魔女の娘と共に街を歩く ⑤
街に父親がいるかもしれないとレモニーフィアは想像しているようだ。それに対して店主は「まさか……」といった表情だ。
それだけ店主にとっては『魔女』が街の人間と夜を共にすると思えなかったのかもしれない。
……でもまぁ、姿を自由自在に変えられる『魔女』の一面しか店主も知らないだろうけれど。
正直俺もレモニーフィアが違う姿をしていたら全く分からないだろうしな。あ、でも声とかは一緒か。それならばすぐに分かるかもしれない。ああ、でもどうなんだろう? 声が同じでも姿かたちが全く違ったら流石に他人の空似だとそう思うのだろうか?
それともファンタズーアスだと、声を変えれる人もいたりするのだろうか?
もっとレモニーフィアに色々と聞いてみたら面白い鴨なんて思う。ただもちろん、レモニーフィアの嫌がらない範囲でだけど。
「そうか、君の父親が……」
ショックを受けた様子の店主を、レモニーフィアは少し不思議そうに見ている。レモニーフィアは俺達よりも年下で、そういう恋愛感情とかに疎いのかもしれない。全然気づいた様子がない。
「残念ながら私はその父親のことを知らないよ。彼女が気まぐれにこちらにやってきた時しか交流はなかったからね……。私は、その情報を話してもらえないほど、信頼されていなかったのだね」
少し寂しそうに笑う店主。レモニーフィアは何といっていいか分からないような表情だ。
「え、えっと、私の父親についてのことを知らないのは分かりましたが、お母さんがこの店にやってきた時どうしていたかとか、そういう些細なことでも構わないのでもっと教えてもらえませんか」
レモニーフィアがそう告げると、店主は頷く。
そこからは思い出話に花を咲かせていた。
店主も魔女のことを話すのが楽しいのだろうというのはよく分かる。
レモニーフィアは種族的なことも含めて全て店主に語ることはしない。それでいてその存在がこの街で噂になっている魔女だということも伝えるわけにはいかないだろう。店主はレモニーフィアの母親が魔女だとはまさか思っていないだろうし。
亡くなった人に関する話は、懐かしいものだよな。
俺とネノも、亡くなったそれぞれの両親についてたまに話したりする。
誰かが亡くなるということは、永遠の別れで寂しいことだ。二度と姿を見ることが出来ず、声も聞くことが出来なくなる。
魔女はレモニーフィアにとっても、店主にとっても大切な存在だったのだろうなと分かる。俺もネノも寿命を迎えたら死を迎えるわけだけど……それ以外の別れは嫌だなとそんな風に思う。
予期せぬ別れなんてものが起こったら、俺はどうなるだろうか? すぐにはきっと受け入れられないだろう。
俺もネノも一般的に比べると強さはあるけれど、何があるかは分からないからその辺は考えておかないと。
「そうだ。彼女のことだが、確か……」
店主はそう言って、一旦後ろへと下がっていく。何かしら思い出したことがあったのだろう。店主が下がるのを見届け何か考えるような表情をしている。
「何か不安事でもあるのか?」
「んー。そうではないですけれど、私の父親って誰なのかなと思って。……お母さんは様々な姿を持っていたから、どういう姿であっていたかもわからないし。……見つかるかなって思って」
レモニーフィアは色んなことを考えているようだ。
自分の父親が見つかるのならば、見つけたいとやっぱりそういう気持ちが強いのだろうとも思う。
「見つからなかったらそれはそれじゃないか。見つかったら運が良いことぐらいの感覚で考えていた方がきっと楽だと思うぞ」
結局期待したところで、上手くいかなければ後からがっかりしてしまう。正直レモニーフィアの母親は沢山の姿を持っているため、結局父親が見つからない可能性も高いだろう。レモニーフィアの知っている姿じゃない姿で、その相手とあっていた可能性もあるだろうし。
俺の言葉を聞いて、レモニーフィアは笑った。
「それもそうですね…。なら、そういうつもりでいます。それにしてもお母さんに纏わることってなんだろう……?」
レモニーフィアがそう言いながら待っていると、店主が戻ってきた。
そして店主は手に一つの箱を持っていた。
「これは……?」
「彼女が昔、残していったものなんだ。私には開けられないし、どういう意味を持つものかは分からない。もしかしたら……ただの気まぐれで残していったものかもしれない。だから君が欲しがっているものとは違うかもしれないが……」
その小さな箱の中身は店主にも分からないもののようだ。というか、忘れかけていたもののようなので随分昔にもらったものなのかもしれない。
「これを、もらっても……?」
「ああ。構わないよ。娘である君が持っているべきものだろう」
「ありがとうございます!!」
レモニーフィアは嬉しそうに微笑んで、その箱を受け取っていた。店主は開けられないと言っていたけれど、開けることが出来るのだろうか。
それから俺達はその店を後にするのだった。




