。


そんな彼女に気付く男がいたら。そしてそいつが俺よりも見た目も積極性も上だったら。いや、その点で比較したら、ほとんどの男が俺よりも上だ!


(ああ……、心配だ!)


車で迎えに行くと言おうかと、何度思ったことか! でも、それこそ引かれてしまいそうで言えなかった。プライベートな行事に迎えに行くなんて、まるで見張っているみたいだ。でも、あんな小石で彼女の気持ちを繋ぎとめるのは無理な気がする!


(とにかく。)


クラス会は終了した。今夜のうちに電話をしよう。そして……さり気なく確かめよう。




「疲れているかと思ったけど、無事に帰り着いたか心配になって。」


用意しておいた言葉がすらすらと出て落ち着いた。何度もシミュレーションをした甲斐があった。


彼女の「ありがとうございます」に嬉しそうな響きを感じる。それが今度は自信につながる。


「帰りは一人だったの?」

「はい。西川線はほかにもいたんですけど、みんな急行だったから。」


俺の質問の真の意味に彼女は気付かない。俺がその答えに安心したことも。


「車で迎えに行ってあげれば良かったね。」

「え、いいえ、それは申し訳ないです!」

「あ、また遠慮してる。遠慮はしない約束だよ?」


いつもなら照れくさいセリフも気取って言えた。電話だと顔が見えない分、大胆になれるらしい。


ムニャムニャと何か言い訳する彼女に、気軽な調子で「今日はもう飲んじゃったから行けないけど」と付け加えて、さり気なく、待っていたわけではない雰囲気を演出しておいた。


「今日は楽しかった? 懐かしい友だちと会った?」

「あ、はい。」


どんなメンバーが出てくるのかと耳を澄ます。


「一番の仲良しとはお昼に会って、午後中ずっと、おしゃべりしました。」

「ああ、そうだったね。」


その計画は聞いていた。相手が女子だということも分かっている。


「クラス会の参加者は二十七人、だったかな。そのうち女子が十二人で。」


ということは、男が十五人か。


「久しぶりだったけど、みんなと普通におしゃべりできました。」

「そう。良かったね。」

「はい。」


嬉しそうな「はい」に、俺も嬉しくなった。


この話の様子だと、「おしゃべり」は女子が相手だと考えて良いだろう。つまり、彼女にとっての同級生に男は含まれていないのだ!


「あの、わたし、宇喜多さんにお礼を言わなくちゃって思っていたんです。」

「お礼?」

「はい。お守りの小石のこと。」

「ああ、あれ? 少しは効き目があったかな。」

「少しじゃありません! とってもです! あのお守りのおかげで勇気が出て、就職したって言えたんです。」

「ああ……、そうだったんだ……。」


思いがけず感動してしまった。彼女がどれほど勇気を出したのだろうと思うと。


「本当は黙っていられたらいいなって思っていたんです。でも、そうもいかなくなって……、そのときに宇喜多さんとあのお守りのことを思い出したんです。そうしたら、就職は恥ずかしいことなんかじゃないって思えてきて。」

「うん、そうだよ。全然恥ずかしくなんかないよ。しかも、蒼井さんは優秀な職員なんだから。」


そう。蒼井さんはもっと自信を持って良いのだ。俺が目標にしているひとなのだから。


「そんな。わたしは普通の職員です。」

「そんなことないよ、優秀な先輩だよ。俺の言うことが信用できないの?」

「うーん、宇喜多さんがそう思ってくれていることは分かります。でも、それはたぶん、新人さんだからです。わたしの方が一年長く仕事をしているわけですから、宇喜多さんよりも仕事を知っているのは当然なんです。」

「それはそうだけど……。」


彼女の自信不足は筋金入りらしい。まあ、仕事においては、過信よりも自信が足りないくらいの方が良いのかも知れない。


「あ、それより宇喜多さん、聞いたんですけど。」

「なに?」

「宇喜多さんこそ優秀だったそうですね?」

「え? 何の話?」


蒼井さんがクラス会で聞いたのか? 俺の話を?


