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異世界ファンタジー(短編作品)

青い人魚との約束

作者: 相内 充希
掲載日:2022/04/29

今作はカクヨムの公式企画KAC2022でのお題、「出会いと別れ」用に書いたものです。

 丘の上で一心不乱に絵を描いていたコーディ・タッカーは、女の声にふと我に返った。


「春とはいえまだ冷えますよ」

「ああ、メルか」


 妻の姿を目にしてコーディが微笑むと、メルはかすかに苦笑する。

「何度も声をかけたんですよ」

「ああ、すまない。つい夢中になってしまった」


 そう言ってコーディが見せた絵には、一面の青、(あお)あお。微妙に色合いが違う青で、(そら)と海と、ほんの少しの大地が描かれていた。その奥に小さな影が見える。


「また人魚を描かれていたのですか」

「バレたか」

 まるでいたずらを見つかったかのようなコーディの笑顔に、メルはふふっと笑い返した。

 コーディの絵には必ずどこかに人魚がいる。だが知らないものが見れば、それは風景の一部にしか見えない程度のものだ。


「さあ、あなた。昼食にしましょう」

 妻に促され、コーディは食卓に向かった。今では二人で住む家にメイドはいない。家事一切を手掛ける妻が作った食事をとりながら、コーディはふと昔話をしたくなった。


「メル。僕はね、人魚に命を助けられたんだよ」


   ★


 コーディは三十年以上も昔、――十二歳の時に海で溺れたことがある。

 その頃は体が弱いことを理由に、二人の兄のように遊んだり学んだりすることができなかったコーディは、ある日、突発的に舟を漕いでみたのだ。


 当時はタッカーの祖父の別荘だったこの家から見えるすぐそこに、小さな島がある。その島も祖父のもので、釣り好きだった祖父が釣りのために小屋を作り、父や兄たちが時々遊びに行っていた。

 しかし末っ子のコーディは、幼いころに二度しか連れて行ってもらったことがなかった。


『日にあたりすぎれば熱を出すだろう。潮風にあたりすぎて風邪をひいたらどうする』

 母を早くに亡くしたため、母代わりだった祖母がそんな風に反対したためだ。


 その日は晴れ、穏やかな海だった。男達はそれぞれ出かけ、祖母は昼寝中。ただ一人のメイドも買い物にでかけていた午後。

 これなら島に行ける!

 なぜか自信満々にそう考えたコーディは小舟を出し、一人で海に漕ぎ出した。兄たちと同じように。


 思った以上に上手に舟を漕ぐことができ、無事小島にたどり着いた。息は切れ切れだったが、気分が高揚していたため疲れはなかった。


 幼い頃に来たきりの小屋でしばし過ごし、竿を一つ一つ手に取ったり、祖父が置いていたらしい書物を読んだりして過ごした。

 その小屋の奥には大きな女性の絵画がかけてあった。


「誰だろう。綺麗だな」


 引き寄せられるように近づいて見たものの、腰から下にシーツを巻いたように見えるモデルが裸婦だったため、なんとなくじろじろ見てはいけないような気がして離れる。それでも絵の女性の美しさはコーディの目にしっかり焼き付いた。


「そろそろ帰るか」


 時間にすれば二時間ほどだっただろう。

 まだ夕刻には間があるというのに、急に暗くなってきた空を見上げ、祖母に気づかれないうちに帰ることにした。

 コーディが再び小舟に乗ったときには、変に風が冷たく感じたが、浜までは大した距離ではないと漕ぎ出す。

 しかし、さほど進まないうちに強風にあおられ、舟が全く進まなくなった。焦れば焦るほどうまくいかず、ほどなく打ち付けるような雨が降って来る。

 だがこの時は、ずぶ濡れではまた祖母に叱られると、そんな心配しかしていなかった。自分にも兄たちと同じことができるんだと胸を張りたかったのに、熱でも出してしまえば台無しだと。


 その時だ。

 高い波にあおられ、舟がふわりと浮いた気がした。

 あっと思う間もなくコーディは海に投げ出され、瞬く間に体が沈んでいった。夢中でもがくも、まったく浮上できない。苦しくて意識が遠のきかけたとき、誰かが自分の腰に腕を回すのを感じた。うっすらと人影が見えたような気がしたところで、コーディは意識を失った。


 やがて浜辺に寝かされたことに気づき、うっすら目を開けると、髪の長い女の子がホッとしたようにかすかに微笑むのが見えた。

 そして、コーディの魂が一度肉体から離れかけたこと、だが少女の力で、かろうじて肉体と魂をつなぐ糸を結ぶことができたことを教えてくれる。その少し自慢げな様子がかわいらしく、コーディはつい微笑んだ。


「君の名前は?」

 吐息のような呼びかけに少女が少しためらいつつも、そっと名前を教えてくれた。

「リテーニア。でもこれは誰にも言ってはダメよ。もし言ったら、せっかく繋いだ糸が切れちゃうもの」

 ぷくっと膨れたリテーニアに、コーディは「わかった。誰にも言わない」と約束した。いつの間にか晴れた空に、彼女の青い髪と碧い目が強く印象に残った。


 

 次に目が覚めた時は自分の部屋だった。

 家族の話によると、奇跡的に浜辺に打ち上げられたコーディを、運転手のエルマーに発見されたらしい。

 あの時屋敷は大騒ぎだったと、後に父からきつく叱られた。


(あれは夢だったのか)

 そう思いコーディはがっかりしていた。しかし、

「きっと人魚が助けてくれたんだな」

 そう言ったのは祖父だ。


 この土地には昔から人魚の伝説がある。小屋にあった裸婦像も人魚の絵だったそうだ。


 遠い遠い昔、けがをした人魚を見つけた男がいた。とても海に帰れる状態ではなかった人魚を、男は手厚く看護した。男に感謝した人魚は海の王に祈って人の姿になり、男の妻になったという。

