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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第二章 仲良くなりましょう。
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20 恩返しができるかも。


「意地張ってないで、お前も『姫』って呼べよ。」


一緒に昼飯を食べていた宗屋が言った。


「同じ名前の友だちがいるんだろう? きのうなんか、こんがらがったりしなかったのかよ?」

「きのう? そう言えば、特に混乱したりはしなかったなあ。」

「宇喜多ってホント……なんて言えばいいか……はあ……。」


(どうせ「真面目」だろ?)


言い返すのは胸の中だけにして、お茶のおかわりをもらった。


「俺の友だちは『姫ちゃん』と『春吉』って呼んでたけど。」

「『姫ちゃん』はわかるとして、『春吉』ってなんだよ?」

「そういうやつなんだよ。自分も彼女に変な名前を付けられてるんだ。」


(そう言えば。)


「ふ。」

「なんだよ、思い出し笑いなんかしやがって。」

「いや、それがさあ。」


あのときの蒼井さんは面白かった。


「最初に葵に会ったとき――」

「それはお前の友だちの方だな?」

「え? ああ、うん、そうだよ。その葵が、『蒼井さん』は呼びにくいから、何かほかの呼び名はないのかって言ったんだよ。」

「それは当然だな、うん。」


宗屋が我が意を得たりという様子でうなずいた。


「蒼井さんは『蒼ちゃん』って呼ばれてるって言ったんだけど、葵はそれに納得しなくてさあ。」

「宇喜多、その話、俺はだんだん混乱してきた。」

「大丈夫、すぐ終わるから。で、俺は『姫』って呼ばれてることを言おうとしたんだよ。そうしたら、それに気付いた蒼井さんが必死で止めようとして……ふふっ。」


あの「だめだめだめ! 宇喜多さん、言わないで!」と止める蒼井さんを、今でもはっきりと思い出せる。なんだか胸の中がくすぐったくて……。


「かわいかったんだろ。」

「え? うん、そ……え? え? あれ?」


目を上げたら、宗屋と目が合った。


「俺、この話、したっけ?」

「聞いてなくても顔見りゃわかるよ。」


そうだろうか? まあ、あんなに無邪気に慌ててる蒼井さんは初めて見たし、……かわいかったよな。


「宇喜多さあ、姫のこと、どう思ってんの?」

「え? 蒼井さんのこと?」


どう思うかって訊かれたら……。


「尊敬する先輩かな。努力家なところなんか目標だな。うん。」

「あ……、そう、なんだ……。」

「だけど、そうだな、やっぱり後輩っていうところもあるし。」

「後輩。」

「うん。同じ高校っていう縁もあるし、まだ十九歳だし、気を付けて見ていてあげないといけないなあ、なんてさ。」


と言いながら宗屋を見たら、呆れたような顔をしていた。


「お前、本当に真面目だな。」

「……悪いのか?」


きちんと質問に答えたのにそんなことを言われるのは面白くないけど。


「悪くはないよ。でも、俺の質問とは微妙に答えが食い違ってる。」


ため息をつかれてしまった。質問の意味を取り違えているってことらしいけど……。


(そう言えば……。)


前からよく、誰かのことを「どう思っているのか」と訊かれていた気がする。


(うん、確かにそうだ。)


高校のときも大学のときも、一年に一回くらいはこんな質問をされていたような気がする。しかも、答えると必ずと言っていいほど、俺の答えを聞いた相手が微妙な顔つきで俺を見ていたという記憶が……。


「宇喜多って、昔からそんな?」


宗屋の声で我に返った。またぼんやりと考え込んでいたらしい。


「え、と、何が? 良かったら、教えてくれたら有り難いけど。」

「いや、別にいい。お前はそのままでいいと思う。」


その割に、あきらめたような態度が気にかかる。


「それよりさあ、宇喜多、車買わない?」

「車?」

「そう。お前、自宅だろ? 家賃無いんだから、車くらい楽勝だろ?」

「まあ、そうかもな……。」


今、給料を何に使うかと訊かれたら、大きなものは服と昼飯くらいだ。


「ほら、テニス部のときに便利じゃないか。」

「ああ、確かにいつも乗せてもらうのも悪いよな。」


おとといのテニスの練習も、終わってからファミレスに移動して食事をした。参加者は十四人で車は三台。定員五人の車でも、大人ばかりだと少し狭い。この前までは、花澤さんも車で来ていたそうだ。部員は二十人くらいいるらしいので、出席状況によっては乗りきれないこともあるのかも知れない。


