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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第四章 なんだか気になります…。
52/156

52 ◇ どうして……? ◇


「あ、わたしは西川線なので西口に出ますから、ここで失礼します。」

「あ〜、お疲れさま〜。」

「気を付けてね!」

「ありがとうございます。お疲れさまでした。」


JRの改札口の前で一緒に戻って来たひとたちとお別れ。暑気払いもこれで終了だ。


(ふう。)


バッグを肩に背負い直し、背筋を伸ばして歩き出す。なるべく颯爽と見えるように。


宴会終了後のこの時間でも、広い中央通路はたくさんの人が行き交っている。その中にはネクタイ姿の酔っ払ったグループや何やら一人でつぶやいている人などもいて、そういう人たちの目に留まらないように警戒しながら人の間を抜けて行かなくちゃならない。


(久しぶり……っていうほどでもないか。)


最近は一人で帰ってなかったような気がするけれど、遅くなった日に宇喜多さんに送ってもらったのはたった三回。先輩たちに紹介してもらった日と決算の打ち上げのとき、そして……この前。


(うわ、ダメダメ!)


この前のあれは例外的な出来事だ。いつまでもドキドキしてちゃダメだ。


(そう。三回だ。たったの三回。)


四月までは一人で帰ってた。もともとわたしは宴会や食事会はあんまり無くて、たまたまそれが宇喜多さんが一緒にいる会が続いて、さらに、たまたま周りの人が心配して宇喜多さんにわたしを送れって言って……。


(そういうこと。)


あれは「たまたま」。これが普通。


(うん。これが普通。当たり前。)


でも、「たまたま」が続くと「普通」を忘れてしまうみたい。この時間に一人で歩くことに前よりも緊張してる。梅谷駅からの道も少し怖いかも。


(……ううん、怖くない。)


弱気になってちゃダメだ。宇喜多さんを頼っちゃダメ。しゃんとしなきゃ。


(うん。)


変な人に絡まれないようにまっすぐ前を向いて歩く。さあ、この階段を上がると西川線の改札口。


(ええと、定期を……、あれ?)


スマホが光ってる。メール……じゃない。電話だ。


(え? 宇喜多さん?)


画面に表示された文字は『宇喜多 雷斗さん』。間違いなく。


(え? なんで? さっき……?)


混乱しながら改札口手前の柱の陰へ。


(なんだろう?)


宇喜多さんは二次会に行ったはず。なのに、どうして?


(お店からかけてるのかな? 何かあった……?)


「あの、もしもし?」

『蒼井さん! 誰か一緒ですか?!』


(なんか……慌ててる?)


雑踏が結構やかましい。でも、宇喜多さんの声はしっかり聞こえた。


「いいえ。一人です。」

『今、どこですか?!』

「西川線の改札口です。」

『改札口? 乗り換えの?』

「あ、いいえ、二階の方の――」

『すぐ行きます! そこで待ってて!』

「え、あの、あ……。」


切れてしまった。


(どういうこと?)


二次会に行くのを見送ったのに。確かにあんまり気が進まないようではあったけど、原さんと東堂さんが一緒で……。


(「待ってて」って……。)


わたし、何か忘れ物でもしたのかな? それを届けに? もしかして、家の鍵落としちゃってたとか?


(……いや、あるね。)


定期もある。お財布もある。どうしても今日、渡さなくちゃいけないものってほかに……?


「ふ……。」


(落ち着こう。)


うん。落ち着かなくちゃ。


それに、これは考えない方がいいと思うのだけど……。


(もしかしたら。いや、それは……、でも、もしかしたら……。)


たとえ頭の中でも言葉にするのはためらう。違っていたら恥ずかしいし、情けない気分になるから。


(だけど……。)


いや、やめよう。考えないことにしよう。


それよりも、宇喜多さんはどこから電話をかけてきたのかな。「すぐ行きます」って言ってたけど。


この場所を教えたのだから、階段を上ってくるはずだよね。


(あ。)


一段抜かしで上って来た男のひと。ワイシャツにブルーのネクタイ、少し乱れた髪。顔を上げてわたしを認めると、笑顔になって右手を上げた。


(カバン……持ってる。)


ということは、帰るってこと……かな。


小走りにやってくる宇喜多さんに無言で頭を下げる。


どんな顔をしたらいいのかわからない。何を言ったらいいのかわからない。宇喜多さんがどうしてここに来たのかわからないから……。


「間に合ってよかった。」


わたしに向けられた笑顔。


用事を訊くべき? お礼を言うべき? 笑顔だけじゃ、どうしたらいいのかわからない。


「さあ、行きましょう。」

「は?」


反射的に訊き返したときには、宇喜多さんはさっさと歩き始めていた。


(え? あれ? 手が? え?)


