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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第五章 大事な大事な蒼井さん。
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66 海! その4


(詳しい話は聞けなかったなあ。)


電気を消した和室で寝る支度をしながら、宴会での蒼井さんのことを思い出してみる。隣では、もう宗屋がすっかり眠り込んでいる。


(困っている様子は無かったようだけど。)


前下さんと三人でコテージに戻ったとき、蒼井さんはこっそり「大丈夫です」と言った。そして、「あとで報告します」と。


けれど、二人だけで抜け出す機会が見つからず、俺から誘い出す決心もつかなかった。いくらリビングが広いとは言え、みんながいる部屋でその中の一人の内緒話をするというわけにもいかないし。


(ベランダに出るくらいのことはできると思ったんだけどなあ。)


星を見に誘おうと考えたときには簡単に思えたのに。いざとなると、みんなに気付かれないように、とか、今は盛り上がってるし、とか、誘えない言い訳ばかり自分にしていた。


(蒼井さんも忘れていたみたいだし……。)


…というのも言い訳かな。


(……格好悪いな。)


できなかったことを気にしているだけなんて。こんなことじゃ、次に進むなんて無理だ。


(そうか。次だ。)


俺は蒼井さんと前下さんがどんな話をしたのか聞きたい。じゃあ、どうやって?


明日の帰りなら間違いなく聞けるだろう。最後の最後に。でも、もっと早い方がいい。できれば、明日の朝いちばんとか――。


(今、なら?)


みんな部屋に引き上げた。隣の部屋も静かだ。


リビングは無人のはず。広い場所が落ち着かなければ、洗面所か廊下でも話はできるだろう。


(うん、そうだ。)


話せる場所を確認してからメールしてみよう。蒼井さんが寝てしまっていたら、そのときはあきらめよう。




「あ……。」


驚きと失望で、思わず声が出た。


小さな灯りだけを残した薄暗いリビング。そのドアを開けて目に飛び込んできたのは、開けたレースのカーテンの前に立ち、グラスを片手に外を見ている背の高い人物。


「花澤さん……。」

「ん? ああ、宇喜多か。」


微笑む花澤さんを前に、思わずスマホをトレパンのポケットに入れた。まるで校内で先生と行き会った中学生みたいに。


「眠くないのか?」

「え、ああ……、ちょっと暑くて。」


まさか蒼井さんを呼び出そうとしたとは言えない。


「そうか。せっかくだから付き合わないか?」


花澤さんがダイニングテーブルの瓶を持ち上げた。宴会で残ってしまった焼酎だ。


「いいですね。いただきます。」


今日は蒼井さんのことはあきらめるしかないな。


キッチンからグラスを取ってきて自分で注ぐ。花澤さんは窓の前の椅子に横向きにゆったりと座り、俺はその向かい側に腰掛けた。


「泊まりのときの、こういう時間が好きなんだ。」


花澤さんが静かに言った。


「楽しい気分が残っていて……、みんなといるのに一人っていう自由さが。」

「じゃあ、俺、邪魔しちゃいましたね。すみません。」

「いや、そんなことないよ。話すのも好きだから。」


そう言って軽くグラスを上げた。俺もグラスを上げて応じる。


「海で遊ぶのなんか久しぶりだよ。」

「そうですか。」

「意外と楽しいもんだなあ。年甲斐もなく騒いじまった。」

「ああ……、俺もです。」


深夜に相応しく控えめな声でゆっくりと会話が進む。開いた窓から聞こえるのは波の音。微かに揺れる白いカーテン。


「蒼井も元気だったなあ。」


花澤さんがしみじみとつぶやいた。


「ああやってると、やっと年相応に見えるなあ。」

「ええ。そうですね。」


あの元気な水着だけじゃなく、笑ったり甘えたり、本当に楽しそうだった。


「最初は参加を渋ってたんですけど。」

「そうなのか?」

「はい。でも――」


(そうだった……。)


彼女は花澤さんを呼ぶと聞いて参加する気になったのだ。


「北尾さんに押し切られて。」


花澤さんが理由だとは言えなかった。言えないと言うよりも、言いたくない。いくら花澤さんが蒼井さんが信頼している先輩だとしても。……いや。だからこそ。


「ああ、蒼井は杏奈ちゃんには勝てないだろうな。」


うなずきながらくすくすとわらう花澤さんに軽い嫉妬を覚える。彼女のことをよく理解していると見せつけられているように感じて。


「あいつが元気で良かった……。」


その言い方の何かが胸をちくりと刺した。


(もしかしたら、花澤さんも蒼井さんに会いたくて参加を……?)