「それにほら、九月に合宿もあるんだろう? 車で行くって言ってたじゃないか。」

「そうだったな。」

「な? 宇喜多も車で来てさあ、俺と姫を乗せて帰ってくれよ。」

「なんだ。それが目的か。」


思わず笑ってしまった。


おとといは、家の方向が同じだからと鮫川さんが宗屋を送って行った。鮫川さんはいつも初心者のコーチを買って出てくれている、福祉課のケースワーカーの男性だ。穏やかなひとで、テニスを教えるときも笑顔だし、指導が丁寧だ。話していても、特に変わったところなど無い。


ただ、鮫川さんは部内で武智さんと付き合っている。武智さんも良いひとなのだけど、この二人が一緒になると、その仲の良さに、周りが困ってしまうのだ。たぶん、花澤さんのような人なら気にならないのかも知れない。でも、俺たちのような新参者は、二人の会話にどう入ればよいのかわからない。その状況で、親切な鮫川さんと武智さんの「同じ方向だから乗って行けば」という申し出を断れなかった宗屋は、ガラにも無く気を遣う時間を過ごす羽目になった……と、今朝、俺と蒼井さんに訴えていた。


(でも、そうか、車か……。)


職場に戻って午後の準備をしながら考えてみた。


就職したら家を出ようと、なんとなく思っていた。でも、何も具体的な行動は起こしていない。まだ配属されてひと月ちょっと。まずは仕事が優先だと思っていたし、通勤も比較的楽だったから。


(車があれば便利だな。)


月に二回のテニス部は、かもめ駅からテニスコートまでが少し遠い。歩く時間を考えたら、家から車で行く方が早いだろう。荷物を担いで電車に乗る必要も無い。


(そうしたら……。)


蒼井さんを乗せてあげることもできる。行きも帰りも。仕事でお世話になっている分をそれで少しは返すことができる。


幸いなことに、我が家の車庫は二台分のスペースがあり、片方が空いている。真ん中の姉がこの春に結婚して、家を出るときに車を持って行ったのだ。今までは必要なときに父親のを借りるだけだったけれど、自分の車があれば、もっとちょくちょく出かける気になるかも知れない。夜にちょっと出かけたりできるし、大きな買い物をするときも便利だし。


(うん、そうだな。)


いろいろと便利なことがあるはずだ。


と思ったのに……。


思い浮かぶのは蒼井さんを迎えに行く場面ばかり。


蒼井さんのアパートの前に車を停めると、彼女が二階の窓から手を振って合図をするとか。


停めた車に寄りかかって待っていると、蒼井さんが駆け足で出て来るとか。


家を出発するときに『今から行きます』とメールを送るとか。


アパートの少し手前から、道路の端で待っている蒼井さんを見付けるとか。


(俺って自分の楽しみが無いのかな……。)


でも、迎えに行くと、蒼井さんはいつも楽しそうににこにこしている。……もちろん、想像の中で、だけど。


(とにかく、蒼井さんの役に立てることだけは間違いないはずだ。うん。)


ついでに宗屋の役にも立つんだから――まあ、自分も、だな――車を買うのは悪くない話だ。


(よし。)


まずはうちの職場のひとに、どんな車がいいのか聞いてみよう。あとは夜にでもネットで調べて、本屋にも寄ってみるか。








お読みいただき、ありがとうございます。

展開がゆっくりですみません。


第二章「仲良くなりましょう。」はここまでです。

次からは第三章「一人前への道は険しい。」に入ります。


がんばる宇喜多さんを応援してあげてください。

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