引っ張られている。わたしの手首を宇喜多さんの手がつかんでる。いつの間に?


「あ、あの、」


よろめきながら追いかける。どういうことなのか全然わからない。


…と、宇喜多さんが足を止めて振り向いた。


「ん、と。」


とん、と軽くぶつかってしまった。謝りながら宇喜多さんを見上げると、目が合ったところでにっこりされた。


「どうしたの?」

「あのう……、どこに行くんでしょう?」

「蒼井さんの家だけど?」

「あ、うちですか。」


やっとわかった。送ってくれるつもりなんだ。確かに改札口に向かってるもんね。


「あれ? どこかに行きたかった?」


(え?)


「せっかくだからもう一軒行く? あ、でも蒼井さんはお酒ダメだからコーヒーが飲めるところがいいのかなあ? そう言えば、食べ足りなかったんじゃない? 串焼き、美味しかったけど、少し上品で量が少なかったような気がするから……。」

「あ、いいえ、あの、ちゃんと食べました。宇喜多さんたちがお酒飲んでて食べなかった分、みんなわたしが、はい。」


なんだか宇喜多さん、いつもより饒舌な気がする。見た目は普段と変わらないけど……、酔っ払ってるの?


「そう? 大丈夫?」

「はい。」


(宴会のときはちっとも酔ってないようだったのに。)


いくら飲ませても全然変わらなかった。だから、日本酒じゃ酔わないのかと思ったんだけど。


そう言えば、緊張してると酔いが回らないって聞いたことがある。課長がずっと一緒にいたから?


「じゃあ、行こう。」

「はい。」


返事をすると、宇喜多さんが歩き出した。わたしの手首をつかんだまま。忘れているのか、わたしに逃げられるとでも思っているのか……。


「あの……。」


改札を通りながら声をかけた。


「ん?」


この笑顔。やっぱりご機嫌な気がする。


「二次会に……行ったのかと。」


(ああ。)


ダメだ。


この話題を持ち出すなんて。手首をつかんでいることを言わずに。


こんなこと言わなければよかった……。


「うん。歩いてる途中で、飲み過ぎて気持ち悪いって言って離脱してきたよ。」

「あの、飲み過ぎなら、わたし、一人で帰っても平気ですから。」


そう。一人でも平気。でも……。


「あはは、気にしないで。そっちは言い訳だから。」

「……いいんですか?」

「うん。」


やさしい笑顔。訊かなければよかった。だって。だって……。


「俺には蒼井さんを送ることの方が重要な任務だからね。」


(どうしよう?)


考えてしまう。でも……違うはず。


これは親切からの行為だ。特別なことじゃない。たまたまうちの職場には、わたし以外に親切の対象がいないから。


だから真面目に受け取っちゃいけない。冗談にしておかないと。さあ、笑って。


「じゃあ、有り難く送っていただきます。そうですよね。決算担当、二人で一組ですもんね。何かあったら困りますよね?」

「それだけじゃなくて、許婚だからね。」


(ああ、こんなタイミングで。)


そんなことを言われたら。


「その設定……。」

「あったよ。」

「そうでしたっけ……?」


(どうしたらいいんだろう?)


胸の中が。


「あ、そうだ。」


発車待ちの電車に乗る直前で、宇喜多さんがくるりと振り向いた。


「今日、送ったことは内緒だよ? 俺、気持ち悪くて帰ったことになってるから。」

「あ……、はい。」


そうなんだ。宇喜多さんは酔っ払ってる。わたしがたくさん飲ませたから。


だけど。


(どうしよう?)


わたしの気持ちが。


内緒っていう言葉が。


くすぐったくて。


くすぐったくて……。







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