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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第二章 仲良くなりましょう。
13/156

13 こんなに難しいとは…。


(どうしたらいいんだ……。)


連休最終日の五月五日の朝。電車の中で、思わずため息をついてしまった。


(断れなかった自分が悪いんだけど……。)


今日のテニス部の練習は、かもめ区役所から少し歩いた場所にある公営テニスコートで九時から午後一時まで。久しぶりのテニスが楽しみ……なはずだった。


肩にかけたテニスラケットの入ったバッグを背負い直しながら、すいている休日の朝の車内をぼんやりと見回してみる。普段と違う色とりどりの服装と荷物、家族連れ、カップル。みんなリラックスした楽しげな表情だ。


(憂うつな顔してるのは俺だけか……。)


こんなに憂うつなのは就職してから初めてじゃないだろうか。


いつかこういう気分になるかも知れないと覚悟はしていた。でも、その原因は仕事や職場の人間関係だと思っていた。まさか友人がその原因になるなんて。


(あのメンバーに会わせるのは構わないんだけどなあ。)


気のいいやつらだし、相河と尾野は話も上手い。葵も蒼井さんのことを気に入るだろう。逆もたぶん、大丈夫だと思う。


だけど。


困っているのは「誘う」という部分だ。いや、それも、おとといまでだったら平気だったんじゃないかと思う。なのに、あのとき、葵たちの前で動揺したせいでおかしなことになってしまった。誘うということが非常に個人的な意味を持つような気がして、言いづらいのだ。べつに、蒼井さんに対する気持ちが変わったわけじゃないのに。


(どうしよう?)


きのうも一日中、考えてしまった。


けれど、あのときに断り切れなかったのは、あの三人の押しが強かったせい……という以外にも理由がある。


(笑わせてあげたいんだよなあ……。)


あの歓送迎会での彼女のように。屈託なく。元気に。


(そうなんだよ。)


花澤さんのそばで元気に笑っていた蒼井さん。原さんと高品さんの話では、師匠と弟子の漫才みたいだったという二人。


けれど、花澤さんはいなくなり、蒼井さんは先輩になって、俺に気を遣って、仕事は忙しくて。だから。


(あの三人なら、きっと蒼井さんをかわいがるだろうし。)


俺は立場的に微妙だ。それに、どんなふうにしたらいいのか全然わからないから……。


あらためて日程調整をするのが面倒だからと、候補日まで決められてしまった。それが二週間後の土曜か日曜。たぶん、俺がとぼけてうやむやにするのを阻止したのだろう。


(まいったなあ……。)


今日の練習に初参加で練習場所に不案内な俺と宗屋は、かもめ駅で蒼井さんと待ち合わせをしている。それもやっぱり蒼井さんの気遣いだ。小さいことまで全部集めたら、すでに蒼井さんへの恩は返しきれないほど大きくなっているはずだ。それを思うと、あの三人に会わせることも恩返しの一つだという気がする。


「宇喜多さん。おはようございます。」

「んんっ!?」


振り向いたら笑顔の蒼井さんがいた。


「あ、あの、どうも、おはようございます。」


驚いた。いつの間にか横崎駅に着いていたらしい。


「テニス日和ですね。」


笑顔の蒼井さんが隣のつり革につかまる。その腕がほぼまっすぐに伸ばされている。ということは。


「意外にちっちゃいんですね。」


妙に感心して、思わず言葉が出た。平均的な身長の俺のあごのあたりに彼女の頭がある。


「そうなんですよねー。高いつり革には届かないんですよ。小さいって気付きませんでした?」

「はい。職場ではちっとも。」

「あ! もしかしてわたし、態度が大きいのかも。」


ハッとした様子で空いた手を口にあてる。でも、そのわざとらしさはふざけているのだと俺でもわかった。


「あはは、いいえ、そんなことないですよ。」


答えながら、ちりり……と、体の中で何かが小さく焦げたような気がした。それが落ち着かない気分を呼び覚まし、それを自覚したことで不安が湧きあがる。


「そうですか? それならいいんですけど。」


にこにこと楽しそうな顔のまま、彼女は視線を外に向けた。


(はぁ……。)


そっと息をつく。


俺も蒼井さんと同じように外へと視線を向け、落ち着かない気分を押し込める。


(まったく、しょうがないな。)


あのくらいのことで慌てるなんて。おとといの相河と尾野の冷やかしがそんなに効いているのか。


(まあ、蒼井さんが俺にふざけることなんて、あんまりないからな。)


わざとらしく驚いた演技、楽しそうにきらめく瞳。いつもより親しみのこもった……?


