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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第三章 一人前への道は険しい。
26/156

26 ◇ 失敗。 ◇


(あ、電話だ。)


「はい。かもめ区役所税務課、蒼井です。」

「ああ、蒼井? 花澤だけど。」


懐かしい声に気持ちが明るくなる。


「こんにちは。何かありましたか?」


前年度の決算も追い込みだ。いろいろな処理の入力期限が次々にやって来ている。送られてくるエラーデータや入力結果にも目を光らせていなければならない。こんなときに取りまとめ部署の花澤さんから連絡が来たということは……。


「かもめ区分でちょっと入り組んでいる数字があって連絡したんだ。」


入り組んでいる数字。何かが違ってるんだ。


「帳票は明日、そっちに着くんだけど、早くわかった方がいいと思って。」

「ありがとうございます。どこですか?」

「ええと、歳入の、税目が……」


言われたとおりにメモを取る。復唱して確認。調べるのは電話が終わってからだ。


「ありがとうございます。すぐに確認します。」

「まだ修正には間に合うから、慌てなくて大丈夫だぞ。」

「はい。」

「じゃあ、頑張れよ。終わったら打ち上げしような。」

「はい。ありがとうございました。」


心配してくれているんだ。この電話だって、わざわざ係長の花澤さんがかけて来なくても済むはずだもの。


(ありがとうございます。)


異動してからも気に掛けてくれてるなんて、本当にわたしは良い先輩に恵まれたと思う。


(しっかりやらなくちゃ。)


きちんと仕事をすることが花澤さんへの恩返しになるはずだから。


知らせてもらったデータを検索して確認し、何が原因か予想する。それを念頭に置いて、履歴を順番に追っていく。


(ええと……。)


この時期になると、それほど動かす数字は無い。だからすぐに見つかるはず。


(あれ?)


言われた金額と同じ金額は無い。つまり、一件ではないということか。


(もしかして。)


きのうのうちに同じ処理をしている履歴ごとに金額を足してみる。すると。


(これだ!)


誤差の数字が合った。


(間違えちゃったんだ。)


入力の控えを探してみる。こういうときのために、必ず控えをとっているのだ。


(あ、これだ……。)


宇喜多さんが入力した分。画面のプリントアウトにかっちりした字で「ウキタ」とサインが入っている。


どうやら入力の項目を勘違いしたらしい。その前の分はきちんとできていたのだけれど。


(忙しいから仕方ないよね。)


わたしも自分の還付の作業が立て込んでいて、この処理は宇喜多さんに任せっきりだった。確認をしていなかったのはわたしのミスだ。


(今日の分は……?)


朝一番で入力してくれた分には間違いはない。ということは、宇喜多さんはちゃんと仕事はわかっているということだ。きのうはたまたま失敗しただけ。それだったら、わざわざ言わなくてもいいかな。


(ええと、これを正しくするためには……。)


作業は少しばかり手間がかかる。でも、花澤さんが言ったとおり、日程的には間に合うから大丈夫。宇喜多さんは忙しそうだから、わたしの方でやってしまおう。




「蒼井さん。」

「はい。」


残業の途中、トイレから戻ったら、カウンターのところで宇喜多さんがわたしを呼び止めた。


「この入力なんですけど……。」


差し出されたファイルをのぞき込むと、昼間、わたしが修正のための入力をしたときのプリントアウトだった。


「ああ、はい、わたしが入れました。」


答えながら顔を上げると、宇喜多さんが怒ったような顔をしている。


(あれ? もしかして間違えてたかな……。)


修正したつもりだったのに、また違っていたのだろうか。


「これ、俺が入力した分の修正ですよね?」


そう言いながら、自分の入力控えのページを開いてわたしに見せる。間違っていた箇所にわたしが赤字で正しい数字を書きこんでおいたところだ。


「あ、はい。そうですけど……。」


もしかして、勝手に直したことを怒ってるのかな? 不愉快になっちゃった?


「どうして言ってくれなかったんですか? 間違ってたって。」

「え、あの、宇喜多さんは忙しそうだったし……」


どうしよう。本気で怒ってるみたい。


「それに、間違ってるのはきのうの分だけで、その前のも今日のも大丈夫だったから、たまたま勘違いしただけだって……思って……。」


宇喜多さんは何も言ってくれない。どうしたらいいんだろう?


「ええと、花澤さんの電話を受けたのもわたしだったし、あの、わたしはちょっと時間あったから……。」


(う、わ。)


気配が怖い。怒ってる気がする。すごく。


「蒼井さんだって忙しいじゃないですか。こうやって残業してるんですから。」

「あー、ええと、それはそうですけど……。」

「俺は新人でまだ要領が悪いから、説明するのが面倒かも知れませんけど。」

「そんなこと! 思ってません!」


宇喜多さんに対して要領が悪いとか面倒だとか思ったことはまったく無かったのに。


「宇喜多さんのことは、ちゃんと仕事ができるひとだってわかってます。ただ、今日は忙しそうだったから……。」


悲しくなってしまった。


余分なことを言うのはやめようと思っただけなんだけど。誰が直したってかまわないはずだし……。


視線の行き場が無い。下に向けると、カウンターの上に開かれたファイルが目に入った。間違えた個所を修正した自分の文字を空しい気持ちで追ってみる。


「俺が年上だから言いづらいっていうことはわかります。」


宇喜多さんの声が頭の上から聞こえる。言われてみると、それもあったかもなあ、と思う。


「でも、ミスしていたら、言ってもらわないと困ります。また同じ間違いをしてしまうかも知れないし。」

「はい。」


それはそのとおりだ。でも、今回のは大丈夫だと思ったから……。


「俺が年上だからって遠慮しないでください。蒼井さんは先輩なんですから、俺の仕事のミスを指摘するのは当然です。」

「はい。」


黙って直すだけじゃいけなかったんだ……。


「今回のことは、ありがとうございました。お手数をかけてすみませんでした。」


ファイルを閉じて、宇喜多さんが頭を下げた。


「いいえ。あの、すみませんでした。」


わたしも頭を下げる。


失礼なことをしたつもりは無かった。でも、結果的に怒らせてしまった。


(ちょっと給湯室に行って来よう。)


少し気持ちを落ち着ける必要があるみたい。







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