 人魚は王の末の娘だったそうで、その子孫が住むこの町を、今も人魚が守ってくれている。そんな伝説だ。子供ならだれもが知っている、おとぎ話の舞台がここなのだと。


「まあ、その先祖がうちの爺さんの爺さんの、そのまた爺さんらしいんだけどな」


 かかと笑った祖父の話を誰も信じはしなかった。

 コーディも、小屋で見た絵とおとぎ話が混ざって、あんな夢を見たのだろうと思った。それでも少し前から趣味で始めていた絵に、こっそり人魚を入れるようになった。あの夢を忘れたくない。そんな願いを込めた、おまじないのようなものだったのだと思う。



 翌年、コーディはこの町の山中にある寄宿学校に入学した。空気がいいのと、その学校で教師をしていた父の友人が、「彼にはきっとあうから」と勧めてくれたからだ。

 実際入学すると、山での生活は存外コーディにあっていたらしい。

 最初は体がつらいこともあったが、徐々に慣れ、気づくと寝込むことが皆無になった。


 メルが屋敷にやってきたのはそんな時だ。


 コーディは覚えていなかったが、メルは遠縁の娘で、小さい頃何度か会ったことがあるという。

 彼女の父親が仕事で外国に行ってしまい、母親もそれについていったため、しばらくコーディの祖父母が預かることになったのだそうだ。

 メルには馴染みの土地のほうがよかろうと、別荘だったこの屋敷に祖父母が移り住んだのはそれがきっかけだった。


 ずっと娘が欲しかった祖母は大変喜び、メルを可愛がった。おかげでコーディへの干渉がほぼなくなったほどだ。

 メルも祖父母に大変懐いた。


 休暇で祖父母のもとを訪れるコーディが、そんな彼女と仲良くなったのは当然だっただろう。

 兄妹のように育ち、やがて淡い恋心を抱いた。


 彼女の両親が外国に定住を決めたと聞き、コーディが思い切って結婚を申し込んだとき、一番喜んだのは祖母だ。祖母は、コーディが健康になったのはメルのおかげだと信じていた。

 コーディの求婚に頷いてくれたメルは、祖母のもとで花嫁修業をすると言って、ここに残ってくれたのだ。


 時が流れ、二人が結婚し、祖父からこの屋敷をもらい受けた。

 二人の男の子にも恵まれ、やがて末の子も巣立ち、今年から二人での生活になった。


   ★


 黙ってコーディの話を聞いてくれるメルに目を向け、少しだけ白髪が混じった彼女の黒髪にそっと手を伸ばす。


「あの時人魚に助けてもらえたから、今こうして君といることができるんだな」

「夢だったのでしょう?」

 からかうような口調に、ふいに否定したのはほんのいたずら心だ。

「子供のころは夢だったようにも考えたけど、今では違うと知ってるんだよ」

 なんてね。


 そんな軽い冗談だったのに、妻が苦笑するのが面白くなくてつい冗談だと言えなくなった。妙にムキになってしまったのは、窓の向こうに見える空の色が、あの日の色に似ていたからだろうか。


 妻が食器を片付けようと立ち上がるのを引き留める。


「だって僕は、彼女の名前を覚えてるんだ」

「それは言ってはいけないのではなくて?」

 しっかり彼の話を覚えてくれている妻に満足し、コーディはにっこり笑った。

「うん、本当ならね。でも夢だから」

 なら言っても構わないだろう?


 だから妻が遮ろうとするのを笑ってかわし、彼女の名前を口にした。

 瞬間、目の前が暗転した――――。




 泣いているような妻の声が聞こえる。

 目を開くと、コーディの手を握りしめ、何度も夫の名を口にしながら涙で濡れたメルの顔が見えた。

「メル?」

 いつもとは違う様子に首を傾げ、やがて彼女の黒い髪と茶色の目が、今はどちらも青く変わっていることに気づいた。


「だから言ってはダメだと言ったのに」

 リテーニア!


 メルがあの時の少女だったと気づき、呆然とする。

 ゆっくり起き上がって彼女を見て見れば、二本の足が魚の尾のように変わっているのが目に入った。


「なぜ」


 混乱するコーディに、彼の遠縁であるメルも人魚の子孫であり、先祖返りをしていることを泣きながら教えてくれた。海と陸で半々に暮らしていたメルは、大きくなるにつれて人魚の血が濃くなる。

 両親はそんな娘を気味悪がり、人魚に娘を預けるようになった。

 人魚の名をもらったメルは、海で生きていくつもりだったのだ。


「でも貴方を助け、どうしても気になって人に戻してもらったわ。多分あの日、私は貴方に恋をしたの」

 近くで監視してるだけ。そう言い訳しながら過ごした日々。

「幸せだったわ」

 泣きながら笑った妻は、命の糸を切りかけたコーディを救うため、自分が人であることを捨てた。


 海に戻れば勝手な力を使った罰を受けることになり、もう地上に上がることができない。二度と夫にも子供にも会うことはできない。それでも……。


「ねえ、あなた。愛しているわ。ずっと……ずっと。子供たちにも愛していると伝えて。二度と会えなくても、ずっと見守っているから」


 金縛りにあって動けないコーディに別れと愛を告げると、青い人魚は海へと帰ってしまう。

 そして二度と、会うことはなかった――――。


Fin

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ほんのいたずら心が全てをぶち壊すことはよくありますよね。 [一言]  でもまぁ、数十年幸せだったんだからいいよね。  …考えてみれば、コーディが死んだ方が子供への説明は楽だったなぁ(^^…
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