第14話 小さなサプライズ
——翌朝。
カーテン越しに差し込む柔らかな日差しが、まぶたをじわりと照らす。
ベッドの中でぼんやりと瞬きをしていると、視界の端に、きらりと光るものが見えた。
(あ……)
枕元の小さな台に置かれていたのは、昨日澪がくれたブレスレット。
細くて、繊細で、でもきちんと主張のある、小さな輪。
そっと手に取って、試すように手首に嵌めてみる。
キラリと光る飾りが愛しい。
「つけていきたいけど……目立つわよね」
進学校ゆえに校風は緩く、咎められることはないが、絶対揶揄われるだろう。
注目の的になるのは、なんだか嫌だった。
私はそっとブレスレットを外して、柔らかい布にくるんで引き出しの奥にしまう。
(でも……本当は、ずっと身につけていたいくらい)
口元が緩むのを止められない。
けれど、その直後——昨日の出来事が一気に脳内を駆け巡った。
「っ〜〜!」
全身が熱くなる。
思わず布団の中に潜り込んで、枕に顔を押し付けて転がった。
(だ、だって……あんなに……な、何回もキスされてっ……その、さ、触りあって……!)
布団の中で何度もうめく。
叫びたいけど叫べない。恥ずかしいけど幸せ。
とにかく感情の渦に巻き込まれながら悶えていた、そのとき——
「……あっ、ヤバいっ!」
時計を見ると、澪が迎えに来る時間が迫っていた。
私は慌てて布団を跳ね除け、洗面台へとダッシュする。
顔を洗いながらも、頭の中は昨日の続きでいっぱい。
(バカバカ、私っ! 今はそんな場合じゃ——)
そのとき、チャイムの音が響いた。
「早くしないと——って、うそ、もうこんな時間⁉︎」
時計の針は、いつもの時間より明らかに遅い。
つまり、二人そろってギリギリの朝だったということ。
(もうっ、よりにもよってこういう日に限って……!)
寝癖を抑えつけるだけ抑えて、私は急いで玄関に走った。
——最近は自分でうまくセットできるようなっていたはずの澪の髪も、見事にハネていた。
「澪、寝坊したでしょ」
「夏希こそ、前髪跳ねてるぞ」
お互いに指摘し合って、一瞬だけ気まずくなる。
けれど、目が合った瞬間、ふっと笑ってしまった。
「とりあえず、走るぞっ」
「えぇ!」
二人並んで駆け出す。
澪の足音、私の足音、それがまるで同じテンポで響いていた。
そして——
駅の改札をくぐり抜けた瞬間、ホームから電車が動き出した。
「ま、間に合わなかった……」
「惜しかったな……」
息を切らしながら顔を見合わせて——同時に吹き出す。
「また走らなきゃね、今度は学校まで」
「あぁ。けど、あんまり嫌じゃないな」
「……そうね」
照れたように笑う澪に、私も口元をほころばせた。
息を整えるため、並んでホームのベンチに腰を下ろす。
そのとき、澪の視線が一瞬だけ、私の手首に向けられた……ような気がした。
勘違いだったかもしれないけど、不安になった。
「ねえ、澪」
声をかけると、彼はすぐにこちらを見てくれた。
「その……朝は、つけてたから」
「……うん?」
「ブレスレットよ。つけて行こうか迷ったんだけど……でも、みんなにはやし立てられるのが、ちょっとだけ嫌で……」
言い訳みたいに聞こえてないだろうかと不安で、どんどん声が小さくなってしまう。
でも、ここで終わらせちゃダメだ。
「嬉しかったのは、本当だから……。学校じゃない日には絶対つけるし、ちゃんと大事にするから」
言いたいことは言ったけど、ちゃんと伝えられている自信がなくて、瞳を伏せてしまう。
「わかってるよ」
少しの沈黙のあとに聞こえてきた澪の声は、とても優しかった。
顔を上げると、彼はいつものように、少し照れたような笑みを浮かべていた。
「俺も正直、つけてほしいなとも思ってたけど……でも、話題にされると、なんか価値が下がっちゃうような気もしてたからさ。もちろん、みんなにそんなつもりがないのはわかってるけど」
澪が苦笑しつつ、首の後ろに手をやる。
(澪も、同じだったんだ……)
胸に安心感が広がって、ホッと肩の力が抜けた。
澪がそれに、と続ける。
