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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第四章 なんだか気になります…。
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36 ◇ ピンチ?! ◇


「蒼ちゃん。」


(え、まさか……。)


恐る恐る振り向くとほぼ同時に、傘をさした前下さんが追い付いて来て微笑みかけてきた。すらりとした体型に王子様スマイルの前下さんを、前から来た女の人が二度見した。


「今からお昼? 今日はお弁当じゃないんだね。」

「あ、はい。」


わたしも感じの良さそうな笑顔で答える。でも、心の中は大揺れだ。前下さんとの見た目の差と、苦手な相手と二人になってしまったという居心地の悪さで。


(うっかりしてたなあ……。)


今は午後一時を過ぎたところ。お昼の窓口当番だったので、ほかの人たちとお昼休みがずれていて今は一人。そう言えば、前下さんもお昼のお当番に出ていた。今までこんなふうに一緒になったことが無かったから何も考えずに出てきてしまったけれど……。


「前下さんはどちらに行かれるんですか?」


先に行き先を聞いて、違うところに行くって言おう。何か用があることにしてもいいし。


「まだ決めてないんだよ。蒼ちゃんはどこに?」


(うわ〜、どうしよう?)


質問が戻って来てしまった。一番近くのコンビニは方向が違う。せっかく出てきたのだからゆっくりしたいし。前下さんが「一緒に」と言い出さないところは?


「ええと、駅のパン屋さん……かな。」


うん。あそこは男の人は入りにくい店だ。駅まではちょっと距離があるから、この雨の中を行くのは面倒だろうし。


「パン屋? そんなのあったっけ?」

「あるんですよ、駅ビルの一階のはしっこに。中に少しだけ席があって。」

「へえ。美味しいの?」

「まあまあですね。ちょうど焼き立てが出てくることもあるし。」


……って、前下さん、どこまで一緒に行くんだろう? もういくつか、みんながよく行くお店は過ぎている。


「焼き立てかあ。俺も行っていい? パンって結構好きなんだよ。」

「あっ、あっ、そう、なんですか? 知りませんでした。」


失敗しちゃった! でも、嫌だなんて言えないし……。


「去年、フランスに行ったときにもパン屋めぐりをしたりしたんだよ。この話、しなかったっけ?」

「ああ……、そう言えばうかがったような……。」


わたしが避けていたせいだ。ちゃんと聞いてなかったんだ。


「あの、でも、駅のパン屋さんは本格的なお店に比べたらまるっきり劣ると思います。前下さんみたいに舌が肥えているひとは、きっとがっかりしますよ。」


これで行くのを止めてくれないだろうか。


「でも、店内で焼いてるんだよね? 焼き立てが食べられるならそれでいいな。」

「そうですか……。」

「それに、俺、パン屋のサンドイッチが好きなんだよ。やっぱりパンが美味しいし、中身も凝ってたりするだろう? コンビニとは違うよね。」

「ああ、そうなんですよね! 野菜もたっぷり入ってて。」


(あ……。)


思わず思いっきり同意してしまった。だって、わたしもパン屋さんのサンドイッチが好きなんだもん。


「そうだよね。」


嬉しそうな顔をされてしまった……。


「はい……。」


もう仕方ない。あきらめよう。ほんの一時間弱のことだ。帰りは銀行に寄ることにすれば、早めに別れることもできるだろうし。


「じゃあ、ご一緒しましょうか。」


そもそも前下さんは変な人というわけじゃない。仕事はできるし、テニスも上手い。見た目も良いし、親切でやさしい。人気があるのは当然のひとだ。ただ……。


「いやあ、蒼ちゃんと二人でお昼に行くのは初めてだね。」

「ああ……、そうですね。」


この笑顔と雰囲気が苦手だ……。




混んでいてくれたら買うだけにして職場に戻れる……と望みをかけたパン屋さんは、一時過ぎという時間帯のおかげで、席に余裕があった。二人でそれぞれにパンを選び、飲み物を注文して、お店の隅っこの席に落ち着いた。


食べているあいだの話題は特にどうということも無く、好きな食べものや通勤中に見た面白いことなどで、和やかに時間が過ぎて行った。


(この調子なら大丈夫かも。)


警戒が緩んで、少しだけわたしの口数も増える。


「そう言えば、宇喜多くんの車が届くんだったね。」


パンを食べ終わった前下さんが、おかわりしたコーヒーを飲みながら言った。


「そうなんです。だから宇喜多さんは、今日はさっさと帰らなくちゃって言ってました。」


お待たせするのが申し訳ないのと、早く食べ終われば早く別れられるという気持ちで、大きめの最後の一切れを頬張った。もぐもぐする口元を手で覆う。


「新しい自分の車は楽しみだろうね。」

「ええ……、そう、だと、思います。」


少し急いでパンを飲み込み、続いてお水で流し込む。


「明日、出かけるって言ってたね?」


食道を通って行くパンで胸が苦しい。前下さんの質問にコクコクとうなずきながら、こぶしで胸をたたいてみる。


わたしの様子に気付いた前下さんは、ふわりと微笑んで黙って見ていた。


「ふぅ。」


やっと胸が楽になって、思わず一息。そんなわたしを前下さんが小さく「ははは」と笑った。


「お見苦しいところをお見せしました。」

「いや、全然。」


さらりと言ってコーヒーを飲んだ。


(このくらいの感じなら気にならないんだけどなあ。)


食べているあいだも今も、いつもほどの居心地の悪さを感じない。もしかしたら、あれはわたしが勝手に苦手だと思っていただけなのだろうかなどと思えてくる。


「明日、宇喜多くんの車で出かけるんだよね?」

「え? あ、ええ、そうです。」


さっきの続きの質問だ。まだちゃんと答えていなかったっけ。


「もともとテニス部の練習に車を出してくれる予定だったんです。でも、雨で練習が無くなっちゃったからどこかに行こうってことになって。初ドライブなのに雨なのは残念ですよねぇ?」

「そうだね。宗屋くんは行けないんだって?」

「ええ。用事を入れちゃったそうです。」

「ふうん。」


(え、何?)


