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幼馴染に嫌われたと勘違いして不登校になりかけたけど、実は両想いだった件  作者: 桜 偉村


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第8話 応えられるように

 朝からずっと落ち着かない気分で過ごしていたが、(れい)からは何も言ってこなかった。

 私の家で勉強している今も、特に変わった様子は見られない。


(でも、いつかサプライズされるかも……)


 そんな淡い期待を抱いてしまい、どんどんよそよそしくなってしまう。

 たった一週間で記念日なんて、やっぱり重いのかもしれないけど、

 

(何年も、待ってたんだから)


 ほんの少しでいい。特別だって、思わせてほしかった。

 でも、口に出せば、ただの催促になってしまう。


(面倒くさい女だって思われたくない。でも気づいてほしい——)


 そんな相反する思いの間で揺れていると、澪がふと顔を上げた。


「なぁ、今日どうしたんだ?」


 一瞬、誤魔化してしまおうかとも考えた。

 でも、澪相手にそんな不誠実なことはしたくない。

 何より、これまでの私の態度は、もうとりつくろえるものじゃないだろう。


 今日が何の日か——。自力で気づいてほしくて、そう問いかけた。

 澪は真剣に考えてくれたけど、わからなかったようで、ヒントを求めてきた。


「記念日よ……一週間の」

「……へっ?」


 私が観念して答えると、澪はポカンと口を開けて固まった。

 沈黙が気まずくて、思わず牽制するように口を開く。


「な、なによ」

「いや……そういうのって普通、一ヶ月とか一年の節目じゃないのか?」

「い、一週間だって……ちゃんと、大事でしょ」


 言いながら、顔がほんのりと火照るのを感じた。

 こんなふうに浮き足立ってるの、私だけかもって思うと、ちょっと虚しくなる。

 いや、私がこだわりすぎてるだけで、澪がちゃんと好きでいてくれていることはわかっているけど。


「言われてみれば確かに……それで、朝からソワソワしてたんだな。ごめん、気づかなくて」

「……別に。面倒くさいのなら、記念日とかは考えなくてもいいけど」


 そっぽを向いてそう言いながら、内心では不安だった。


(やっぱり面倒って思われたかしら……言わなければよかったかも……)


 そんな私の気持ちを見透かすように、澪が優しく言った。


「いや、全然。むしろ嬉しいよ」


 その一言に、少しだけ胸が軽くなった。


(良かった……)


 安堵の息を吐いていると、澪がうんうんと唸り始める。

 プレゼントを考えてくれてるのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。


(でも、今から用意するのは難しいわよね……。まあ、澪からもらえるなら、なんでも嬉しいけど)


 そう胸を躍らせていると——、


「……夏希(なつき)。ちょっと、目をつむってくれ」

「……えっ?」


(な、なに? え、なにするの!?)


 心臓の鼓動が一気に早まる。


「……まさか、変なこと考えてないでしょうね」


 なんとか動揺を押し殺して、じっとりと睨みつけると、澪は慌てた様子で首を振った。


「ち、違うって。いいから、頼むよ」

「……わかったわよ」


 私は小さく息を吸った。


(し、深呼吸。落ち着いて、私)


 そして、ぎこちなく目を閉じる。

 心臓の音が、耳の内側に響いて仕方がなかった。


(ま、まさかよねっ? 澪だし……でも、目をつむれって……っ)


 そんな大混乱の中——

 ほんのりとした温もりが、頬に触れた。


「っ……!」


 目を見開いてしまったのは、反射だった。


(い、今のって……キス……? キスよね!? ほっぺ、だけど、でも……!)


 触れた場所がじんわり熱くなる。

 何か言わなきゃと思うのに、うまく言葉が出てこなかった。


「……ダメ、だったか?」


 おそるおそる尋ねてくる澪の声が、どこか心細そうで。

 私は顔をパッと背けながら、震えるように答えた。


「こ、今回だけは……特別よ」


 本当は、嬉しくてたまらなかった。唇ではなく頬なのも、澪らしいと思った。

 ……でも、素直に喜ぶのは、やっぱりまだ恥ずかしかった。


「あっ、でも——」


 勢いに任せて、私は口を開く。


「一ヶ月記念は、もっとすごいのを期待してるから……って、別にそういう意味じゃないわよっ⁉︎」


 慌てて付け加えた。

 これまでは故意だったけど、今のは無意識だった。

 

「わかってるよ。そんな勘違いはしないから、安心してくれ」


 その答えに安堵しつつも、私はどこか寂しさを感じていた。


 唇ではなく頬にキスをしたことからもわかるように、澪は奥手だ。

 健全な男の子ではあると思うけど、あまり向こうから手を出してくるとは考えづらい。


(べ、別にそういう関係にすぐさまなりたいわけじゃないけど、将来のことを考えたら大事なことではあるし……私から、ちょっとくらいは歩み寄ってあげてもいいかもしれないわね)


「まったく、ヘタレなんだから……」

「えっ、なんか言ったか?」

「な、なんでもないわ」


 私はブンブンと首を振り、慌てて広げっぱなしのノートを指差した。


「それより、続きをやるわよ」

「あぁ。……急にやる気になったな」

「う、うるさいわね」


 とっさに顔を背けてしまう。

 ……モチベーションが湧いてきた理由など、ひとつしかなかった。




◇ ◇ ◇




 一週間後の、部活のない放課後。

 カフェで少しおしゃべりしてから、澪と一緒に部屋で映画を見ていた。


(こういうの、恋人っぽくて……いいわね)


 ときどき会話を交わしながら、映画は静かに進んでいく。

 でも——


「ふわぁ……」


 あくびがこぼれた。知らず知らずのうちに、まぶたが重くなっていく。


「止めるか?」

「ううん、見てる……」


 そう答えたものの、意識はすでに朦朧(もうろう)としていた。

 気がついたときには、澪の肩にもたれていた。


(あったかい……)


 半身に感じる彼の温もりに安心しながら、すぅ……と、夢の中へ落ちていった。

 次に目を開けたとき、映画は終盤だった。


(あれ……寝ちゃってた?)


