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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第五章 大事な大事な蒼井さん。
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74 反省と決意と


(進んだんじゃないかな……。)


自宅に向かう車の中で思った。


(いつもよりも頑張ったもんな。)


確信を持って、うんうんとうなずく。さっき別れた蒼井さんを思い出すと、「ぐふ」と思わず笑いが漏れた。


(「玄関まで持って行くよ」だぞ? それも、当たり前みたいに。)


今までは二階に上ったところで蒼井さんを見送っていた。でも、今日は旅行バッグを運ぶと申し出て玄関まで行った。蒼井さんはもちろん遠慮したけれど、それを押し切って。そして、玄関に入って廊下にバッグを置き、玄関のドアから蒼井さんに見送られて別れたのだ。


(うん。絶対に進んだ。絶対に。)


だって、女の子の部屋の玄関に入ったのだ。それも一人暮らしの。そして……。


「ふふ、ふ……。」


通路を歩きながら振り返ると、蒼井さんがかわいらしく手を振っていて。


(くあ〜〜〜〜〜〜!!)


にやにやが止まらない。いくら車の中でも、こんな顔していたらみっともないのに。


でも、玄関先で見送られるなんて、まるでもう恋人同士みたいだ。玄関の中にいたのがたとえほんの十秒程度だとしても。


(あと何回かこれを繰り返せば……。)


十秒が二十秒に延びて、別れ難くて三十秒くらいになって、おやすみのキスなんかしながら一分くらいになって、もっと名残惜しくなったら……。


(うわ、ダメだ。)


蒼井さんの体の感触を思い出してしまった。ほやほやとやわらかくて、密着すると気持ち良かった彼女の体を。


……こんな妄想はキツい。家に帰ってからにしよう。


(とにかく、今回はちゃんと目標も達成できたしな!)


相河のアドバイスどおり、蒼井さんの水着姿を褒めた。そして、ええと、恋人以上……じゃなくて、「友だち以上、恋人未満」だ。告白はしていないけど、友だちよりも仲良しで。


(うんうん。)


たぶん大丈夫だ。間違いなく目標は達成している。


(ただ……。)


水着姿を褒める方は効果があったのかどうか疑問だ。蒼井さんの反応がなんて言うか……薄かった気がして。


褒めたら、彼女がもっと恥ずかしそうな雰囲気になると思っていた。けれどそうではなくて、けっこう落ち着いていて、呆気なくお礼を言われておしまいだった。


(やっぱり俺が下手だったんだろうなあ……。)


だとすると、これは目標を達成したと言えるのだろうか。蒼井さんが喜んだりドキドキしたりしないのでは、褒めた印象が残らないんじゃないか? それでは何の意味も無かったということになる。


(……いや、そうじゃないかな。)


ほかの人にも褒められていたら、俺が褒めないことはマイナス点になる。ちゃんと彼女の水着姿を見て、良いと思った、ということを伝えたという点が大事なんだ。


(そうだ。)


だってあのとき、蒼井さんは俺に、ちゃんと見たかどうか確認したじゃないか。そして俺は、それにきちんと答えることができた。


(うん、確かにそうだった。)


彼女は「そんなに見てませんよね?」と訊いいた。その質問に、俺はどんな水着だったか正確に答えることができたのだ。ほんの数秒しか見ていなかったのに。あの肉まんみたいなかわいい胸を包んでいた水着を。


(あのサイズが服の中に入っていたんだなあ……。)


ああいうことって、服の外から見てもよくわからないのが不思議だ。


女性の服ってどうなっているのだろう。今までまったく考えたこと無かった。うちには姉さんたちもいたのに。それに、武智さんくらいの大きさになると、もっと……。


(……って! 何を真剣に考えてるんだ?!)


女性の服のつくりを考える必要なんか無いのに! 外から見てわかりにくいのは女性にとって良いことのはずだ。卑猥な目で見られる心配が減るのだから。それでいいじゃないか。


それよりも、俺が考えるべきなのは蒼井さんとの関係だ!


(うん、そうだ。よし。)


二人だけで早朝の散歩をしたし――いや、あの「ぎゅー」の快感は今は封印だ――、今日は夕食まで一緒にいた。そして、彼女の部屋の玄関に入った。これなら「友だち以上」って……。


(言え……ないかな?)