何か今、気になる雰囲気が……。


「蒼ちゃん、最近、綺麗になったよね。」

「えっ?」


思いもよらない褒め言葉に絶句する。前下さんの笑顔に、思わず体を背もたれに押し付けた。


わたしの反応に気付かないのか、前下さんはいつもの王子様スマイルで見つめてくる。


「前もかわいかったけど、最近、服の雰囲気も変わったでしょう。とても良く似合ってるよ。」

「そ、そうですか? ありがとうございます。」


(やっぱりダメな気がする〜〜〜!!)


前下さんと二人はやっぱり居心地が悪い。それに、杏奈さんにも悪いし、粟森さんに知られるのも怖い。ここはさっさと引き上げよう。


「前下さん、すみません。わたし、銀行に寄りたいので先に出ますね。」

「ああ、それじゃあ俺も出るよ。」

「あ、でも、まだ時間がありますから、ごゆっくり――」

「いや、大丈夫。もうコーヒーも飲み終わったし。」


もうトレイを持って立ち上がってしまった。残念だけれど、銀行はすぐ近くだからいいか。


パン屋さんを出て、タクシー乗り場の横を並んで歩く。傘が前下さんとの衝立の役割を果たしてくれていることがありがたい。


「ねえ、蒼ちゃん。」

「はい?」


話を聞くときは相手の顔を見る……っていう話しかけられたときの条件反射が恨めしくなった。傘を傾けて見上げた前下さんの笑顔に嫌な予感がする。


「今度、どこかに出かけない?」

「え?」


思わず笑顔が消えそうになった。


「ちょっと遊びに。たまには仕事やテニスから離れて遊ぶのも良くない?」

「ああ……、そう……ですね。」


もしかしたら、宇喜多さんと二人で出かけるから、自分と二人でも大丈夫だと思ってる? でも、前下さんと二人では困る。


(そうか!)


「いいですね、杏奈さんも誘って。」


必死の思いに「テニス」という言葉がひらめきをくれた。


「あ、テニス部で行くのはどうでしょう? バーベキューとか? にぎやかで楽しそう。」

「ああ、そうだね。」


これで大丈夫だろうか。前下さんの笑顔は変わらないけれど。


「あ、じゃあわたし、この銀行に寄りますから。失礼します。」

「うん、じゃあね。」


傘をたたんで自動ドアをくぐったら、肩から力が抜けた。なんだかとても疲れてしまった。


(危なかった気がする。)


キャッシュディスペンサーの列に並んでいるあいだも、さっきの出来事を考えてしまう。


前下さんとお昼に一緒に出かけたのも初めてだし、「どこかに行こう」なんて誘われたことも無かった。新人さんが来る前は朝の掃除を二人でやっていたけど、ここまで具体的な行動に出られたことは無かった。


(こういうの、困ってしまう。)


同じ職場だし、悪い人じゃないというところが余計に。


それに、相手が前下さんだから杏奈さんには相談しにくい。ほかの女の人たちにも。かと言って、係長に話したりするのは大袈裟だ。前下さんの評判が悪くなったら申し訳ないし。


(これで終わればいいんだけど。)


さっきの返事でわかってくれただろうか。わたしが前下さんと二人だけで出かける気は無いってことを。


「ふぅ。」


またため息が出てしまった。本当に疲れるお昼休みだった。


順番が来て、機械の前で引き出す金額をちょっと迷う。


(うーん、ちょっと多めでもいいか。)


帰りに服を買うお金。明日のお出かけに着る服が無いのだから、値段で迷っている場合じゃない。今月末にはボーナスが入るのだし。


(宇喜多さんは気が付くかな?)


気が付くわけないか、新しい服だなんて。わたしがどんな服を持っているか知らないものね。


(でも……。)


少しは「いつもと違う」って思ってほしいな。せっかく買うのだから。


――最近、綺麗になったよね。


(うわ。)


思わず悪寒が走った。前下さんの声がよみがえって。


(前下さんには見せたくないな、新しい服とか。)


褒められると思うと嫌だ。いいひとなのに、どうしてこんなに嫌なんだろう?


(とにかく!)


もう前下さんのことを考えるのはやめよう。これからはもっと警戒して、二人だけにならないように気を付けることにして。


今日は新しい服のことを考えなくちゃ。明日の行き先がわからないから選ぶのが少し難しいかも知れないけれど……、宇喜多さんが気に入ってくれる服を選べたらいいな。


(うーん……。)


同じ男のひとなのに、宇喜多さんと前下さんはどうしてこんなに違うんだろう?







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