 まどろみの中で体を起こしかけて、すぐにやめた。

 だって、澪がすぐ横にいたから。

 私の頭を支えるように少し斜めに傾いていて、呼吸は浅く、明らかに緊張していた。


(まさか、ずっとこうしててくれてたの?)


 ふと、違和感を覚えて視線を下げる。

 澪のズボンが、わずかに盛り上がっていた。それだけで、察するには十分だった。


(……そっか)


 少し頬が熱くなる。

 でも、不快じゃない。むしろ、なんだか嬉しかった。


 ——私に反応してくれるほど、大事に思ってくれてるってことだから。


「——ねぇ、澪?」

「っ……!」


 ぴくっと肩が震える。肩口から見上げると、澪の瞳は右往左往していた。


「な、夏希、いつ起きたんだ……⁉︎」

「ついさっきよ。ふふ、澪も男の子なのね」

「そ、そりゃそうだろ」


 慌てて布団を引き寄せるその動作に、思わず唇が緩んでしまう。


(かわいいわね、もう)


 からかい半分、本音半分。

 わざとイタズラっぽい口調になってしまうのは、たぶん、誤魔化したい自分の照れのせいでもあった。


(こんな顔、他の人には見せたことないわよね……)


 むず痒さを覚えていると、階下からお母さんの声が届く。


「二人とも、ご飯よー」


 ちょうどいいタイミングだった。

 私はスッと立ち上がり、にこやかに言う。


「ほら、降りましょう? ……あ、澪はまだ無理そうね」

「う、うるさい。早く行ってくれ」

「はいはい」


 笑いながら部屋を出る。

 こんなふうに澪を翻弄できるのって、なんだか……楽しいかもしれない。


(私のほうが、ちょっとだけ優位って、珍しいな)


 そう思うと、口元が緩むのを抑えられなかった。


(でも、そのときは澪がリードしてくれたら……って、私は何を考えているのよっ)


 なんだか少しだけ、変な気分になってしまっている。


「……澪のせいだわ」


 八つ当たりであることはわかっていたけど、その後もつい、からかってしまった。

 嬉しくて、楽しくて、誤魔化したくて。

 それぞれの気持ちが絡まり合って、自分でも整理できなかった。


 澪が帰ってから、お母さんからやんわりと注意を受けた。


「どんな男の子にも、プライドはあるんだから。そこの線引きは間違えちゃダメよ」


 その言葉は、スッと私の胸の中に落ちた。


(私、ちょっと浮かれてたかも……)


 澪は照れながら受け止めてくれていたけど、もしかしたら嫌な思いをさせていたかもしれない。

 ふざけるだけじゃなくて、ちゃんと私も澪の気持ちを受け止めて、応えられるようになりたい——そう思った。


 だから、その数日後に澪からのデートを断らざるを得なかったときは悔しかったし、申し訳なく思った。

 でも、その日はちょうど(ゆう)先輩とのショッピングの約束があった。

 

 先輩は、私がサボった直後に部活に行ったとき、微妙な空気になっていたのを助けてくれた恩人だ。

 今回はそのお礼を兼ねてのお出かけであり、先方の都合を考えると変更をお願いすることもできない。


「気にせず楽しんできてくれ。デートはまた別の日にすればいいしさ」


 澪はそう言ってくれたけど、明らかに元気がなかった。

 だから、ちょっとだけ勇気を出した。


「その……次の一日オフは、必ず空けておくから」


 それだけでも頬が火照ったけど、考えてみれば、それは当たり前のような気がした。

 本当はデートを断りたくなかったこと。それを伝えるためには、もう一押し必要だ。


「それと、明日も、ショッピングのあとなら……別に会ってもいいけど」

「えっ……?」


 澪が驚いたように目を見開き、こちらを見つめてくる。


「いえ、その……澪が暇ならってだけの話よ? 強制じゃないから」


 とっさにそう誤魔化してしまったけれど、私の想いなんて筒抜けだったのだろう。

 ふいに澪の腕が伸びてきて、そっと抱き寄せられた。


「ちょ、ちょっと⁉ な、なに急に……っ!」


 焦って声が裏返ったけど、逃げようとは思わなかった。

 むしろ力が抜けて、私は自然と身を預けていた。


「嬉しかったから。……ありがとう」


 耳元で囁かれた言葉に、胸がじんわりと熱を帯びる。


(……本当に、この人は)


 私の気持ちを、ちゃんと受け取ってくれる。

 そのことが、どうしようもなく嬉しくて。


「……ばか」


 ぽつりとそう呟くと、私はそっと澪のシャツの裾を握った。

 本当はもっとちゃんと気持ちを伝えたかったけど、それが限界だった。

 

 でも、澪は嬉しそうに微笑んで、両手ですっぽりと包み込んでくれた。

 私もおずおずと、その背中に手を回す。

 こんな風に甘えられるようになった自分に驚きつつ、澪の匂いと温もりに包まれながら、そっと目を閉じた。


(とりあえずは一件落着……よね)


 全てが終わったとは思っていない。

 ショッピングのあと、そして次の一日オフで、頑張って埋め合わせをしようと考えていた。


 それでも、ただの先輩マネとのお出かけの先に、あんなすれ違いが待っているなんて——。

 このときの私は、思いもしなかった。

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