(あ。)


また、ちりり……とどこかが震えた。断固としてほかのことに思考を移す。


(そうだ。そう言えば。)


高品さんが地味だと指摘していた服装。そんなに地味なんだろうか。


(あんまりじろじろ見たら悪いけど……。)


テニス用なのか、今日は髪をポニーテールにしている。横から見ると結んだ髪は思っていたよりも長くて、ふわふわと肩甲骨のあたりまである。グリーン系のチェックのシャツの袖をめくり、ジーンズの裾も足首が見えるくらいにめくっている。テニスシューズを履いているのは荷物を減らすためだろう。肩に掛けたカーキ色のバッグからラケットの柄がのぞいている。


(うーん……。)


派手ではないことはわかる。それと、職場と違うラフな服装も良く似合っていると思う。


(かわいいよ、なあ?)


とは言うものの、俺には流行も何もわからないのだ。


(うあ!)


見ていたことに気付かれたか?! 何か言わなくちゃ!


「あ、蒼井さんも、ジーパンなんか履くんですね。」


でも、俺が言えるのは見た通りのことだけ。気の利いたセリフなど一度も思い付いたことが無い。


「え? ああ、はい。意外でした?」

「はい。いつも仕事用の服装しか見ていないので。」

「ですよねー。」


くすくす笑いながら、彼女が肩をすくめる。


「わたし、おしゃれとか、あんまり得意じゃないんです。何を着ればいいのか全然わからないし。高校まで制服だったから、お出かけの服もあんまり買わなくて済んでたし。就職してから服が足りなくて困っちゃいました。」

「ああ、わかります。」


俺も、高校生までは服のことなんか考えたことがなかった。まあ、大学に入ってからも、あんまり考えなかった気がするけど――。


(ん?)


「宇喜多さん、そういう服もいいですね。」


(え!?)


驚いて彼女を見つめてしまった。彼女がそれに微笑み返す。


「いつものスーツ姿が宇喜多さんらしいなあって思ってましたけど、そういうカジュアルなのも似合います。前髪を下ろしてるのも。」


聞き違いかと思った言葉に説明が加えられた。しかもこれは冗談ではないようだ。なんて素直な褒め言葉なんだろう!


(何か言わなくちゃ。何か言わなくちゃ。)


ひたすら焦る。そして照れくさい。


「そ、そうですか。いやそんな……ほどでは……普通…だとおもいますけど……。」


しどろもどろになって、服を点検するふりをして下を向く。目に入るのはブルーのボタンダウンのシャツにオフホワイトのコットンパンツ、茶色のベルトとデッキシューズ。無難で普通の服だ。


「え、と、ありがとうございます。」

「いいえ。本当のことを言っただけですから。」


(だめだ! どうしたらいいのかわからない!)


おろおろしているうちに、ありがたいことにかもめ駅に着いた。電車を降りながら蒼井さんの話題は区役所のテニス部のことに移って行き、俺はほっと胸をなでおろした。


「あ、宗屋さんだ。」

「あ! 姫!」


ジーンズにポロシャツ姿の宗屋が改札口の向こうで手を振っている。公共の場所で「姫」と呼ばれて、蒼井さんは「うわ〜、呼ばれちゃった〜」とくすくす笑った。その様子に、またしても落ち着かない気分に。


「おはようございます。今日はよろしくお願いします。」


丁寧にあいさつをする蒼井さんを見る宗屋の目がいつも以上に輝いている。


「姫、今日はポニーテールっすね! いいっすね! 似合いますよ!」

「ひゃ〜、ホントですか〜?」


宗屋のテンションに少し引きながらも、蒼井さんは笑っている。


(しまったー……。)


そのとき、俺はようやく自分の失敗に気付いた。後悔の波が押し寄せる。


(「似合う」って言えばよかったんだ……。)


俺はなんて間抜けなんだろう。お世辞なんかじゃなくて、本当にそう思ったのに。しかも、自分が褒められて舞い上がったりして。あれは褒め返す場面だろうに。


(ああ、情けない!)


と、思った途端に思い出した。彼女を誘わなくちゃならないことを。


(なんか……、仕事よりも難しい気がしてきた。)


ぐーんと気持ちが沈む。自信が湧いてこない。電話も窓口も勢いでどうにかなったのに。できるのだろうか、俺に?


(いや、そんなことない。そんなことないはずだ。)


弱気な自分に言い聞かせる。


(べつにデートに誘うわけじゃないんだぞ。)


誘う理由は正当なものだ。それを迷ってる方がおかしいじゃないか。


(うん、そうだ。)


休憩時間でも帰りでも、今日はまだチャンスが何度もあるはずだ。ほかの誰かに聞こえても問題は無いのだし。


(よし。)


落ち着けばきっとできる。


きっと。







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