「大学生のとき、大企業から就職のお誘いがたくさんあったって。」

「ああ……、そんなこともあったなあ。そんな話、誰から聞いたの?」

「あ、あの……、海で会ったひとたちから情報が流れたらしくて……。」

「海? ああ、そう言えば会ったね。」


蒼井さんをナンパしていたS大の後輩たちか。


「あの二人も来たの?」

「あ、いえ、あの二人は二年のときの同級生だから……。」

「じゃあ、話だけ? なんでだろう? 俺の情報なんか流しても面白くないのにね?」

「あー、んー、それが……そうですよね……。」


歯切れの悪い返事。


(あ! そうか!)


「何か言われちゃった? あのときのこと。あの……変な知り合いがいるとか?」

「ああ、いや、そうじゃないんですけど……。」

「じゃあ、どんな?」

「ええと、その……、勘違いしたみたいで……。」

「勘違い?」

「あー、はい。ええと、まあ、」


小さく「こほん」と咳払いが聞こえた。


「宇喜多さんを、わたしの彼氏だと、勘違いしたみたい、です。ごめんなさい!」

「あ。」


(そうか。そう見えたんだ。)


確かに俺の気持ち的には正解なのだ。勘違いされても仕方ない。


「あはは、蒼井さんがあやまる必要は無いよ。」


むしろ嬉しい。他人にそう見えたってことが。にやにやしてしまうくらいに。


「あの、ちゃんと『違う』って言ってきましたから。心配しないでください。」


がっかりだけど、蒼井さんならそれは当然だ。でも、今日は少し試してみたい気がする。これも電話の効果なのか?


「あははは、本当だって言っても良かったのに。一緒にいるときに知り合いに会ったら、いつでも彼氏のふりをしてあげるよ?」


自分の言葉が頭の中で具体化する。いくつも浮かぶパターンは、すべてどこかが触れ合うもばかり。実際に実行するには大きな勇気と決断が必要だと思われる。


けれど、思い浮かべたら本当に蒼井さんに会いたくなってしまった。会って、彼女を感じたい。小さな手や肩や体温や――。


「そんなこと! 申し訳ないです!」


なのに彼女はまたそんなことを言う。


「あ、また遠慮してる。そりゃあ、俺じゃあ自慢にならないだろうけど。」


気持ちが伝わらないことがもどかしくて、少しふて腐れてみた。


「ちが、違います!」


狙いどおり、蒼井さんがあわてた。思わずニヤッとしてしまう。


「宇喜多さんは十分素敵です。わたしにはもったいなくて。」


(「素敵」。へえ……。)


思いがけずに評価を聞けた。お世辞かも知れないけど、かなり嬉しい。


「あははは、いいんだよ、気を使わなくても。」

「気を使ってるんじゃないです。そうじゃなくて、宇喜多さんが困ることに」

「ならないよ。それとも、蒼井さんが困る?」


どうしたんだろう。素面なのに妙に強気だ。どうしても彼女に了承させたい。


「え、い、いえ、わたしは、何も……。」

「じゃあ、いいよね? 何も問題ないよ?」

「え、え、でも、それは」

「そうだよ、問題ないよね? そもそも俺たちは許婚なんだから。」


(よし!)


言うだけのことは言った気がする。今度は彼女の番だ。


「あ、あの、でも、ええと……」


頬を染めて困っている姿が目の前をちらつく。期待に胸が高鳴る。


「あの……、」

「うん。」

「あの、は……」


(よし、「はい」って)


「恥ずかしい、です。」


(あ…………。)


体の中で何かがボン! とはじけた。


(う、あー…………。)


思わず空いた手で顔を覆う。


(会いたいよ会いたいよ会いたいよ会いたいよ……。)


「……だよね。」


激情を抑えたら、力の抜けた声しか出なかった。


「俺も、かな。」


そう言うのがやっとだった。







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