微かな疑念が頭をもたげる。


今まで顔を合わせたときには、蒼井さんに執着しているそぶりは無かった。でも、会わないでいる時間の中で自分の気持ちに気付いたとしたら?


……けれど、静かな横顔からは何も窺い知ることができない。


「宇喜多と宗屋のお陰だなあ。本当に……礼を言うよ。ありがとう。」

「い、いいえ、そんな。」


蒼井さんのことで花澤さんが頭を下げるのは二度目だ。それにまたもや嫉妬が反応する。


「あの、蒼井さんは自分で頑張っていますから。俺たちなんか、ただ見ているだけで。」


彼女はあなたから独立しているんです。……という気持ちがこもってしまった。


「……そうか?」

「はい。」

「そうか……。」


花澤さんは懐かしそうに微笑んだ。


「そうか。自分で頑張ってるか。ちゃんと進歩してるんだなあ……。」

「ええ。」


蒼井さんは頑張ってる。俺や宗屋が追い付かないくらい。


そして、とても輝いている。


「なんだか複雑な気分だなあ……。」


その言葉がふたたび俺を警戒させた。俺の言葉に挑戦的な響きが混じってしまったのだろうか。


花澤さんは不満そうな顔でグラスの縁をなでながら続けた。


「新人のときから面倒を見てきた蒼井が一人で頑張ってるって聞くとだなあ、」

「はい。」

「嬉しいのはもちろんだが、」

「ええ。」


そこでぐっとテーブルに身を乗り出してきた。ちょっとばかり迫力があって逃げたくなった。けれど、気持ちを抑えて踏み止まる。


「淋しいじゃないか。お払い箱みたいで。」

「……え。」


俺の胸の中にも何か複雑な気分が。


見つめる俺の前で花澤さんは小さくため息をつき、グラスの焼酎をグイッと空けた。空になったグラスを差し出されて、様子をうかがいながら注ぐ。


「前はたいてい俺にくっついていたのになあ。」


力を抜いて椅子に寄りかかった花澤さんは、ぼんやりと宙を見上げて実に淋しそうだ。


「人見知りだから、大勢のときは特に後ろに隠れるみたいにしていたのに。」

「あ……、はあ、そうでしたか……。」

「今日なんかときどきしか来なかったもんなあ……。はあぁ……。」


ドキッとした。


やっぱり俺の気持ちに気付いているのだろうか。それで当てこすりを言われているのだろうか。蒼井さんが俺と遊んでいたから自分のそばに来る時間が無かったと。


「きっと、蒼井さんもみなさんに慣れたんですね。もう一年以上経ちましたし。」


さり気なく言い訳をしてみる。俺が蒼井さんを独り占めしていたわけでは決して無いと。


まあ……そりゃあ、自分でもかなり一緒率が高かったか気がするけれど。


「それはわかってるけどなあ……。」


(わかってるのか……。)


良かった。責められているわけじゃ――。


「三か月ちょっとでずいぶん仲良くなったよなあ、宇喜多?」


(え? 名指し?)


「ええと、俺が、ですか?」

「ああ。お前。」


花澤さんの口調になんとなく不穏な気配が……。


「えー、あー、そう、ですか?」

「ああ。しょっちゅう一緒にいたじゃないか。」


目付きも気になるんだけど……。


「それほど…でもないと思いますけど?」

「いや。蒼井は何かにつけて宇喜多のところに行ってたぞ。間違いなく。」

「まあ、ときどきは……。」


声がだんだん小さくなってしまった。


(そんなに観察してたのか……。)


他人から見ても、俺と蒼井さんが仲が良さそうに見えたというのは嬉しい。でも、今は喜んでいる場合じゃない気がする。


(嫉妬されてるのか? 花澤さんに?)


花澤さんはやっぱり蒼井さんのことを……?







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