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幼馴染に嫌われたと勘違いして不登校になりかけたけど、実は両想いだった件  作者: 桜 偉村


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第21話 ちょっとだけ早いお返し

 留学に行くと決めた(れい)は、それから少し忙しくなった。

 書類やパスポートなどの準備もそうだし、英会話も始めたからだ。


「一ヶ月だけだから、ちょっとは基礎的なところを押さえて、実践できるようにしたいだけだよ」


 澪はなんでもないようにそう笑っていたけど、その行動力は素直にすごいと思う。

 最近の彼はどんどん自信をつけている。明確に変わったのは、海に行ったときからだろうか。


 私も触発されて、何より置いて行かれたくなくて、英検を受けることにした。

 澪の英会話と同じタイミングで勉強して、お互いに終わったら寝る前にちょっと電話をするのが、最近の日課だ。


 あまり時間は長くないけど、早く電話したいという思いで、夜なのに一番集中できている気がする。

 電話は澪からの申し出だった。


「どうしても過ごす時間が減っちゃうから、一日の最後に声を聞きたいんだ」


 そんなことを照れながら言われたときは、愛おしさが爆発して、私から何度もキスをしてしまった。

 我に返ったときには、スイッチの入った澪に押し倒されて、暴走した恥ずかしさなんて感じている暇もなかったけど、あれは澪なりの気遣いだったのだろうか。


(いえ、単純にがっつりというだけね。だって、澪だもの)


「ふふ」

『どうした?』


 思わず笑みを漏らすと、電話口から不思議そうな声が聞こえてくる。


「いえ、澪もちょっとはたくましくなったなって思っただけよ」

『なんだよ、それ』


 澪が小さく吹き出す。


『でも、確かに体力はついたかも。今までより忙しくなったけど、普通にこなせてるし』

「油断は禁物よ。疲れていたら、この電話だって短くてもいいんだから」


 理解のある彼女を演じてみせるけど、本当に気遣いのできる人なら、「しなくてもいい」と言うはずだ。

 それに、本当に電話の時間が減ったら、私は絶対に寂しくなってしまう。


(つくづく面倒くさい女ね)


 自分でも呆れてしまうけど、最近はそれでもいいかと思うようになった。

 澪が、そう思わせてくれたのだ。


『大丈夫だよ。今、すごい充実してるから。なんというか、活力にあふれてる感じがするんだよね』

「あら、私と会う時間は減っているのに?」

『そ、そういうことじゃないって』

「ふふ、わかってるわよ」


 律儀に慌ててくれるので、ついつい揶揄ってしまう。


『……夏希がいなきゃ、こんな色々頑張れないから』

「そ、そういうことは言わなくていいのよ」


 頬がじんわりと熱くなる。

 律儀すぎるのも、困ったものだ。


「……でも、そんなところも好きだけど」

『えっ、なんて?』

「なんでもないわ」


 首を振ってみせると、鏡にニヤニヤとだらしなく笑う女が映った。

 慌てて口元を引きしめる。けれど——、


『そっか』


(優しい声……)


