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私と宮園さんは姫山駅から電車に乗って二つ隣の駅に移動した。
そこから遊園地までは直通のバスで向かうことになる。
駅前のロータリーからバスに乗り込む。
すでに車内は遊園地へ向かう乗客で混雑していた。
家族連れや学生のグループ、カップルなどで席が埋まっている。よって、私たちは吊革に掴まって立つしかなかった。
満員の客を乗せてバスがゆっくりと発進する。ロータリーを抜けると徐々にスピードを上げていった。
交差点に差し掛かった時だった。カーブの際に車体が揺れ、私は体勢を崩した。
転倒こそしなかったものの、右隣の宮園さんに少しだけ寄りかかってしまった。
「ごめんなさい」
「ううん。大丈夫よ」
背が低い私は腕を高く伸ばさなければ吊革に手が届かない。今も何とかギリギリ掴んでいる状態だった。これではバランスを取り続けるのは厳しい。
座席の側面にも手で掴める出っ張りが付いているのだが、それはすでに他の乗客が握っていた。そのため、頭上の吊革以外に頼れるものはない。
悪戦苦闘する私の姿を見て、宮園さんは言った。
「ここに掴まって。はい」
彼女は左腕を差し出す。
腰に手を当て、腕と脇腹の隙間に小さな輪っかを作ってくれた。
宮園さんは気が利いて優しい人である。それは私が彼女を好いている理由の一つだった。
「ありがと」
私は気恥ずかしさを感じつつも、お言葉に甘えることにした。
彼女の優しさが嬉しかったのだ。それを無下にするわけにはいかない。
右手でキュッと宮園さんの白くて細い腕を握る。
柔らかくて滑らかな感触がした。
普段は彼女の身体に触れたくてもなかなか触れられない。そのため、今の状況は何だか得をしたような気分になる。
ちょうどいい高さに「手摺」ができたおかげで、私は安定して立てるようになった。これならフラフラすることもないだろう。
ここで私は欲が出てきてしまった。宮園さんの腕をただ普通に手で掴むだけでなく、コアラのように腕にしがみついてみたいと思ったのだ。
『それいいですね。やっちゃいましょう』
脳内にユリエルさんの声が響いた。彼女は私の思考を読んでいる。
「合法的」に宮園さんに抱き着くチャンスは滅多にない。
この状況を利用しなければ、後悔することになるかもしれない。
私は思い切って宮園さんの左腕に自分の両腕を絡めた。
そのままピッタリと彼女に身体を寄せ付け、姿勢をキープする。
やっちゃった……。
私は今、宮園さんに抱き着いてる。
こんなに身体を密着させるなんて、恥ずかしくて頭がどうにかなってしまいそうだ。それなのに、快感が全然止まらない。
『と、尊い……! ユリエルは眼福です』
ユリエルさんも満足しているようだ。別に彼女を楽しませるために、こういうことをしているわけではないのだが、気に入ってもらえたなら何よりだ。
一方、肝心の宮園さんは何も言ってこない。
しがみつく私を拒絶する様子はなかった。かといって、喜んでいるようにも見えないし、恥ずかしがっている素振りも見せない。
彼女は何も感じておらず、私だけがドキドキしているのだろうか。
そうだとしたら、一人で勝手に舞い上がってる自分が馬鹿らしく思えてくる。
どさくさに紛れて宮園さんに密着してみたものの、当の本人がノーリアクションだと、それはそれで寂しいものだ。彼女には私のことを少しくらい意識してほしかった。
もし立場が逆だったら……。宮園さんの方から身体を押し付けてきたら、私はきっと顔を真っ赤にしていただろう。冷静ではいられなかったはずだ。
チラリと宮園さんの表情を伺う。彼女は澄ました顔で窓の外を流れる景色を眺めていた。私のことなど微塵も気に留めていないようだ。
悲しい。すごく残念である。
私はドキドキしてるのに、宮園さんは何も感じていないんだね。
さっき、時計台の前で宮園さんの左胸を半ば強引に触らされた。彼女の胸の鼓動は速くなっていた。彼女もまた、初めてのお出かけで緊張しているのだと言っていた。
あれは嘘だったの? 私に気を使ってくれていただけなの?
そんなことはないと思いたい。宮園さんは優しい人だけど、私を慰めるために安直な嘘をついたりはしない。いつだって彼女は本当のことしか言わないし、本音と客観的事実だけで私を慰めてくれるはずなんだ。どうかそうであってほしい。そうであってくれないと困る。
宮園さんはどこまでも純粋で、誰よりも綺麗なんだ。
ああ、私はどうしてこんなにワガママなんだろう。自分の勝手な理想を押し付けているだけではないか。彼女の人間性がすべて自分の思い描いた通りであるはずがないのに。
ますます自分が嫌いになる。宮園さんを神格化するのはやめよう。いくら好きだからといって、彼女に完璧を求めてはいけない。そもそも完全無欠などあり得ないのだ。
宮園さんだって人間だ。嘘の一つや二つくらいついたりするはず。隠しごとや秘めごとを抱えていても何ら不思議ではない。私の方こそ、人には言えないことがたくさんあるんだし。ユリエルさんには全部知られちゃってるけど……。
「松浪さん」
静かな声で宮園さんが言う。
「……はい」
「私、本当に嬉しかったのよ」
「何のこと?」
「松浪さんが私を遊園地に誘ってくれたこと。せっかくのペアチケットなのに、大切な人と行かなくてよかったの?」
宮園さん以上に大切な人なんていない。
私は彼女と行くことしか考えていなかった。
「他に誘う人、いなかったから」
「じゃあ、私を選んでくれたのは消去法?」
「そういうわけじゃ……」
私は返事に迷う。ここはどう説明すればいいのか。
「ごめんなさい。意地悪な質問だったわね。今のは忘れて」
「……うん」
この質問に対する答えは明白だ。
宮園さんを誘ったのは、彼女が唯一にして最高の友達だからである。
それを素直に言えたらいいのだが、そんなことを伝えたら引かれるかもしれない。だから、言えない。
「許さないから」
「え?」
「私以外の人とは仲良くしちゃダメよ。松浪さんは私だけと仲良くしていればいいの。他の誰かと遊んだら、絶対に許さない」
「宮園さん……?」
怖い。急にどうしたの?
様子が変だよ。何でそんなに怒ってるの?
私、何か悪いことしたかな?
「ふふっ……。ふふふ」
かと思えば、今度は突然笑い出す宮園さん。
ますます私は混乱する。
「えっと……」
「冗談よ。松浪さん、何でも真に受けちゃうみたいだから、面白くてつい」
冗談?
もしかして、私を揶揄っていただけなの?
宮園さんが怒ってなくて安心した。
けど、そんなの酷いよ。本気でビックリしちゃったよ。冗談に聞こえなかったんだもん。
「もぉ~!」
「ごめんなさい。怒ってる顔の松浪さんも可愛いわ」
可愛いと言われ、私はまた恥ずかしくなった。
宮園さんも嘘をつくことはある。でも、別にいいじゃないか。
彼女の嘘は悪意によるものではないとわかっているから。
宮園さんは私だけの宮園さんだ。
そして、私は宮園さんだけの私だ。
その事実さえあれば、他には何もいらない。そう思った。
「今日は楽しみましょうね」
「うん」
そうこうしているうちにバスは遊園地に着いた。
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