「夏希が喜んでくれてたのは……十分、伝わってるから」
「っ……!」
きっと、澪は安心させるために言ってくれたんだろう。
でも、否が応でも昨日のことが思い出されて、瞬く間に頬が熱を持った。
「……うん」
ただ恥ずかしくて、嬉しくて。
私はうつむいたまま、小さくうなずくことしかできなかった。
◇ ◇ ◇
サッカー部の練習がない日の、放課後。
「このあと、澪の家に行ってもいいかしら?」
帰り道を歩きながら、さりげなく尋ねる。
私から言い出すことは珍しいからか、澪はちょっと驚いたように目を見開いたけど、すぐに嬉しそうに笑ってうなずいた。
「あぁ。もちろん」
それだけで、胸がふわっと温かくなる。
でも、今日はそれだけじゃ終わらせない。ちょっとした作戦があるから、澪の家を指定したのだ。
「じゃあ、着替えてから行くわね」
「あぁ。ゆっくりでいいからな」
自然なやり取り。私が一度帰って着替えるのはいつものことだから、疑う余地はないだろう。
自宅に戻ると、制服を脱いでラフすぎない私服に着替えた。
そして、机の引き出しからブレスレットを取り出す。
(澪は、どんな顔をしてくれるかしら)
ワクワクしながらインターホンを押すと、澪はすぐに出迎えてくれた。
「えっと……さっきぶりね」
「っ……!」
わざとらしく手を振ってみせると、澪は驚いたように目を丸くした。
「あぁ、だからちょっとソワソワしてたのか……ありがとな、夏希」
「べ、別に。私がつけたいからつけてるだけよ」
強がってそう言ったけれど、サプライズが成功してうれしくて、ニヤけてしまう。
同じ空間にいるからと言って、いつも一緒に何かをしているわけじゃない。
私がスマホを見ているとき、澪はベッドで本を開いていた。
ふと、視線が自分の手首に落ちる。
キラリと光るブレスレット。指先でゆっくりとなぞる。
(……本当に、きれい)
この輝きが、澪の気持ち。
そう思っただけで、胸がぎゅっと締めつけられるような甘い幸福感がこみ上げてきて、気づけば微笑んでいた。
「——夏希」
ふいに名前を呼ばれた。
顔を上げた瞬間、澪の顔がぐっと近づいてきて——あっという間に、唇が重なった。
「んっ……⁉︎ ど、どうしたのよ、急に?」
「だって、あんな顔見せられたら……仕方ないだろ」
少しだけ頬を赤らめながら、澪はぎゅっと私を抱きしめ、再び唇を寄せてきた。
一度だけでなく、何度も。
「ん、んっ……」
(澪……っ)
まぶたを閉じて、目の前のシャツを掴む。
口づけを交わすたびに、胸の奥がとろけていくような、甘くて、切なくて、でも幸せな気持ちでいっぱいになる。
唇を離したあとも、澪はそのまま私を抱きしめていた。
腕の中からそっとうかがうと、どこか迷いがあるような表情だった。
(もしかしてっ……)
お腹に当たる硬い感覚に、一つの可能性が浮かんでしまう。
(って、なに変なこと考えてるのよ⁉︎)
胸がドクンと跳ねた。
思わず胸に顔を埋めると、澪がおずおずと切り出した。
「……あの、さ」
「……なによ?」
「また、前みたいなことしてほしいって言ったら……変、かな」
「な、何言ってるのよ……っ」
同じことを考えていたと悟られたくなくて、誤魔化すように言葉を返す。
けど、本当は嬉しかった。
(だって……)
前に私、調子に乗って煽っておいて、でも怖くなって……結局、最後まではしなかった。
呆れられてもおかしくないことをしたのに、こうしてまた求めてくれることが嬉しい。だから——
「そうだよな……ごめん、変なこと言って」
しゅんと項垂れる澪を、そっと見上げる。
「べ、別に拒否なんてしてないでしょ」
「……えっ?」
澪が目を瞬かせる。
私は顔を背けて、つぶやくように言った。
「澪がむっつりなことなんて、前から知ってるもの」
「な、夏希っ。それって……っ」
澪が息を呑んだ。
「それくらいいいわよ。——彼女、なんだから」
私は視線を逸らしたまま、そっと手を伸ばした。
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