 澪がたった一言をつぶやくだけで、またすぐに緩んでしまう。

 本当に、困ったものだ。




◇ ◇ ◇




 それからも、澪はどんなに忙しい日でも、必ず電話をくれたし、時間を見つけては会ってくれた。

 クリスマスもしっかりとデートを計画して、素敵なプレゼントまで用意してくれた。


 私は澪と会えない寂しさを埋めるように、せっせと編んでいたマフラーをあげた。

 澪が早速首にかけて本当に嬉しそうに笑ったので、なんだかジーンときて、少しだけ泣いてしまった。


 バレンタインも、とうとう手作りチョコを渡すことができたし、英検も無事に合格して、最後の定期テストでは初めて一桁順位に入ることができた。

 澪を揶揄っておきながら、私もこれまでにないくらいの充実感を覚えていた。


 ——でも、それはあくまで、頻度や時間は減っても、澪と会うことができていたからだ。

 いよいよ出発の日が迫ってきて、私はテスト結果に喜んだのも束の間、急に寂しさや不安に襲われてしまった。


 すると、テストが全て返却されたその日の放課後、澪がデートに誘ってくれた。

 あまりお昼は食べないように言われていたから、てっきりちょっとおしゃれなカフェとかに連れて行ってくれるものだと思っていたが、なんと行き先はスイパラだった。


「ご予約の白石(しらいし)様ですね。こちらにどうぞ」


 店員さんに案内され、席に腰を下ろすが、落ち着く暇もなく身を乗り出す。


「れ、澪。どうしてスイパラなの? いえ、嬉しいけど」


 矢継ぎ早に尋ねると、澪は照れたように頬を掻きながら答えてくれた。


「ホワイトデーの日は、もう向こう行っちゃってるからさ。せめて、今のうちにお返ししておきたいなって思って」

「あっ……」


 心の隅では、ちょっと期待していた。

 澪なら、なにか考えてくれてるんじゃないかって。


(でも、まさかお店まで予約してくれてるなんて……)


 ホワイトデーのお返しにスイパラなんて、ちょっと豪華すぎると思う。

 けど、それ以上に、私のために忙しい中でもこうして準備をしていてくれたことが、たまらなく嬉しかった。


「もう……っ」


 視界がにじみ、思わず顔を伏せる。

 ここ最近、本当に涙もろくなった気がする。


(……澪のせいよ)


 幸せな気持ちが、胸いっぱいに広がって、どうしても溢れてしまう。

 それだけ、ちゃんと愛されてるって、実感させてくれるから。


「ほら、ティッシュ」


 そっと目の前に差し出されたそれを、私はゆっくりと受け取った。


「ありがと……」

「あぁ」


 澪は穏やかな表情で、何も言わずにただ見守ってくれる。


(前だったら、どうしようって、あたふたしてたのに)


 私が泣いても、もう慌てたりしない。

 その成長に、再び熱いものが込み上げてきた。


「……ばか」


 思わずそうつぶやいてしまうけど、すぐにそうじゃないと思い直す。

 私だって、少しは成長しているところを見せないと。


 ぐいっと目元を拭い、まっすぐ澪の目を見つめて、ありったけの想いを言葉に乗せた。


「——ありがと、澪」




◇ ◇ ◇




「うー……」

 

 お店を出て、思わずお腹をさする。

 せっかくだからいっぱい食べようと思ったら、食べ過ぎてしまった。

 でも、心は胃袋以上に満足していて、


「澪が帰ってくるまで、甘いものは一切食べないわ」


 そんなことを冗談半分で口にできるくらいには、澪に会えなくなることを受け入れられていた。


「このあと、ウチ寄ってもらっていい?」

「もちろん」


 澪からのお誘いは、当然二つ返事で了承した。


「ちょっと待ってて」


 私をソファーに座らせると、澪はコーヒーを入れてくれた。

 二人で並んで座り、ゆったりとティータイム。


「脂肪燃焼効果があるから、コーヒーにしたの?」

「別にそんなのは意識してないよ。夏希、細いし」


 澪が腰に手を回してくる。

 触り方が、どこか意味を含んでいるように感じられる。


 誘われた時点で、もちろん求められたら応えるつもりだった。

 けど、甘いもので満腹になっている状況は、残っている三大欲求の中で、あまりにも睡眠欲と相性が良かった。


「ふわぁ……」


 あくびを漏らしてしまうと、澪がくすっと笑って、頭に手を乗せてくる。

 

「眠いなら、俺の肩を使って」


 ただでさえまぶたが閉じかかっているのに、優しい手つきで頭を撫でられながら、澪の温もりを感じたら、耐えられるわけがなかった。

 本当に、ずるい——。

 私は自然と微笑みながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。




 目を覚ますと、左半身に重みを感じた。

 目を向けると、澪がもたれかかってきていた。すぅ、すぅ、と穏やかな寝息が漏れている。


 体勢的にちょっと辛いけど、澪も我慢してくれてたんだと思うと、動く気にはなれなかった。


(でも、これくらいならいいわよね)


