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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第五章 大事な大事な蒼井さん。
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56 悩んで、困って。

第五章「大事な大事な蒼井さん」です。

どうぞお楽しみください。


蒼井さんは俺との約束を断らなかった。


俺が送ったメールには礼儀正しい返事が来た。そこには再びの謝罪の言葉のあとに、二人で出かける約束について、『わたしも楽しみにしています』という言葉が記してあった。


最初からそう言わせるためのメールだったはずなのに、その言葉を見たとき、思わず「やった!」と叫んでこぶしを天に突きあげていた。


嬉しさのあまりスマホを持ったまま部屋の中をぐるぐると歩きまわり、ずっとニヤニヤくすくす笑っていた。寝るときも、スマホを枕のすぐ横に置いて眠った。


ところが。


朝、目が覚めてみたら、疑惑がむくむくと湧いてきた。だって、そんなに上手く事が運ぶなんてあるわけがない。昨夜、何も疑わずに喜んでいたのは、まだ酔いが醒めていなかったせいだ。


きっと読み間違いか勘違いをしているに違いない。いやそれよりも、俺が送ったメールがおかしかったのでは……?


ドキドキしながら送信と受信、二つのメールを何度も読み返した。すると、読めば読むほど自分のメールがわざとらしいような気がしてきた。やたらとかしこまっているかと思うと、最後は『断れなかったよね?』なんて、いきなり親し気な言葉になっていたりして。


けれど、蒼井さんの返事は何度読み返しても「行かない」という結論には至らない。


(でも、まだ喜ぶのは早い。)


きっと、今日のテニスの練習の行き帰りの車中で断られるのだ。礼儀正しい彼女のことだから、断るにもきちんと顔を合わせて……と思っているに違いない。


ところが、きのうのことは最初に謝り合っただけで、それっきり話題に上らない。俺としては気になるものの、自分から尋ねて、それが原因で行かないことになるのは残念だ。それにやっぱり恥ずかしくもあり、口に出すことができない。


心が決まらないまま彼女を降ろす時間が近付いてくる。そして今、最後に心に浮かんできたのは……。


(もしかしたら蒼井さんも……。)


俺のことを想ってくれているのかも知れない。今日は――宗屋が言ってくれたからだけど――助手席に乗ってくれているし。メールのとおり、本当に二人で出かけることを楽しみにしてくれているのかも。だとしたら。


(今日、もう少し一緒にいてもいいのでは?)


来月のデートのリハーサルみたいに。


そう思ったら、なんだか居ても立ってもいられない気分になった。


「あの…さ、」


震えそうになる声を抑えながら、さり気なさを装って声をかける。


「はい?」


遠慮がちに見つめてくる瞳。俺と目が合うことを恥ずかしがっている? これは良い兆候では?


「今日はこれから何か予定はあるの?」


ドキドキする。ああ、どこに誘おうか。今日がダメでも明日もあるし。


「これから大学のレポートを書かなくちゃならないんです。」

「あ、レポート……?」


そういえば、蒼井さんは大学の勉強もやっていたっけ……。


「はい。提出締切日が近いから、明日も一日やらないと」

「明日も? ああ……、大変だね。」

「いいえ。普段からもっと真面目にやっていればいいんですけど。」


地面がぱっくり割れて落ちて行くような気がする……。


さわやかに微笑んではいるけれど、きっと彼女は俺の思惑に気付いたのだ。だから俺が言い出す前に先回りして、明日のことまで答えたに違いない。


(ふられたのかな……。)


家に帰ってからぼんやりと考えた。


職場での人間関係も良好なしっかり者の蒼井さん。よく気が付いて、場の空気を敏感に読めるひとだ。だから、素早く俺の意図を読み取って、窓口のときと同じように、俺の気を悪くさせない方法で断った……。


「はぁ……。」


こんなに簡単に断られてしまうなんて。


(でも……。)


出かける約束はそのままだ。最後まで話題に出ていない。彼女からのメールは何度読んでも『楽しみにしています』を打ち消すような言葉は無い。


(やっぱり行くのかな……。)


そう思っていて良いのだろうか。そっちは断られていないわけだし……。


でも、蒼井さんは本当は嫌がっているのかも知れない。前下さんのことと同じように、俺に言えないままで。今日と明日は出かけられないと答えることで、嫌がっていることを俺に察してほしかったのかも。ということは……。


(俺から断るべきなのか?)


俺が誘ったから、俺から取り消すのを待っているのだろうか。


(それは……。)


せっかくのチャンスを自分から捨てるのは惜しい。


けれど、蒼井さんに嫌な思いをさせるのはかわいそうだ。


(でも、そうじゃないとしたら?)


蒼井さんが本当に楽しみにしているとしたら? それを俺から断ったりしたら、それこそ逆に誤解されてしまう。


(あ〜、わからない!)


蒼井さんがどう思っているのか全然わからない! どうしたらいいんだろう? 誰か教えてくれないだろうか?


(そうだ! 相河なら!)


