80 一緒に帰ろう…?
(あと少し。)
花火のあとの食事が終わり、駅に向かいながらじりじりする。
(あと少しで二人になれる。)
そのことばかりが頭の中にちらつく。だって、せっかく一緒に花火を見に来たのに、蒼井さんとはほとんど話すことができなかったのだ。視線を交わすことも。
(仕方がないのかも知れないけど……。)
地下街の明かりの中、北尾さんと並んで歩く蒼井さん。その背中を常に視界から外さないようにしている俺。蒼井さんたちの前には宗屋と元藤さんがいて、四人で楽しそうに笑っている。
いつもなら俺もあの中に入っているはずだ。でも、今日はなんとなく白瀬さんと一緒にいる。
物静かな雰囲気の白瀬さんは、にぎやかな会話はあまり得意ではないようだ。課のグループで来ていたということは、それなりに馴染んでいるのだと思うのだけど。
俺としては、心の底では蒼井さんに学歴の話を持ち出した白瀬さんに、少しばかりのわだかまりを抱えている。でも、白瀬さんは蒼井さんの事情を知らないのだから、その点を責めるわけには行かない。
(それに、蒼井さんが「尊敬する」って言ってくれたから。)
彼女に認められたくて努力してきた。それが、思いがけずにこんな言葉になって戻って来るなんて、とても嬉しい。だから今は寛大でいられる気がする。
「宗屋さんと蒼井さんって、付き合ってるの?」
白瀬さんが小声で尋ねてきた。ちょうど宗屋が蒼井さんをからかっているところだった。
感じていた微かなわだかまりが、一瞬のうちに固くなった。けれど、彼女は知らないのだと自分に言い聞かせ、表情に出る前に押さえつけた。
「いや、違うよ。」
「さっき、三人で仲が良いって言わなかったっけ?」という言葉は飲み込む。確かに最近は宗屋も蒼井さんに敬語を使わなくなっているから、普通の同僚と比べて格段に仲良しには見える。でも。
「仲は良いけど、そういう関係じゃないよ。」
「いつもは俺も一緒なんだよ」というのも、白瀬さんを邪魔者扱いしているみたいに聞こえると悪いと思ってやめた。
彼女はつまらなそうな顔で前を見ながら「ふうん」とつぶやいた。それからぽつりと言った。
「やっぱり見た目が可愛いと得だよね。みんなにちやほやしてもらえるもの。」
(ああ、そういうことを思っていたのか……。)
食事中にもこんなことを言っていた。これではまるで蒼井さんが外見以外に良いところがないみたいだ。蒼井さんと白瀬さんはほとんど面識もなさそうで、目の敵にするような理由など無いはずなのに。
(……あ! もしかして?!)
突然、ひらめいた。
(白瀬さんて、宗屋が好きなのかも!)
そう考えると辻褄が合う。花火の最中からずっと、白瀬さんは宗屋と蒼井さんのことが気になるようだったし。
(そうだよ、だから……。)
白瀬さんは宗屋と仲良くしている蒼井さんのことが気に入らないのだ。それであんな意地の悪いことを言ったに違いない。
(なるほど……。)
聡明なイメージに似合わず、白瀬さんはヤキモチ妬きらしい。
(こんなことに気付くなんて、俺も進歩したなあ。)
自分も恋をしているから敏感になったのかも知れない。相河にはさんざん「恋愛天然」なんて言われてきたけれど。
(うんうん、そうだな。)
ここはひとつ、蒼井さんを助けてあげなくちゃ。白瀬さんが蒼井さんに嫉妬する意味など無いと、それとなく伝えれば良いのだ。
「見た目はあんまり関係ないと思うな。」
俺の言葉に、白瀬さんがこちらを向いた。
「見た目の好き嫌いって、人それぞれだと思うし。それに、俺は見た目だけでは判断しないよ。人間の価値は、その人の言動で決まると思ってるから。」
「そう? 恋愛も?」
「もちろんだよ。それこそ外見よりも中身の方が重要じゃないか。」
俺は見た目だけで蒼井さんを好きになったわけじゃない。彼女の頑張りや素直さ、やさしさ、悩んだり落ち込んだりするところもすべてひっくるめていとおしく思うのだ。
そんなふうに蒼井さんのことを思い浮かべたら、ふわりとやさしい気持ちになった。そして、白瀬さんにも幸せになってほしいと思った。
「白瀬さんも、もっと自信持ったら?」
「自信……?」
「そうだよ。見た目だって、もっと自信を持っていいと思うけど。」
それを聞いて、白瀬さんは目を丸くした。それからぱあっと頬を染めて下を向いてしまった。
(へえ。)
強気な雰囲気の白瀬さんもこんな反応をするのか。もしかしたら、あんまり褒められたことが無いのかも知れない。
「じゃあ、宇喜多、姫のこと頼んだぞ。」
「うん。」
それぞれの路線に分かれようとみんなであいさつを交わしたところで蒼井さんの隣は交代だ。やっと二人の時間がやって来た。喜びを隠して近付く俺に、蒼井さんがぺこりと頭を下げる。
「あれ? 宇喜多さんってこっちじゃなかった?」
白瀬さんの質問に、蒼井さんがぎくりと固まったのがわかった。
「ああ、蒼井さんを送って行くから。」
照れくさいけれど、ここははっきり言わなくちゃ。そもそもテニス部員は知っていることだし、白瀬さんには蒼井さんと宗屋が本当になんでもないことを示さなくてはならない。同時に、蒼井さんにも、俺が送っていくことを決定事項として伝えるのだ。
「あ、でも、わたし、一人でも大丈夫です。宇喜多さんも今日はお疲れだし。」
蒼井さんが慌てて言いだした。そろそろと後ずさりしながら、今にも走って行ってしまいそうだ。白瀬さんの言葉を気にしているのかも知れない。
「何言ってんだよ? 家が近いんだから送ってもらえ。」
すぐに宗屋が言ってくれた。
「そうだよ。もう遅いし。」
「それほど遠回りじゃないんでしょ?」
元藤さんをはじめ、ほかの人たちも言葉を添えてくれる。ここはこの勢いに乗らないと!
「うん、そうだよ。じゃあ行こう。お疲れさまでした。」
最後の部分はみんなに向けて言い、蒼井さんのひじにそっと触れて合図する。白瀬さんがまた蒼井さんに「心配されて羨ましい」なんて言い出さないうちにここを離れたい。
彼女はちらりと俺を見上げてから、意を決した様子でみんなにあいさつをした。そして、少し急ぎ足の俺に合わせて歩き出してくれた。
(良かった。)
ほっとして自然と微笑みが浮かぶ。
(やっと話せる。)
せっかく一緒に花火を見に来たのに、並んで花火を見るどころか、ほとんど話すこともできなかった。これからやっと――。
(いや……。)
不意に不安が忍び込む。
(本当にこれで良かったのか?)
隣を歩く蒼井さん。少し眉を寄せて無言なのは、速足で歩いている俺に合わせていることだけがその理由? 本当に俺が送ってもいいのか? あれは遠慮じゃなくて本気で断りたかったのかも……。
こうなると、思考はもう堂々巡りだ。
(ダメだ〜! また自信が無くなってきた!)
頭を掻きむしりたい気分だ!




