第19話 繋がりたい
澪の「お願い」、そしてその情報の出所は、予想通りだった。
(まったく、悠先輩は……)
ため息を吐きながら自室に入る。
それでも、ベッドに置かれた黒の水着を見た瞬間、心臓が跳ね上がった。
(本当に、着るのね)
でも、止めようとは思わなかった。
だって、澪が見たいって言ってくれたから。
——その一言が、たまらなく嬉しかったから。
それでも、羞恥心がないわけじゃない。
(……これを、澪に見せるの? 本当に……?)
鏡の中の私は、肩も腰も大胆に露出していて——まるで、知らない誰かみたいだった。
(澪、どんな顔するのかしら……驚くかな、それとも……)
想像してしまった。
私を見つめる、澪のまっすぐな瞳。
触れられたときの熱、キスされたときの感触。
そしてその先にある——もっと深く、繋がるということ。
胸が、じんわりと熱くなる。
(……一度、私が断っちゃったから。澪からは、誘いにくいわよね)
だから。
もし今日、澪がその気持ちを飲み込もうとしているなら——。
(私から、誘うべきなのかもしれない)
そう思うくらい、今の私は澪と繋がりたいと思っていた。
だから、彼の理性がぐらついているのがわかったとき、迷いながらも、
「……お父さんもお母さんも、あと二時間くらいは帰ってこないわよ」
「……えっ?」
澪の呆気に取られたような表情と——瞳の奥で燃え上がった炎。
それを見て、私は覚悟を決めた。
「……まだ、二ヶ月記念をもらってないのだけれど?」
そう口にした瞬間には、両肩を掴まれ、唇をふさがれていた。
びっくりしたけど、怖くはなかった。
だって、想いがまっすぐに伝わってきたから。
「んっ……んん……!」
気持ちよくて、頭がぼーっとして。
体から力が抜けていき、私は気がつけば、澪の腕に支えられていた。
(腕一本で、支えられるんだ……)
そんな男らしいところに、胸が苦しくなった。
澪の手が、膨らみに伸びてくる。
私ばかり触れられているのが、どこか恥ずかしくて。
「わ、私だけ、ずるいじゃないっ……。その、澪も……っ」
「あっ……あぁ、そうだな」
澪がキョトンとしたあと、照れくさそうに笑って、シャツに手をかけた。
脱ぎ捨てたそばから、迷いなく再び触れてくるその手に、胸の奥がざわつく。
そして、肌と肌が重なった瞬間——。
体中が熱を持ち、理性がほどけていった。
(澪……っ)
首にしがみつき、積極的に舌を絡めていく。
ただ、触れていたかった。もっと近くにいたかった。
——澪が、欲しかった。
だから、口での愛撫を中断されたときも、恥ずかしかったけど、怖くはなかった。
もう一度キスを交わしたとき、いよいよだと、覚悟を決めた。
それなのに、澪は、
「俺、夏希が……ほしい」
ちゃんと、言葉にしてくれた。
想いを、形にして、まっすぐ伝えてくれた。
——嬉しくないわけがなかった。
「……そ、そういうのは言わなくていいのよっ……ばか」
口ではそう言ったけど、拒否しようなんて気持ちは一切湧いてこなくて。
——私はその日、澪に初めてを捧げた。
終わったあと、息を整えながらそっと澪のほうを見たら、バッチリ目が合った。
お互いに照れて、すぐに逸らした。
うまくできたなんて、言えない。
痛かったし、変な顔もしてたと思う。
でも、澪が最後まで優しかったこと。ぎゅっと手を握ってくれたこと。
そして、彼の初めてになれたこと。
——それだけで、もう、充分だった。
「夏希」
名前を呼ばれて、そっと腕の中に包まれた。
(キス、してほしい……)
私はそっと顎を上げて、目を閉じた。
「ん……」
優しく触れるだけのキス。
終わったあとも、こんなに優しくしてくれることが嬉しくて、私はへにゃりと笑った。
すると、澪がぽつりとつぶやいた。
「——幸せにするから」
「っ……!」
胸がいっぱいになって、何も言えなくなってしまった。
でも、私だけ逃げちゃだめだ。正面から、見つめ返す。
「澪でよかったって、思わせてよね。……これからも、ずっと」
「あぁ。後悔させないよ」
その言葉に、心がすとんと落ち着く。
少しだけ残っていた不安も、迷いも、全部が嘘みたいに消えていった。
「ふぅん……少しは、いい顔するようになったじゃない」
そんなふうに茶化して、そっとキスを返す。
澪が強く抱きしめてくれて、私は目を閉じた。
(大丈夫。もう、怖くない)
この人となら、どこまでも歩いていける。
心から、そう思えた夜だった。
◇ ◇ ◇
それからの交際も、順調だった。
家で二人にいる時間が長いからといって、頻繁に愛し合っていたわけではないけど、充実した時間を過ごしていた。
私の誕生日だって、デートをしてくれるだけでも十分すぎるほどだったのに、素敵なディナーと、ネックレスを贈ってくれた。
そして、最後まで私のために頑張ってくれた。
(これからもずっと、こうやって一緒に過ごしていきたいな)
きっと、澪もそう望んでくれているだろう。
何の疑いもなく、そう思っていた。
だから、最近の澪が、ときどき遠くを見るような表情をしていても「まぁ、そういう時期もあるわよね」くらいにしか思ってなかった。
ちょっと元気づければ、いつもの澪に戻る。そんなふうに、軽く考えてた。
でも、思ったよりも、上の空の時期が長く続いた。
話しかければしっかり答えてくれるけど、少し心配になって、家に呼び寄せた。
「——澪」
自分の部屋のベッドに腰掛けると、隣をぽんぽんと叩いた。
澪は一瞬戸惑ったように目を瞬かせたけれど、何も言わずに腰を下ろした。
その手に指を絡ませ、私はそっと身体を預けた。
「な、夏希? どうしたんだ?」
「別に……そういう気分なだけよ」
「……そっか」
澪は戸惑っていたけど、照れたように笑って、そっと抱きしめてくれた。
その胸に顔をうずめて、私はゆっくり目を閉じる。
澪の匂い。澪の温度。澪の腕の強さ。
全部が心地よくて、自然と頬がゆるんだ。
(ああ……やっぱり、澪だな)
私が欲しいのは、特別なことじゃない。
高価なプレゼントでも、豪華なイベントでもなくて——。
こうして、大好きな人に包まれていられる時間が、何よりの宝物だった。
「——ねぇ、澪」
私は顔を上げて、彼の目を見つめる。
「なにか、あったんでしょう?」
澪の瞳がかすかに揺れる。
それこそが答えだった。
「最近、ちょっとだけ考え込んでる顔、増えているもの。もし何かあるなら、話してほしい」
澪が黙って瞳を伏せた。
(話してくれないのかしら……)
悲しくなるけど、ここで逃げたら何の意味もない。
「大丈夫よ。どんなことだって、ちゃんと受け止めるから」
自分でも驚くほど、まっすぐ言えた。
きっと、あの夜のことがあったからだ。
澪と心から繋がった、あの時間があったから。
澪がゆっくりと顔を上げた。
迷いと覚悟が入り混じったような目を、私は正面から受け止めた。
さっきの言葉は嘘じゃない。何を言われても、全部受け止めてみせる。
そう、思っていたのに。
「俺……留学に行こうと思ってるんだ」
「……えっ?」
一瞬、聞き間違いかと思った。でも、澪の顔は真剣で——。
(嘘……でしょ?)
頭が、真っ白になった。
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