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「それでは出発です! 行ってらっしゃーい!」
係員の合図でコースターがゆっくりと動き出す。
ガコンガコンと音を立てながら、コースの頂上を目指して昇っていく。
ここで私はある違和感を覚えた。
今日ジェットコースターに乗るのは最初であるはずなのに、さっきもこの光景を見たような気がしたからだ。
いや、そんなはずはない。これが正真正銘の一回目だ。
いわゆるデジャブというものだろう。このような現象はたまに起こる。あまり深く考えないようにしよう。
急降下に備えて私は身構えた。こういう時は思い切り叫んだ方が楽しいのかもしれないけど、宮園さんの隣ではしゃぐのは恥ずかしい。
最も高い所までやって来た。これから私たちは真っ逆さまに落ちる。
来る……。うう、やっぱり恐い。
緊張が走る。肩に力が入った。
これから訪れる恐怖に耐えられるだろうか。
ここで再び不思議な感覚に襲われた。
私はさっきも、こうして落下の瞬間をドキドキしながら待っていたような……。
そしてこの後、ジェットコースターが止まってしまうのではないかという予感がした。
何となく……である。特に根拠はない。
ガチャン!
予感は的中した。
車両が落下の寸前に緊急停止したのである。
「止まったわね。何が起こったのかしら」
宮園さんが問いかけてくる。
「トラブルかもしれない」
今のは何だったんだろう?
どうして私は車両が停止するとわかったのだろうか。
乗客たちがざわつく。突然の事態に動揺を隠せない様子だ。
それに対して、私は割りと落ち着いていた。
宮園さんも慌てることはなかった。いつものように冷静だ。
「恐くないわ。二人一緒だもの」
私の右手の甲に手を添えながら宮園さんが言った。
「う、うん」
再び謎の既視感を覚える私。
似たようなことが前にもあったのでは?
「恐がらなくても平気よ。きっと助かるわ」
彼女は私を気遣う言葉をかけてくれた。
こんな状況でも気配りができるのは立派だと思う。
「ところで確認なのだけど、月曜日のお夕飯はハンバーグでいいかしら」
いきなり話題を変えてくる宮園さん。
明後日のお泊りの件について言っているようだ。
「うん。ハンバーグ好きだよ」
「じゃあ、決まりね。それから、お夕飯の後はトランプと双六をしましょう」
「オセロはないの?」
「あるわよ。それもしましょうか」
「そうだね」
なぜ私はオセロが宮園さんの家にあるかどうか尋ねたのだろう?
別にオセロがやりたくて仕方がなかったわけではない。ただ気になったのである。
「その後はお風呂ね。松浪さんの身体、私が洗ってあげるわ」
「ええっ? それはいいよ。自分で洗うから……」
「裸の付き合いも大切よ?」
「でも……。普通に恥ずかしいし……」
なぜか宮園さんは私の裸を見たがっている。
私も彼女の裸が見たい。しかし、そんなことを正直に言えるはずもない。
宮園さんとお風呂。
断りたいけど、断りたくない。
こんな感情を抱くのも初めてではない気がする。
前にも彼女と同じやり取りをしていたのではないか。いや、そんなまさか。
『お客様にお知らせいたします。当ジェットコースターはシステム異常のため緊急停止しております。ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませんが、再開まで少々お待ちください』
アナウンスが流れてきた。
車両がストップしたのは、やはり異常事態が発生したからだった。
「宮園さん」
「何かしら?」
「やっぱり身体洗ってもらっていいかな?」
「ええ、もちろん」
「その代わり、宮園さんの身体は私が洗うね」
「まぁ。嬉しいわ」
変なことは考えない。友達として裸の付き合いをするだけだ。
ただ彼女と仲を深めるために身体を洗いっこするのである。いやらしい願望は捨てよう。
私は宮園さんが望むことは何でもしたい。
彼女が私とお風呂に入りたいと言ったので、それに応じることにしたのだ。
「寝る時は私と同じベッドでもいいかしら?」
「大丈夫だよ」
「私、寝惚けて松浪さんのこと抱き枕にしちゃうかもしれないわ」
「全然平気だよ」
抱き枕でもサンドバッグでも構わない。
宮園さんが私を求めてくれることが幸せなのだ。
「楽しみね。明後日が待ちきれないわ」
宮園さんが喜んでくれている。
ああ、よかった。
私はね、その顔が見たかったんだよ。
私が生きる理由は宮園さんである。宮園さんがいなければ生きる意味はない。
また、彼女のおかげで私は自分の存在意義を見出すことができた。
これまで私は自分には生きる価値がないと思っていた。何の取柄もない、ダメダメな人間の自分は誰にも必要とされることはない。そう感じながら生きてきたのである。
だけど、宮園さんは私を求めている。彼女にとって私は価値がある存在なのだと気づいた。彼女が私に何かを要求してくる度に、それに応えてあげたいと思うようになったのだ。
宮園さんが存在する限り、私も生き続ける。
彼女に「いらない」と言われる日まで、とことん彼女に尽くそう。
これが私の愛である。
「この後、もう一回コーヒーカップに乗りたいわ。どれだけ速く回転できるか挑戦してみたいの」
「うん、いいよ」
とことん付き合おう。
たとえ、どんな要求であったとしても。
私は宮園さんの左肩にもたれかかった。
彼女は私を黙って受け入れてくれた。
ジェットコースターはまだ動かないが、しばらくこのままでいいかなと思った。
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