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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第五章 大事な大事な蒼井さん。
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64 海! その3


(蒼井さん、楽しそうで良かった。)


夕食後のコテージの庭での花火大会。打ち寄せる波のゆったりした音を背景に、俺たちの笑い声が夜空に上って行くように響いている。


蒼井さんも花火を持って元気に笑っている。Tシャツにトレパン姿でみんなに囲まれて。お風呂上りのまま無造作に束ねた髪が、気取りの無い子どもっぽさを強調している。


(一時はどうなることかと思ったけど。)


男の裸を見るのが恥ずかしいと言って引っ込んでいた彼女。でも、宗屋の荒療治で決心がつき、みんなと一緒に遊ぶことができた。俺にも慣れてくたので、本当にほっとした。


(あれも荒療治の一種かなあ……。)


昼間のことを思い出すたびにそわそわしてしまう。だって、思いを寄せる女の子に抱き付かれたのだから。脚までからみついてきたし。しかも、お互いに水着姿とあっては……。


彼女にしてみれば「抱き付いた」のではなくて「しがみついた」というのが適切な表現だろう。だとしても、俺にとっては同じこと。そして、はっきり気付いてしまった。


(やわらかかったー……。)


腕も、脚も、そしてたぶん……。


(胸も……。)


女の子って、みんなあんな感じなのだろうか。


慌てていた彼女は自覚していなかったのだと思う。部分的には浮き輪もはさまっていた。でも、彼女の感触ははっきりと……。


(蒼井さんからさわられるなんて初めてだもんなあ……。)


まさか、あんな形で「仲良くしたい」という願望が叶うとは思わなかった。思い出すたびにドキドキするし、もう一度確かめたくなる。明日もあんなチャンスが――。


(……っと。気を付けなくちゃ。)


つい、顔の筋肉が緩んでしまう。こんなところを見せるわけにはいかない。蒼井さんの体を思い出してにやついていたなんて、例の水面さんと同じだと思われてしまう。それに、彼女は俺の真面目さを信頼してくれているというのに。


(って言うか。)


そこしか無いのだ。車の中で聞いた、彼女が理想とする男の条件の中で俺が当てはまりそうなところは。


だから、この信頼だけは絶対に死守しなければ!


(だけど……。)


「ふっ。」


(あの後もかわいかったんだよなあ……。)


浮き輪にはまったまま引っ張られるのが気持ちがいいと言って、「もっと」なんて俺にねだって。


あんな甘え方をされるのも初めてだ。ものすごくかわいかった。


あんなふうにせがまれたら、どんなことでもやってあげたくなる。逆に、自分が彼女に近付く許可をもらったような気もしてしまって、理性と衝動の葛藤に苦しんだけれど。


(海だからなのかなあ。)


開放的な雰囲気が彼女の心にも影響を与えているのかも知れない。緊張感や警戒心が薄れる、とか。


(前下さんと普通に話せているのもそうなのかも。)


今も北尾さんたちと一緒に前下さんとも話している。夕食のバーベキューのときも、彼女が微妙な顔つきをするのを見ていない。海で遊んでいるときも大丈夫そうだった。


(……って。)


俺はずっと見張っていたというわけか。まあ、一緒にいる時間も多かったから……。


「宇喜多さん、はいこれ!」


蒼井さんが筒状の花火を持って来た。地面に置いて火をつけるタイプだ。


彼女はさっきから、このタイプの花火を俺のところに持ってきている。どうやら俺を打ち上げ花火係に決めたらしい。もしかしたら、俺が積極的に花火大会に参加していないように見えるのかも知れない。けれど……。


「今度はこれ?」

「はい!」


花火を置く場所へついてくる彼女に変化を感じる。以前とは絶対に違うと思う。


言葉遣いや態度も微妙にちがっている。今までこれほどためらいなく振る舞う彼女を見たことが無い。でも、一番の変化は……。


(花澤さんは……?)


火をつける前にさり気なく見回してみる。少し前と変わらず、花澤さんはベランダの前に出した椅子に座り、鮫川さんと武智さんを相手にビールを飲んでいる。


(そして、蒼井さんはここにいる。)


花澤さんの隣ではなく、ここに。


俺の隣に。


「いい? 点けるよ。」


その言葉を合図に、俺の手元をのぞき込んでいた彼女が後ろに下がった。導火線に火を点けて、俺もその隣に下がる。


シューッという音とともに小さな火花が吹き出した。それは一気に大きくなり、周囲からも感嘆の声が上がる。


蒼井さんを確認したくて目を向けた。思ったとおり、彼女は笑顔。大きな瞳に花火の光が躍ってキラキラしている。


と、蒼井さんがこちらを向いた。俺の視線を感じたのかも。目が合うと彼女は顔をくしゃっとさせて笑いかけ、また花火へと視線を戻した。


(ああ……、くっつきたい。)


