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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第四章 なんだか気になります…。
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47 ◇ ひとりになって。 ◇


「ふう……。」


帰ってから何度目のため息だろう。


窓から宇喜多さんに最後のあいさつをしたあと、なんだか急に頭がものを考えられなくなってしまった。お風呂や明日の支度をしている途中で、気が付くとぼんやりしている。ぼんやり……今日のことを思い出している。今、落ち着いて思い出してみると、間違ったことをしたり言ったりしたのではないかと不安になる。


(やっぱり緊張していたのかも。)


いろいろなことが次々に起きたから。


朝は前下さんと一緒で、泣きたいような気持で出勤した。でも、お昼に宇喜多さんたちに夕飯に誘ってもらって。


エキゾチックなインド料理店ではたくさん笑った。宇喜多さんが一緒に帰ることになって驚いた。……けど、それは最初から予定されていたんだよね、やっぱり。


わたしは何も気付かないままで、電車の中でも笑ってばっかりいた。「アイスでも食べませんか」って言われたときも、宇喜多さんの様子は全然変わらなかった。アイスを選ぶあいだも、ベンチに並んで食べているときも。


(本当に隠すのが上手なんだなあ。)


だから、前下さんのことを言われたとき、あまりの不意打ちにびっくりしてしまった。涙が出てしまったのは不覚だった。でも、それよりも。


(あれは……。)


思い出すと、なぜか目を閉じてしまう。


やさしいけれど、力強い手。耳元で聞こえた「ごめんね」という声。男のひとにあんなに近付いたのは初めてだった。


驚いて体が固まってしまった。涙なんかすぐに止まってしまって。心臓が口から飛び出すのではないかと思うほどドキドキした。思い出すたびに、今もまだ……。


でも。


同時にとてもほっとした。これでもう大丈夫って。宇喜多さんがついていてくれる。もう一人で悩まなくていいんだって。


「ふぅ……。」


またため息だ。宇喜多さんがあんまりやさしいから?


(そう。やさしいんだよね……。)


いつも、わたしの気持ちを考えてくれる。わたしがどう感じているかを察して、つらい気持ちや悲しい気持ちを受け止めてくれる。


(受け止めるだけじゃないね。)


受け止めて、それをやわらかく包み込んで、「ほらね、大丈夫だよ」って見せてくれるみたいな……。


そう。とても温かいひと。


わたしが元気が無いって気付いてくれたことも、本当にありがたい。相談に乗ろうと思ってくれたことも。……わたしなんかのために。


そういう……今までのことも含めて感謝の気持ちをどうしても伝えたかった。


(でも……。)


「お兄さんみたいな先輩」って言ってしまったのはどうだったんだろう? 気が付いたら口にしていて、驚いた顔をされてしまったけれど。


失礼だったかな? 言い過ぎだった? ちょっと変な言い方だった気もする。


でも、嫌な顔はしていなかったみたい。それに、「これからも相談に乗るからね」って言ってくれていたし。


(うん。)


宇喜多さんは前から「許婚」なんて言ってくれてたもんね。さすがにそれは図々しくてわたしからは言えないけれど。


それから「ほかの男には言っちゃダメだよ」って忠告もくれた。「勘違いされたら困るからね」って。もちろん、そんなことはしない。ほかにそんなことを言う相手なんかいないもの。


だって、宇喜多さんみたいなひとはほかにいない。それに、そんなに何人も「お兄ちゃん」はいらない。


(そうだよ。「お兄ちゃん」だよね。)


「お兄ちゃん」の方がわたしの気持ちにぴったりくる。でも、そんな言葉づかいは恥ずかしくて……、わたしのイメージと違うし、甘え過ぎのような気もしたし……。


(それだけじゃない……かな。)


「お兄ちゃん」なんて言ったらもっと甘えたくなりそう。だからブレーキをかけたんだ。


だって、あんなふうに慰めてもらったの、初めてだもの。


(そうなんだよね……。)


うちのお母さんは厳しかったから、わたしは叱られた記憶ばっかり。泣くとお母さんは余計に怒ったし、落ち込んで愚痴を言うと、「自分が悪い」ってお説教された。褒めてくれることも無かったから、頭をなでられたことも……少なくとも小学校入学以降は無い。


お友だち同士でも、わたしは慰める側で。


落ち込んで泣きまねをする友だちを「よしよし、大丈夫だよ〜」なんて、お姉さんみたいに頭や背中をトントンしてあげたり。自分に嫌なことがあったときは悲しい気持ちを隠して、あきらめたり怒ったりしているふりをしていた。だからみんな、わたしは強い子だと思っていたはずだ。


