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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第四章 なんだか気になります…。
55/156

55 ◇ ぐちゃぐちゃ! ◇


(あれ? メールが来てる。)


お風呂に入っているあいだに届いたらしい。表示されている名前は――。


(宇喜多さん……。)


胸のあたりを何かにギュッとつかまれたような感じ。時間が経って落ち着いていた頬の熱がさあっと戻ってくる。


(どうしよう? もうあんまり考えないようにしようと思ったのに。)


そう思うそばから宇喜多さんと交わした言葉や笑顔が次々と頭に浮かぶ。


宴会の席で、わたしにお料理を取り分けてくれたところ。お酒の入ったグラスを見ながら少し困った顔をしているところ。電話から聞こえてきた声。西川線の改札前の階段を上ってきた姿。そして……わたしの手首をつかんだ力強さとあたたかさ。


(あのときは本当にびっくりした……。)


戻って来た落ち着かない気持ちを鎮めたくて、手首を自分で握ってみる。


(違う……。)


わたしが握ってもその力はほんの触っている程度。ギュッと力を入れると、今度はきつくて手がうっ血した。宇喜多さんにつかまれたときとは全然違う。


あのときは、はずれないと思った。それほどがっちりとつかまれていた。実際、引っ張られるようにして歩いたし。けれど、痛くもきつくもなかった。ただはずれなかっただけ。


(やっぱり男のひとだから?)


手の大きさが違うせいだろうか。


……なんて、物理的なことを考えているのもなんだか変?


でも、あれはただわたしを引っ張っただけ。特に意味なんか無いのだから、ドキドキなんてしてないで、現実の疑問に目を向けるのが正解だっていう気がする。


(うん。そうだね。)


あれは間違いなく特別な意味なんて無かった。うん。


とにかくメールを見なくては。着信からもう三十分近く経ってしまっている。お返事が必要だったら申し訳ない。


メールを開こうと思ったら、また胸がドキンとした。過剰反応の心臓を「なんでもないでしょ!」と叱る。図々しい勘違いをしているみたいで、とっても恥ずかしい。


(ふぅ。)


文章を読む前に一呼吸。そして。


『お疲れさまでした。今日は少し飲み過ぎてしまったようです。』


(うわ。申し訳ありません!)


思わずスマホに頭を下げた。


(もう二度とあんなことはしません!)


『一人で歩いているうちに酔いが醒めてきて、自分の言動を思い出して恥ずかしくなりました。いろいろと失礼なことを言ったりしたりしましたね。すみませんでした。』


丁寧な言葉遣い。一緒にいたときとは雰囲気が違う。本当に酔いが醒めたんだ。いつもの宇喜多さんらしい律義な文章。


それにしても、謝らせてしまうなんて!


(本当に申し訳ありませんでした!)


絶対に、悪いのはわたしだ。面白がって飲ませたんだもの。酔っ払った宇喜多さんを見たくて。そして……。


(そして……。)


そんな宇喜多さんと……一緒に帰るのを楽しみにしていた。


「は、ふぅ……。」


だめだ。胸のあたりが落ち着かない。深呼吸をしても大きなものがつかえているみたい。


(考えない、考えない。)


さっき、考えないようにしようって決めたんだから。それに、とにかくメールを読んでしまわないと。


『でも、記憶が無くなるほど酔っていたわけではありません。約束したこともちゃんと覚えています。』


(約束。)


また胸がドキンと鳴った。と、そのままドキドキと大きな鼓動が続いて……。


『八月の最後の土曜日と十二月十四日。蒼井さんのお弁当と、初めてのお酒の日。楽しみにしています。』


(うわあ!!)


『楽しみにしています』って、間違いなく書いてある!


(どうしよう? どうしよう? どうしよう?)


本当にいいのだろうか。本当に、本気で?


(だってそれは……。それって……。)


全部を言葉にするのが怖い。胸がドキドキする。手が震えてきた。


『でも、もしも都合が悪くなったら遠慮なく言ってください。本当は気が進まないというときも。僕が強引に話を進めてしまったから、あのときは断れなかったよね?』


(ああ……、宇喜多さん……。)


ますます思い出してしまう。今日の帰り道の宇喜多さんを。「二十歳の誕生日は俺が予約したよ?」と言った声と笑顔。お弁当を「職場でもらうのは恥ずかしいな」と言ったときの照れた顔。


それから「あんな飲ませ方をしたらダメだよ」とわたしに釘を刺したとき。「結んでください」とネクタイを差し出したとき。そして――。


(どうしよう。)


「許婚が締めてくれたんだから」と言いながら、わたしの鼻を軽くつついて……。


(うわあ……。)