彼女から花火へと視線を移しながら考えた。


(肩に手をかけてぎゅっと。せっかく隣にいるんだから。)


頭の中にはそれを行動に移した自分の後ろ姿が浮かぶ。彼女がハッと体を硬くする様子も。それから恥ずかしそうに俺を見上げて、二人で微笑み合って……。


(無理だよな……。)


こっそりとため息をついた。


そもそも、周りにみんながいる場所で蒼井さんに触れるなんて、俺には無理だ。それに、彼女はそんなことは思ってもみないだろうから、ものすごく驚くだろう。場合によっては水面さんと同じ危険人物だと認定されてしまうかも……。


(それだけは避けなくちゃ。)


性善説の蒼井さんがあれほどきっぱりと気持ち悪いと言うなんて、水面さんは余程の人に違いない。同類だと思われたら、一生、口を利いてくれないかも知れない!


最後にとっておいた線香花火をみんなで輪になって楽しみ、花火大会は終了。今度はリビングに場所を移して宴会だ。花火の片づけは俺と宗屋が引き受けた。


「宇喜多、姫といい感じじゃん。」


花火の残骸をまとめながら宗屋が小声で言った。


「このまま上手く行くんじゃないか?」

「うーん、そうかなあ?」


疑わしいようなふりをしてみせるけれど、他人にそう見えたというのは嬉しい。確かに蒼井さんの態度は以前と違っているのだし……。


「せっかくだからコクっちゃえば?」

「え? え? コクるってそんな……まだ無理だよ。」


自分の気持ちを言葉で伝えるなんて! 考えただけでも緊張する。


「いやいや、今日の様子なら行けるだろ。それにほら、夏の海の魔法もあるし。」

「魔法?」

「そう。青い空! 輝く海! そして水着!」

「あはは、水着も?」

「そうだよ。普段とは違うってところが重要なんだよ。」

「なるほど。でも、もとの場所に戻って魔法が解けたときはどうなるんだよ? 蒼井さんが後悔するかも知れないじゃないか。」

「そういうことを言うか? さすが宇喜多だけのことはあるな。」


宗屋がいつものように呆れた顔をした。


「まあ……、俺は魔法には頼らないで頑張るよ。」


言いながら、本当はわかっている。蒼井さんに告白する決心がつかないだけだということを。真面目だと言われる自分の性格を利用して、そんな弱気を正当化して見せているだけなのだ。


(でも、そうだ。)


ふと、気付いた。


(星を見るのはいいかも知れない。)


この前、帰り道でそんな話をした記憶もある。確か、流れ星の観察の話だった。


手を止めて、海の上に広がる夜空に目を凝らしてみる。コテージから漏れる灯りはあるものの、遮るものの無い夜空にはたくさんの星がきらめいている。


(宴会の途中でベランダで……っていうのはどうだろう?)


それくらいならできそうだ。さり気ない誘いの言葉を考えて……。


花火の片付けを終えてコテージに戻ると、リビングでは中途半端に宴会が始まったところ。花澤さんは今度は元藤さんを相手に飲んでいて、小さなキッチンでは武智さんと数人が冷蔵庫からお酒や氷を出したり、グラスを出したりしていた。奥の部屋で鮫川さんが荷物を出し入れしている姿も見えた。


(蒼井さんは?)


キッチンで受け取ったものをテーブルに運びながらリビングを見回す。けれど、蒼井さんの姿は無い。


(二階かなあ?)


そっと廊下に出てみると、階段を下りて来る足音がした。期待して様子をうかがう俺の前に姿を現したのは武智さんだった。


「二階、まだ誰かいますか?」

「二階? 誰もいないよ。」

「そうですか。」


落胆を隠してうなずき、考える。リビングにも二階にもいないとなると……?


(外?)


おつまみ類を配りながらベランダ側に移動。カーテンを開けてみたけれど、無人のベランダの向こうに黒い海が見えるだけ。


(そう言えば……。)


慌ててリビング内を確認。気付いた事実に胃がギュッと縮んだ。


(前下さんもいない……。)


荷物の整理でもしているのだろうか。それともトイレ?


何か思い出したようなふりをして一階の部屋をまわってみる。けれど、どこにも前下さんも蒼井さんもいなかった。


体がひやりとした。それがすぐに胸騒ぎに変わる。


(まさか……。)


二人は一緒にどこかに行った?







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