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何もないところから突然湧いて出るように現れたのは、小柄な金髪の少女。
彼女はニヤニヤと笑いながら、こう言った。
「清楚で美人な優等生お嬢様の正体が、こんなとんでもないド変態だと知ったら、皆ビックリするでしょうねぇ」
彼女の名はリリィ。その正体は悪魔である。
「そうかもしれないわね」
冷めた声でそう言うと、由利香はクローゼットを閉めた。
それから、ベッドの上に放置していたハンカチを丁寧に畳む。その間、リリィとは一切目を合わさない。
「今日もたくさん能力を使ったみたいね。代償はキチンと払ってもらうわよ。……もちろん、カ・ラ・ダで♡」
はぁ、と短くため息をつく由利香。
彼女は欲望を満たすため、日頃から悪魔の力を借りているのだった。
本日分の対価を支払う時間がやって来た。
それは一般的に快楽を伴うものであったが、由利香にとっては必ずしもそうではない。むしろ、面倒な作業のようなものであった。
「わかっているわ。やるなら早くして」
「もぉ、そんなムードじゃイマイチ盛り上がらないじゃない。もっとさぁ、恥じらいとか悦びとか表現できないわけ?」
「できないわ。だって、私が愛しているのは紗友里ちゃんだけだもの。あなたと契約したのは、紗友里ちゃんが目当てだからよ」
「はいはい。どうせ、あたしは永遠の二番手ですよぉ」
頬を膨らませるリリィ。
それから、おどけた顔と声でケラケラ笑った。
「どうしたの? 何か言いたいことでもあるの?」
由利香はリリィに問いかける。
「アンタ、いつも滅茶苦茶なことばかりするわよね。今日も全部観察させてもらったけど、あまりにも大胆だったから、見ているこっちがヒヤヒヤしちゃったじゃないの」
「問題ないわ。紗友里ちゃんの記憶は後でちゃんと消したもの。本人は何も覚えていないわ」
「確証はあるの?」
「どういう意味かしら」
「紗友里の記憶が消えている証拠はあるのかって聞いてるのよ」
「証拠なんてないわ。確かめようがないもの。でも、紗友里ちゃんは何も覚えていない様子だった」
記憶を消した後、紗友里の様子はいつも通りだった。ジェットコースターで彼女にイタズラをしたことやトイレでの出来事などを覚えているはずがない。
「もしも全部覚えていたら、どうする? アンタはいつも、紗友里とエッチなことをした後、彼女の記憶を消して全部チャラにしたつもりになっているけど、ちゃんと消えてないかもしれないわよ。あの子は覚えていないフリをしているだけだったりして」
ここでリリィは意味深なことを言い出す。
「そんなことをする理由がわからないわ。もしも記憶が残っていたのなら、きっと私に問い詰めてくるはずよ」
「甘いわね、アンタ。紗友里のこと、全然わかってないんじゃないの?」
リリィの言葉で由利香はカチンときた。
紗友里のことは自分がこの世で一番理解していると思っているからだ。
彼女は引っ込み思案で怖がりだが、人が嫌がることは絶対にしない心優しい女の子だ。他人を騙したり、嘘をつくこともできない性格なのだ。記憶が消えたフリをするほどの器用さを持ち合わせていないことは明白だった。
「あなたの方こそ、紗友里ちゃんの何を知っているのかしら?」
ついムキになって言い返す。
普段の由利香は温厚で言い争いなどしないタイプだが、紗友里のこととなると話は別だ。簡単には引き下がれない。
「紗友里はアンタが思っているより強い子よ。愛のために自分の意志を最後まで貫く覚悟を持っているもの」
「愛……?」
「そう。アンタへの愛」
由利香は黙り込んだ。
紗友里が自分を愛してくれている?
確かにそんな気がしないこともない。彼女の態度は明らかに由利香への好意に満ちているからだ。
「アンタが初めて部室で紗友里を押し倒した時、あの子は抵抗しなかったでしょ?」
「そうだったわね。少し驚いたわ」
「アンタのことが好きだから、紗友里は黙って受け入れたのよ」
「まさか……」
矛盾はしていない。好きでもない相手に無理矢理あんなことをされたら、誰だって嫌がるはずだ。しかし、紗友里は何もしなかった。
由利香は複雑な気分になる。
紗友里への愛を暴走させる自分の姿が、彼女の目にはどのように映っているのか、ずっと気がかりだった。はしたないことをしていると思いつつ、欲望のままに紗友里を弄ぶ自分が嫌いになりかけていた。しかし、紗友里は少しも嫌がる素振りを見せなかった。
お仕置きの時もそうだ。紗友里の尻を叩きながら、由利香は愉悦に浸っていた。自分の性癖を抑えることができず、後で猛省する羽目になったが、そもそもお仕置きを求めてきたのは紗友里の方である。彼女は自ら進んで尻を突き出したのだ。
もし、リリィの言うことが正しいと仮定すれば、すべての辻褄が合う。
紗友里は由利香を愛している。だから、由利香に何をされても抵抗せず、喜んで受け入れた。その時の記憶が残っていても、文句を言わずに黙っているのは、それが嫌な記憶ではなかったから……と説明づけることも可能だ。
「つまり、アンタたちはとっくに両想いだったってわけ。よかったわね、由利香」
紗友里と両想い。
それが本当なら、どれだけ嬉しいことか。
そして、どれだけ辛く、切ないことか。
由利香は途方に暮れるのだった。
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