 太ももに置かれている澪の手を握ろうとして——私は、ピタッと動きを止めた。

 その手の近く。ズボンが、不自然に盛り上がっていた。


「っ……」


 思わず、ごくりと唾を飲み込んでしまう。


「ん……」


 そのとき、澪が声にならない声を出し、うっすらと目を開けた。

 ちょっとしたイタズラ心が芽生える。


「おはよう、澪」

「うん……ごめん、俺が寝ちゃって」

「いいわよ。私が先に寝てしまったんだし。でも——」


 私は視線を下げた。


「一体、どんな夢を見ていたのかしらね?」

「えっ? ——あっ、いや、これは違くてっ!」


 澪が慌てたように手を振る。


「座りっぱなしだと血流悪くなるから、自然にこうなるって言うかっ……」

「別に責めてないわよ」


 私が笑ってみせると、澪がホッと肩の力を抜いた。


「……でも、こうやって二人きりで過ごせるの、もうしばらくはないわよね」

「うん……」


 澪の熱い手が、頬に添えられる。

 徐々に二人の顔が近づいて——唇が重なった。


「ん、ん……」


 何度かキスを交わすと、澪が立ち上がり、私の手を引く。


「いいって、ことだよね?」

「……澪がしたいなら、充電くらいはさせてあげるけど」


 建前でそう言ってみせるけど、


(食欲も睡眠欲も満たされたのだから、一つだけ無視するのは違うわよね)


 そんなアホらしいことを考えるくらいには、私もその気になっていた。


 


 実際には、充電どころか二人ともクタクタになってしまったけど、確実に心は満たされた。

 そういう恋人らしいこと以外でも、出発のときまで澪がいっぱい愛してくれたから、空港でも笑顔で見送ることができた。


「……いってらっしゃい、澪」

「行ってくる。ちゃんと帰ってくるから」


 最後に、澪はそう言って笑い、私を包み込むように抱きしめてくれた。

 その背中が見えなくなった瞬間に、涙があふれてしまったけど、それは仕方ないだろう。


 これまでの人生で、一ヶ月も澪と会えなかったことなんて、なかったのだから。


 


 宣言通り、澪は毎日何かしらのメッセージをくれた。

 時差的に電話はほとんどできなかったけど、その寂しさを埋めるように、澪は必ず「好きだよ」とか「今日も一緒に頑張ろう」みたいな、元気が出る言葉を添えてくれた。

 なんだか、海外に行ったことで、だんだんと言葉もストレートになっているのは気のせいだろうか。


 澪がいなくても、友達と過ごす時間や部活は楽しいし、澪も頑張っているんだからと、勉強も頑張れた。

 生活は、それなりに充実していた。

 

 でも、やはりどこか味気なくて。

 毎日カレンダーを眺めては、あと何日で澪に会えるのだろう。会ったら最初に何を言って、一緒に何をしよう、と妄想していた。




 ——そして、四月になり、とうとう澪が帰国する日。

 (ゆう)先輩の計らいで、部活が終わった瞬間に帰らせてもらうことができた。


 私は支度を終えるや否や、リュックを背負いながら部室を飛び出した。

 電車の時間にはまだ余裕があるとわかっていても、胸の奥の何かが落ち着かず、足が自然と速くなった。


(もうすぐ……もうすぐ、会える)


 久しぶりに見る澪は、どんな顔をしてくれるんだろう。私、泣いたりしないかな。

 そんなことを考えていたときだった。

 校門が見えた、その瞬間——


「……えっ?」


 足が、止まった。


 春の柔らかな風が頬を撫でた。

 光の中に、スーツケースを引いた人影が、ゆっくりと近づいてくる。


「——夏希」


 ただ、名前を呼ばれただけ。

 それなのに、胸の奥に火がついたように、涙が一気にあふれそうになった。


「澪っ……!」

「久しぶり」


 そう手を振る澪の顔には、一ヶ月前と変わらない、穏やかな笑みが浮かんでいた。

 ——その笑顔を見た途端、私は駆け出していた。

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