べつに、かわいがってほしいなんて思っていなかったけど……。


(違うかな。)


自分はそういう性格じゃないから仕方がないってあきらめていたんだね。本当は愚痴を言って、慰めてほしかったのかも……。


就職して花澤さんに会ってから、わたしは変わったと思う。花澤さんが、わたしの気持ちを解放してくれたから。


いろいろな場面を通して、もっと自由に気持ちを表現して良いのだと教わった。だから、高校までとくらべると、ずいぶんおしゃべりになったと思う。もしかしたら、お母さんと離れて一人暮らしを始めたことも、気持ちが自由になった原因の一つかも知れない。


でもやっぱり、悲しいとかつらいとか、傷付いたとか……弱い気持ちは表現できない。それは甘えのような気がするし、わたしのせいで周りの人が嫌な気分になったら申し訳ないから。


ただ、黙っているのもつらくて、出来事を話すことはある。そういうときは冗談めかして話して、なるべく本当の気持ちを覆い隠しておく。


だけど、今日はそれができなかった。宇喜多さんに「一人で我慢しなくていい」って言われて……。


あの瞬間、わたしの中の何かが崩れた。「たすけて」って言いそうになった。肩に寄りかからせてもらったときは、恥ずかしかったけれど、ほっとした。


それから、本当の気持ちを洗いざらい話した。ときおり襲ってくる嫌悪感のこともそのまま。普段は使わない強い言葉も使ってしまった。宇喜多さんに嫌われてしまうかもって少し怖くもあったけれど、そのときは仕方がないって覚悟を決めて。


あんなふうに、思っていることをそのまま話したのは初めてだ。本当の自分を見せるなんて。自分の醜い部分まで。


やっぱり、わたしにとっては宇喜多さんは特別だと思う。それとも、今日のことで特別になったんだろうか。


話を聞いても、宇喜多さんは嫌な顔をしたり咎めたりしなかった。冗談であしらおうともしなかった。


わたしの嫌悪感を「仕方がないこと」と言ってくれた。そのうえで、どうしたらいいのか考えてくれた。


宇喜多さんの真面目さは、こういうときに本当に有り難い。


(……ううん、違う。真面目さだけじゃない。)


やさしいからだ。やさしさがない真面目さは、たぶん厳しいだけだ。


(宇喜多さん……。)


また思い出してしまった。やさしくて、力強い手。耳元で聞こえた「ごめんね」という声。


別れてからまだ一時間も経っていないのに、なんだか懐かしいような気がしてしまう。


あんなふうにされたのは初めてで。


前から「役に立ちたい」って言ってくれていた。その言葉は社交辞令じゃなかった。そういうひとが側にいてくれることが、とても有り難いし幸運だと思う。


またつらいことがあったとき、今日みたいに慰めてくれるかな。寄りかからせてくれて、「大丈夫だよ」って。


(……図々しいかな。)


それに、その場になったら恥ずかしくて、絶対にできないだろうな。


(でも……考えてしまう。)


だって、あのとき、心からほっとした。宇喜多さんがいてくれれば、もう何も心配しなくていいような気がした。


もしもまたあんな場面になったとしたら、やっぱりドキドキしちゃうだろうな。でも、宇喜多さんのやさしさを感じながらとっても安心できると思う。それから胸の中が温かくなって。


あんなこと、前下さんにやられたら……。


(うわ。)


考えただけでも寒気がする。やっぱり宇喜多さんじゃなくちゃダメだ。ああ、宗屋さんなら……本当のお兄さんみたいかも。


(……って、どういうこと?)


まあ、宇喜多さんとは性格が違うものね。


(それにしても。)


宇喜多さんは本当に安心なひとだ。


だって、あの暗い公園にいた間も、何も危険なことは無かった。少しだけど警戒してしまうなんて、本当に失礼なことをした。気付かれなくて良かった。これからは絶対に宇喜多さんを疑ったりしない。


わたしの弱味につけ込んで何かしようなんて、きっと思いもよらないんだろうな。警戒したなんて知ったら、とても驚くに違いない。


(そうだよ。)


だって、わたしは妹だもの。それに、宇喜多さんもわたしのことは面倒をみたいと思ってくれているだけ。


(ということは。)


甘えても大丈夫、かな。落ち込んだときとか、悲しいときとか、……少しだけ。


もちろん、仕事中はそんなことしない。ほかに人がいる場所でも無理。


(でも、二人だけのときは……。)


ちょっとだけなら……、妹みたいになら、いいのかな。







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