ツアーの開催とパーティーの準備 ⑤
「ええっと、レオニードさん」
「なんですか?」
ネノがその場から去った後、ダミニッテさんが話しかけてくる。
「街で、噂が色々広まってます。その……私のように勘違いして突撃する者も少なくないかもしれません」
「具体的にどういった噂が?」
「『勇者』様は成し遂げなければならない使命があり、そのためにダンジョン内で宿を経営している。それでいて平民の夫がいるのはその偉業をなすためのカモフラージュだろうとのこと。寧ろ『勇者』の夫である……そのレオニードさんはそれの足を引っ張っているといったものでした」
なんだか本当に好き勝手言われているらしい。
……というか、そういう噂をメルがきいたら全員黙らせてそうな気がする。今、メルは街に飛び出しているわけだけど、なんか上で騒動起こしているかもなぁと思った。
メルが戻ってきたらそのあたりは確認しておこう。
それにしても俺の悪評を流すのってネノを敵に回す行為だと分かっていないのだろうか? ネノは周りにそこまで関心はないけれど、大切にしているものはとことん大切にしている。だから、それに何かあるのならばネノは怒る。
「前にここで働きたいと言ってきた人たちがいました。その人たちがおそらくそういう噂を流したのだとは思います。というか、ネノは嫌なことをそのまま放置なんてしません。嫌な状況だったらそれをすぐに変えていくでしょう。……ダミニッテさんもですけど、ネノってそんなにやられっぱなしに見えますか?」
「い、いえ……。『勇者』様がやられっぱなしに見えるというのではなく、その……女神様からの何か重要な任務があり、そのために我慢されているのではないかと思っているのだと思います。私も……『勇者』様は責任感の強い方だからこそ、そうなのではないかと思っていたので」
「ネノは女神様から何か言われたから、必ずそれをしようとはしないですよ。それがネノにとって望ましくないことだったら、ネノは女神様からの頼みだろうとも断ります。ネノが『勇者』としての責務を半年で終わらせたことで周りは勘違いしているかもしれないですけど、ネノが急いで『魔王』を討伐したのは、俺の元へ帰ってくるためです。早く終わらせるって言ってましたから。だから時間をかけるようなことはしなかったと思います」
ネノはたった半年で『魔王』を倒した『勇者』だ。
だからこそ、責任感が強いだとか、女神の言うことをなんでも聞くだとか、そういう思考に陥っているらしい。というか、そういう『勇者』を周りは思い描いているようだ。
というか女神に対する信仰心はそれなりにあるとはいえ、もしネノにとって辛いことを強要するのならば俺は相手が女神であろうとも許さない。
それが例え、ネノに『勇者』の力を与えたヒアネシア様であろうともだ。
それはネノだってそうだと思う。もし女神が俺と離れることや俺を傷つけるようなことを行ったならば、ネノは『勇者』であろうとも女神に反旗を翻すだろう。
そのあたり、やっぱり周りはネノのことをよく理解出来ていないのだと改めて思った。
「……そうですか。私は『勇者』様に憧れていますが、『勇者』様のことを理解は全然出来ていなかったのですね」
「理解出来たならこれからネノを嫌な気持ちにさせないようにすればいいと思います。人によっては幾ら俺やネノが言っても理解しない人たちもいますから。上で、噂を流しているのはそういう人たちです」
俺がそう言ったらダミニッテさんは頷くのだった。
「レオニードさん、私も宿に泊まることは出来ますか? 『勇者』様のお手伝いは断られてしまいましたが、泊まりたいです」
「客室は空いているので、お金を払ってくれるのならば問題ないです。ただもうしばらくしたらツアー客が来るので、その間は難しいです」
ツアー客が来る間は、少なくとも他の客は入れにくい。人数を厳選しているとはいえ、一般の冒険者の客間で入れるとオーバーしてしまう。
俺の言葉にダミニッテさんは頷いてくれたので、ツアー客が来るまでの間、ダミニッテさんは宿に泊まることになった。
メルがツアー客を連れてくるまでの間、ダミニッテさんは一生懸命ネノに話しかけていたのだった。
――そしてそれから数日後、ようやくメルがツアー客を宿へと連れてきた。
「レオ様、ネノ様、ただいまー!」
「おかえり。少し時間かかったけど、大丈夫?」
「うん。全然大丈夫! この人間たち、皆、ダンジョン初めてなんだって! だから冒険者たちの助言も聞いて面白そうなもの見ながら帰ってきたんだよ。ちゃんと誰も怪我もしてないし、死んでないよ!!」
ネノの問いかけに、メルは元気よくそんな返事をする。
ツアー客の中には子供もいるわけだが、その子供はメルをキラキラした目で見ていた。……何かやったのだろうか?
「『勇者』様、メル君凄いんだよ! 魔物を吹き飛ばしてた! 僕もいつかできるようになるかな!!」
その子供は嬉しそうにそう言っていて、どうやら魔物を倒したメルに憧れでも抱いているようだ。
あとツアー客の中には移動で疲れ切っている風な人もいたので、早速俺は部屋へと案内するのだった。