早朝の散歩くらい、誰でもするかも知れない。あれは先に約束してあったわけじゃなく、その場の思い付きだったのだし。友だち同士なら、あのくらいのこともするかも。


せめて手をつないでおけば……いや、それは恋人同士のすることだ。「恋人未満」じゃなくなってしまう。


(難しいな、やっぱり。)


夕食を一緒にっていうのも……あるよな、きっと。仕事の帰りに同僚と食べに行くのと同じだ。店も普通のファミレスだったし。


(あれ……?)


でも、ほら、玄関に入ったのは! あれは友だち以上だろう!


相手は一人暮らしの女の子だぞ? そんなに気軽に玄関の中なんかに――。


(……いや。)


たった十秒だぞ? それも、「荷物を運ぶ」というまっとうな理由でだ。そんなの引っ越し屋と同じじゃないか。むしろ、引っ越し屋よりも短い。


それに、もしも相河だったら?


あいつならきっと、同じようにしたはずだ。そして、蒼井さんも俺相手と同じ程度に遠慮はするだろうけれど、それ以上ではないような気がする。と言うことは。


(うーん……。)


確実に「友だち以上」と言えるのは、あの散歩の「ぎゅー」だけか……。


(あれは……、蒼井さんはどう思っているのかなあ……。)


あれから多少は恥ずかしそうにしていたような気がする。それは俺もだったから、はっきりとは言えないけれど。そのあとは元気が無くなってきて……。


(そうだった。避けられているのかと思ったんだ。)


あんまり幸せだったから忘れていた。夕飯に誘ったのは彼女を困らせようと考えたからだった。なのに、誘ったら、蒼井さんはぱあっと笑顔になった。


(あれは……、やっぱり……。)


期待してもいいのでは?


少なくとも、彼女は俺と一緒にいることを楽しんでくれている。


(でも……。)


友だちなら、一緒にいたら楽しいよな?


(うーん……。)


なんだかすごく難しい。


やっぱり俺は「お兄さんみたいな先輩」に過ぎないのだろうか。どうすれば、彼女は俺に恋をしてくれるんだろう。


「あーあ。」


二人でいるときには、彼女が笑顔でいてくれるだけで嬉しくて幸せだ。けれど、こうやって一人になってみると、自分の言動が適切だったかどうかも、彼女の笑顔の意味も、疑問ばかりで自信がなくなってしまう。


(本当は言葉で確認した方がいいんだろうなあ……。)


宗屋が告白しろと勧めるのはそういうことだ。


今はそれをしていないから、こんなに不安なのだ。俺の気持ちを伝えて返事をもらえば、悩む必要はなくなるのに。


(だけど……。)


やっぱり言えない。まだ自信が無いから。


蒼井さんへの気持ちに迷いは無い。そして、「オーケー」の返事をもらったら、どんなに楽しいことがたくさんあるだろう、とも思う。


けれど、彼女から「ノー」という返事をもらったときに、今までどおりの関係を続けられるかどうかわからない。場合によっては、俺の告白が彼女の気持ちを傷付けてしまう可能性だって無いとは言えない。葵が部活に出て来られなくなったように。


それに、仕事のこともある。


俺はまだ半人前で、何もかも教えてもらう立場だ。今の状態では胸を張って蒼井さんの彼氏だなんて言えない。相河が言っていたように、蒼井さんに迷惑をかけることだって有り得る。


そんなことを考えると……言えない。


(…となると。)


一日も早く、しっかり仕事ができる職員になるしかない。


(うん。そうだな。)


これからも真面目に精進しよう。そうすれば蒼井さんからの評価は――仕事に関しては――上がるはずだ。もちろん、職場の先輩たちにも迷惑をかけずに済むようになる。俺が蒼井さんの彼氏になっても、蒼井さんが恥をかかなくて済む。


(それに。)


来月の最後の土曜日には二人で出かける約束がある。二人で過ごせる時間が確保できているのだ。


たとえただの同僚や先輩に過ぎないとしても、一緒にいられる時間は俺にとっては最高に幸せな時間だ。


(よし。やる気が湧いてきた。)


とにかく仕事を頑張ろう。前下さんのことが片付いた今は、蒼井さんにアピールできるのはそれしか無いのだから。


そして……。


これからはいつも玄関まで送ろう。うん。







お立ち寄りくださったみなさま、ありがとうございます。

第五章「大事な大事な蒼井さん。」はここまでです。

無事に両思いまで進めることができ、ほっとしています。


次からは第六章「失敗からも学びます。」です。

なかなか前に進めないふたりにどうぞあたたかいご支援を。

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