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幼馴染に嫌われたと勘違いして不登校になりかけたけど、実は両想いだった件  作者: 桜 偉村


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18/22

第18話 夜の始まり

 (れい)が動けるようになったあとは、私たちは再び海へと戻った。


 けど、楽しい時間はあっという間だった。

 気がつくと空がオレンジ色に染まり始めていて、私たちは恒例のツーショット撮影を始めた。


 最初に提案したときはすごくドキドキしたけど、勇気を出してよかった。

 これでまた、澪専用のフォルダに写真が追加される。寝る前に一通りを見るのが、すっかり日常になっていた。


(澪もそんなことしてくれていないかしら……なんて)


 そんな妄想をしてニヤけてしまうくらいには、テンションが上がっていた。

 だから、最初はあまり緊張もしていなかったのだけど——、


夏希(なつき)、もうちょっと近づいて」


 澪に招き寄せられて、水に濡れてしっとりとした彼の肌を意識した瞬間、途端に心臓の鼓動が早まった。


「いいの? また、前屈みになられても困るのだけど」


 からかうように言ってみせるけど、実際は——


(こ、こっちのほうが困ってるんだから……っ)


 こんな近距離で、しかも肌を密着させるなんて、聞いてない。


「……もしかして、照れてる?」

「なっ……!」


 全身の血が顔に集まるのがわかった。恥ずかしくてたまらなかった。

 それなのに——


「……えっと、その、夏希……かわいいよ」


 その追い討ちで、完全にキャパがオーバーした。


(うそ、そんな……ずるい)


 反則だった。そんな顔で、そんな声で、そんな真っ直ぐに言われたら——


「もう、なんなのよ……っ」


 照れ隠しに、澪を睨みつけることしかできなかった。

 けど——、


「決めたんだよ。もう絶対、卑屈になったりしないし、正直に気持ちを伝えるって。……夏希が、そう思わせてくれたんだ」


 真剣な表情でそう言われたとき、言葉にできない想いが湧き上がって。

 気がつけば、澪の腕に抱きついていた。


 水着越しでも伝わってくる体温に、自分でもびっくりしたけど、澪の動転した表情を見ていると、すぐにイタズラ心が戻ってくる。


「ふふ、さっきまでの余裕はどこにいったのかしら?」

「しょ、しょうがないだろ! 急にこんなの……っ」


 澪が瞳を泳がせた。

 

(ちょっとはたくましくなったけど、やっぱりまだまだヘタレね)


 ——そんなふうに気を緩めていたとき。

 澪の腕が、私の肩をぐっと引き寄せた。


「っ……!」


 その瞬間、全身の血が沸騰した。

 手が肩に置かれているだけなのに、まるで全身を包まれているような気がして、胸の奥がじんわり熱くなる。

 

 でも、それ以上に、澪が勇気を出してくれたことが嬉しくて、応えたくて。

 覚悟を決めて、そっと彼の腰に手を添えた。


「っ……」


 澪の動揺が全身から伝わってきて、自然と微笑んでしまう。

 そして、シャッター音が鳴った。

 

 ——写真の中の私は、誰がどう見ても幸せだとわかるほど、照れたように笑っていた。


(なにだらしない表情してんのよ……)


 自分でも呆れてしまったけど、澪は「いい写真だな」って嬉しそうに目を細めた。

 こちらを愛おしげに見つめる眼差しに、途端に胸がキュッと苦しくなる。


(そんな表情されたら、また……っ)


「じゃ、じゃあ、行きましょう」


 さっき以上にデレデレになっている顔なんて見せたくなくて、私はくるりと踵を返した。


(でも、待って)


 澪がくれた、イルカのペアストラップ。

 くっつけたらハートになる仕様なのだから、せっかくなら一緒に撮ればよかった。

 そう思ったけど、私から「行きましょう」なんて言った手前、やっぱりもう一回撮ろうなんて言えない。


(でも……)