あいつは女子の友だちも多かった。あいつなら女子の心理にも詳しいに違いない。


(うん、そうだな。)


急いで電話してみよう。




『おう。また流行りのカラオケ曲か?』


相河に電話をかけて教えてほしいことがあると言うと速攻で返ってきた。


「あはは、違うよ。」


明るい声と冗談を聞いただけで、少し気持ちが楽になった。


「実は……その、どうしたらいいのかわからなくて。」

『何だよ? 仕事で失敗したのか?』

「はは、そんなことなら職場の先輩に相談するよ。そうじゃなくて……その、個人的なことで。」

『個人的?』

「うん、なんて言うか……人生に関わる相談……とでも言うか……。」


そうだ。蒼井さんと俺の関係は、まさにこれからの人生に関わることなんだ。


『宇喜多……、それ、俺が役に立つのか? 相談相手、間違えてないか?』

「立つ立つ! 相河が一番!」

『うーーーーーん……、なら言ってみろよ。』


そう。言わなくちゃ始まらない。だけど、いざとなると恥ずかしい。


「ええと、その……」


とりあえず一般的な話として……かな。


(うん。)


「例えばだけどさ、女の子と二人で出かける約束をしたとするだろ?」

『お?! お前、姫ちゃんとデートの約束したのか?!』

「えっ?! ど、どうして?!」

『そうか〜、そこまで行ったのか〜。よくやったなあ。』

「えっ、えっ、え……っ、なんでっ? 俺は『例えば』って――」


顔が一気に熱くなる。


『何だよ、照れるなよ〜。自分で個人的な相談だって言ったじゃないか。』

「あ、そそ、そうか。そうだった。」


間が抜けている。やっぱりこういう話は苦手だ。


「だけど蒼井さんだとは――」

『だって、あの子以外にいないだろ。』

「い、いや、そんなこと無いよ。世の中にはほかにも独身女性はたくさん――」

『何とぼけたこと言ってんだよ? 一度は出かけたって聞いてるぞ。川浜大師だろ?』

「ええっ?! なんでっ?!」


どこから漏れたんだ?!


『葵が姫ちゃんから聞いたって。』

「あ、葵が? 蒼井さんから? いつ?」

『この前の日曜日。何だよ、知らなかったのか?』

「蒼井さんは何も言ってなかったけど……。」

『買い物に行って偶然会ったんだって。』


(そんな……。)


葵に会ったなら話してくれたっていいのに。二人を引き合わせたのは俺なんだから。


「忘れてたのかなあ……。」

『まあ、言いづらかったんじゃないか?』

「なんで?」

『あー…、お前の話をしたからじゃないかな。』

「俺の話?」


(そうか。)


蒼井さんには俺の失敗もいろいろ見られている。失敗も、ミスもミスもミスも……。


「……その川浜大師以外にも何か聞いてるのか?」


物笑いの種にされていたのだろうとは思う。でも、蒼井さんが俺をどんなふうに見ているのかやっぱり気になる。


『え? 聞いたよ、くくく……。』

「何だよ?」


相河に笑われるほど酷い情報なのか?


『え? お前さあ、姫ちゃんの前で酔っ払って失態を見せたらしいな。』

「ぐっ……。」


決算の打ち上げのときの話か!


「失態か……。そう思われてるんだ……。」


あれが失態なら、きのうのは言語道断の行為かな……。


『いや、そんなにマジに取るなよ、単なる俺の言葉なんだから。姫ちゃんは面白がっていただけらしいよ。』

「面白がって……?」

『ああ。葵が、宇喜多にたくさん飲ませてみろって勧められたって言ってたよ。』

「飲ませてって……あ!」

『どうした?』

「だからあんなに飲まされたんだ……。」


面白がってわざとやったのか。それで何度も謝ってたんだな。


『飲まされたって、姫ちゃんにか?』

「うん。きのう、職場の暑気払いがあって。」

『ああ、季節だなあ。』

「今回は日本酒ばっかりだけど、グラスにガンガン注がれたよ。」

『わははははは!』


酔っ払った俺がそんなに面白かったのだろうか。


『お前にいたずら仕掛けるなんて、可愛いもんだなあ。』

「いたずらって言ったって……、要するにからかわれてるってことだろ?」


素直に喜んでも良いのかどうか。


『何落ち込んでんだよ? 今まで、クソ真面目なお前にいたずら仕掛けてきたヤツなんかいたか?』

「あんまり……記憶に無いけど。」

『だろ? あの子だって、普段は誰かにいたずらしたりしないんじゃないか?』

「うん……、見たこと無いな。」

『ってことはだな、つまり、あの子はお前に対しては特別に親近感を抱いてるってことじゃないか。』

「……え? そうなるのか?」

『馬鹿だなあ。わかんないのかよ?』


相河の呆れたような声が聞こえる。


『あの子は酔っ払って面白いことをするお前をもう一回見たかったんだよ。』

「あ……。」


(じゃあ、蒼井さんは……。)


きのうの俺は予想の範囲内だったってことなのか? 出かけることも、本当に嫌がってはいないのか?


「……相河に教えてほしいのはそれなんだよ。」







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