頬が熱い。


こんなことを考え続けていたら。この気持ちは――。


(いいえ。違う。)


勘違いしちゃダメだ。宇喜多さんは <仲良しの先輩> なんだから。


(そうだよ。お兄ちゃんみたいな先輩。)


わたしをいつも心配してくれる。だから、初めてのお酒のときに一緒に行こうって言ってくれた。


宇喜多さんが一緒ならもちろん安心だ。お酒に強いし、責任感も強い。そして、わたしが一番慣れている男のひとだ。だって、職場でも一番近くにいるのだから。


(そうだ。一番近く、だ。)


わかった。だからなんだ。


去年は花澤さんに仕事も精神的にも頼りっぱなしだった。今年、その花澤さんがいなくなって、入れ違いに宇喜多さんが来た。


宇喜多さんは新人さんだけど年上で、学校の先輩で、とても親切で、わたしを心配してくれたりもする。そういう宇喜多さんの存在を、花澤さんに頼れなくなったわたしが心の支えにしようとしている。


つまり、花澤さんの代わり、ということだ。


一番近くにいて、やさしいから。


(なんて失礼なことをしているんだろう。)


歳は下でも、社会人としてはわたしの方が先輩だ。なのに、仕事にも精神的にも未熟で自信が無いからって、新人の宇喜多さんに頼ろうとするなんて。そのうえ、その甘えを恋と間違えそうになるなんて。


(そう。恋じゃない。これは恋じゃないよ。)


今まで彼氏がいたことが無いから……というよりも、男子ともあんまり仲良くなったことが無かったから、近い存在の男のひとに過剰に反応しているんだ。きっと、そう。


(だって……。)


今までは、好きになった人に自分から話しかけるなんてこと、できなかったもの。


中学生のときも、高校生のときも、毎年、好きなひとがいた。同じクラスの男の子。


登校すると「ああ、いるな」ってほっとして、後ろ姿を見ていると楽しくて安心できた。ときどき、そのひとと一緒にいる自分を想像することもあった。


でも、実際に目を合わせたり話したりするのは怖かった。不運にも同じグループになってしまったときは、なるべく見ないようにしていた。そのくせ、仲良く会話をしている女の子のことがうらやましかったりして。


そうやってうじうじと、でもけっこう楽しく一年を過ごした。そして、クラス替えをすると、また新しい人を好きになった。


(……高三のときを除いて、かな。)


あのときはなぜか、クラスが別れても好きなままだった。まあ、隣のクラスだったし、週に何度かは選択科目の授業で一緒だったから……。


その気持ちも、卒業していつの間にか消えた。どうしているかな、とは思うけれど。それ以来、好きなひとはいない。


(そう。見ているだけで十分だった。)


それが、誰かを好きになったときのわたし。


自分から近付くことなんて絶対にできなかった。だって、わたしは面白い話なんてできないし、綺麗でも可愛くもない。つまらない思いをさせて悪い印象を持たれるくらいなら近付かない方がいい。


だから、宇喜多さんに対する気持ちは恋じゃない。好きなひととこんなに仲良くなれるはずがない。面白がってお酒を飲ませるなんて有り得ない。そのうえ、送ってもらうことを期待するなんてことも。


これは花澤さんに対する気持ちと同じ。宇喜多さんが花澤さんよりも若くてやさしいから、ちょっと現れ方が違うだけ。それを勘違いしそうになっているだけ。


(それと……、)


酔っ払ってあんなこと……するから。


(また思い出しちゃったよ〜!)


目の前の笑顔。ほんの一瞬、鼻の頭に触れた指の感触。


――「許婚が締めてくれたんだから。」


(うわ〜ん! 恥ずかしい!)


酔っ払ってたってわかってる。わかってるけど!


――「送ったことは内緒だよ?」


(うあ。)


そうだ。内緒だった。


なんだかそれも恥ずかしい。とても気になってしまう。二人だけの秘密だなんて……。


(ああ、もう! だから!)


ほっぺたが熱くなるのは変なんだってば!


わたしは心配してくれる宇喜多さんに感謝しているだけなんだよ! 余計な気持ちなんて無いはずなんだから!


それに、今日の宇喜多さんは普通じゃなかった。酔っ払ったせいで親切がエスカレートしちゃってただけなんだから!


(そうだよ。それに……。)


宇喜多さんとわたしとじゃ、全然釣り合わないもん……。







じれったい進み具合にお付き合いいただき、ありがとうございます。

第四章「なんだか気になります……。」はここまでです。

次から第五章「大事な大事な蒼井さん。」に入ります。

二人の関係も少しずつ前進して行く予定です。

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