 内心で葛藤しつつ、それでも手の中のストラップを見つめていると、


「夏希、その……これ持って、もう一回撮らないか?」


 そうはにかむ澪の手の中にあったのは、私が握っている物の、色違いだった。

 ——ああ、もう、本当に。

 普段は鈍いくせに、どうしてこんなに私の喜ぶことをしてくれるのだろう。


「まあ、記念になるものね」


 恥ずかしくて、仕方なくという態度を取ってしまったけど、


「ごめんな。時間取らせて」


 そんなふうに気遣われたら、意地を張ってる私が子供らしく思えてしまった。


「別にいいわよ……私も、撮りたかったから」


 波の音にかき消されてしまうくらい、か細い声になってしまったけど、澪はしっかりと受け止めてくれた。


「そうか……ありがとな」

「なんであんたがお礼を言うのよ」


 このやり取り、前にもやったな——。

 そんなことを思いつつ、再び澪と寄り添う。


 ハートを合わせるのは照れくさかったけど、それ以上に心と心が通じ合っている気がして。

 写真の中の私はまた、だらしない表情を浮かべていた。


 でも、きっとそれでよかったんだ。

 だって、澪がまた幸せそうに微笑んでくれたから。




 夕食を済ませ、駅まで歩き、電車に揺られる。

 最初は立っていた車内も少しずつ空いて、並んで座ることができた。

 夕陽はもう沈み、空はすっかり群青色に染まっていた。


 電車の揺れに身を委ねながら、今日一日を思い返す。


(……思ってたより、ずっと楽しかったな)


 水着になるのも不安だったし、人目も気になってた。

 でも、澪が「似合ってる」って言ってくれて、何より「他の人には見せたくない」って、真っ直ぐに伝えてくれた。


(……本当に、独り占めしたいって思ってくれたんだ)


 そう思えたことが、たまらなく嬉しかった。

 でも——


(……もし、黒の水着を着てたら、澪はどんな顔をしたのかしら)


 ちょっとだけ、気になってしまう。

 あのときは無理って思ったけど、もしまた機会があるなら、いつか澪に見せてみたい。


(……そしたら、どんな反応してくれるんだろう)


 そんなことをぼんやり考えながら、私は澪の肩に甘えるようにもたれかかった。

 あったかくて、柔らかくて、安心する匂いに包まれて——


「寝てもいいぞ、起こすから」


 澪の優しい声が、頭上から届く。


「……大丈夫よ」


 そう答えたけれど、もう目も開けていられない。


(澪が、こんなに安心させてくれるのが悪いのよ……)


 そう心の中でつぶやき、私は静かに眠りに落ちていった。




◇ ◇ ◇


 


「もうすぐ着くよ」

「ん……」


 澪に肩を叩かれ、私はうっすらと目を開けた。

 意識がはっきりし始めると、徐々に羞恥心が襲ってくる。


(私、電車で澪に寄りかかって寝ちゃったのね……)


 じんわりと頬が熱くなる。

 それでも、改札を抜けるころはどこかふわふわとした気持ちだったけど。


「このあと、お願いしたいことがあるんだけど……ちょっとだけ、時間もらえないか?」


 澪が緊張した面持ちでそう頼んできた瞬間、息が詰まった。

 次の瞬間、脳裏にあの黒い水着が浮かんだ。そして同時に、今日はまだ両親が帰ってこないことも。


「……シャワーを浴びてからでもいい? その、汗をさっぱりしたいのよ」


 言ってから、ますます心臓の鼓動が早まる。

 私はもう、はっきりとその先の光景を思い描いてしまっていた。




「……まだ、そうとは限らないし」


 玄関のドアを閉めた瞬間、そうつぶやく。

 シャワーを浴びるのだって、汗を流してさっぱりしたいだけ。ほんの、それだけだ。


 ——そのはずなのに、気づけばいつもより丁寧に体を洗っていた。


「……海に行ったのだから、当然よね」


 ぼそっとつぶやいた言葉は、シャワーの音にかき消された。

 

 バスタオルを巻いたまま部屋に戻ると、半ば無意識に黒の水着を取り出して、ベッドの上に置いていた。

 感触を確かめるように、指先が布地をなぞったところで——


『ふふ、悩殺力は折り紙付きだよ?』


 ふいに、一緒に水着を買いに行ったときの(ゆう)先輩の言葉が蘇ってきて、ポッと頬が熱くなる。

 澪がもしこれを着てほしいとお願いしてくるなら、まず間違いなく先輩の入れ知恵だ。


「……ほんと、余計なことばっかり言って」

 

 そう言いながらも、なぜか怒りは湧いてこなかった。


『じゃあ、今回の海を、二人の関係を進めるターニングポイントにしちゃおっか!』


 あの言葉が、今になって胸に刺さってくる。


「別に、着るって決まったわけじゃないし……その先に進むとも限らないんだから」


 強がりながらそうつぶやいて、でも心のどこかでは期待してしまっている自分がいた。


(……もし澪が、そう言ってきたら——って、何考えてるのよっ)


 たぶん、これ以上ここに、この水着の前にいるべきじゃない。

 そう思って、階段を駆け降りたところで、玄関のチャイムが鳴った。


 インターホンに映った澪は、どこか覚悟を決めたような表情をしていた。

 ——ドクン。

 心臓が跳ねた。

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