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風を切りながら猛スピードで空を進んでいく。私は振り落とされないように必死になってユリエルさんにしがみついた。
あっという間に駅が近づいてきた。これなら自転車で行くよりもずっと早く着きそうだ。空を飛べるのって本当に便利だなぁ。
そうだ。これからも学校に遅刻しそうになった時はユリエルさんに乗せてもらおうかな。
「私はタクシーじゃありません。今回は特別ですからね」
「えへへ、ごめん」
人通りが少ない駅の裏側で降りよう。いきなり空から人が降りてきたら、皆がビックリするだろう。私の姿は誰にも見られてはいけない。
「ここでいいですか?」
「うん」
駐輪所の裏に着陸する。ちょうど駅舎が死角になっている場所だった。
幸いなことに目撃者はいないようだ。特に騒ぎも起こっていない。
私とユリエルさんは何事もなかったかのように人前に出てきた。
「ありがとね、ユリエルさん。大変だったでしょ。大丈夫?」
「問題ありません。それより待ち合わせ場所へ急ぎましょう。すでに宮園さんが待っているかもしれません」
駆け足で姫山駅前の広場へ向かう。
私は宮園さんと時計台の付近で会う約束をしていた。
現在の時刻は八時五十分。
本当なら三十分前くらいに着いている予定だったが、かなり遅くなってしまった。
「あっ。あれは……」
時計台のすぐ下に紺色のワンピースを着た女性の後ろ姿があった。
長い黒髪。半袖から伸びる腕の白い肌。モデルのような体型。
背筋は真っすぐで、とても美しい立ち姿だった。
「宮園さんっ」
少し離れた距離から名前を呼ぶと、その人はゆっくりとこちらに振り向いた。
彼女は私の顔を見ると、パッと笑顔を咲かせるのだった。
私は宮園さんのところへ急いで駆け寄る。
「おはよう松浪さん」
「おはようっ……。ごめんね、待った?」
「いいえ。ついさっき来たばかりよ」
両手を膝に置いて前屈みになりながら息を整える。
少し走っただけなのに呼吸が乱れていた。運動不足かもしれない。
顔を上げ、改めて宮園さんの姿を眺める。
初めて見る私服姿。宮園さんらしく清楚かつ可愛らしいワンピースだった。
「可愛い……」
私は思わず感想を呟いた。
「ありがとう。松浪さんの格好も素敵よ。すごく似合ってるわ」
宮園さんが褒めてくれた。
頭にボッと火が付いたような感覚がした。
服のチョイスは失敗ではなかった……のかな。
「……じゃあ、行こう」
嬉しさと恥ずかしさを隠すようにして私は言った。
「ええ」
すると、宮園さんは私の手を握ってきた。
「はう……!」
宮園さんのひんやりと冷たい手が私を震わせる。
私たちはナチュラルに手を繋いでいる。
友達と手を繋ぐのって普通のことなのかな?
私はずっと一人ぼっちだったから、そういうことはよくわからないけど、街中でも友達同士で手を繋いで歩いている人はあまり見ない気がする。こういうのは熱々のカップルがすることではないだろうか……。
「どうしたの? 顔が赤いわ。熱でもあるのかしら」
恐らく熱はないと思う。体調は良好だ。
もし熱があるとしたら、それは宮園さんのせいである。彼女の行動が私の身体を流れる血液を沸騰させているのだ。
宮園さんは右手で私の前髪を上げた。
今度は何をする気なの? と思っていると、彼女は自分のおでこを私のおでこにピタッとくっつけて熱の有無を確認し始めたのである。
近い。近すぎる。
宮園さんの綺麗なお顔が目の前にあった。
こんなことされたら、頭から湯気が出ちゃうよ……。
「熱は……ないみたいね」
私は気が動転し、口をパクパクさせたまま硬直している。
それに対して宮園さんは涼しい顔をしたまま、私を見つめているのだった。
「もしかして、緊張してるのかしら」
「うう……」
バレた。完全に見透かされてる。
友達と遊びに行くだけなのに、なぜかオドオドしている変な子だと思われてるよね。
もっと落ち着いて冷静に対処したい。でも、宮園さんの前だとそれができない。
いつも以上にドキドキしている。だって、私服姿の宮園さん、可愛すぎるんだもん。どうしてそんなに綺麗なの? どうしてそんなに刺激的なの? あー、何もかも反則的だよぉ。
「初めてだもの。緊張するのは当然よね」
優しくフォローの言葉をかけてくる宮園さん。
私ったら、こんなことで気を使わせてしまうなんて情けない。
もっと自然体で彼女と過ごしたい。余計なことは考えずに、目の前のことを楽しみたかった。
なのに、そんなこともできない自分がみっともないと感じる。
「あの……」
何か言葉を発して会話を紡ぐことを試みる。だけど、上手く言えない。
いつもよりコミュ障が悪化している。
「安心して。緊張してるのは、私も同じだから」
再び私の手を握る宮園さん。
そのまま強い力で腕を引っ張られた。
「あっ」
宮園さんは私の手を自分の胸元に引き寄せる。
柔らかい感触が手のひらに……。
「ほら……。私の心臓、すごくドキドキしてるでしょう?」
なんと私は今、右手で彼女の左胸を掴まされているのだった。
水風船のような球体の奥深くから、小刻みに起こる脈動が微かに伝わってくる。
これって、とてもいけないことをしているのではないか。
すぐにやめるべきだ。でも、宮園さんは私の手を押さえつけている。
「お互い様なのよ」
宮園さんは少しだけ顔を赤らめているが、平静を保っていた。
彼女も私と同じ気持ちだった……?
どうしてだろう。いつもクールなのに、友達もいっぱいいるのに、どうして私なんかと出かけるだけで緊張するの?
「松浪さんと初めてお出かけするのが嬉しくて……。実は昨日は興奮して全然眠れなかったの。まるで遠足に行く小学生みたいよね」
嬉しさと興奮が宮園さんの鼓動を高鳴らせているのだという。
彼女は私と遊園地に行くことを心の底から楽しみにしていたのだ。
「私も……だよ。前からずっと、宮園さんと一緒に遊びたいって思ってたから」
「そう。ということは、相思相愛だったのね、私たち」
相思相愛。
互いを思い、互いを愛する。
ここでの「愛」とは、恋愛とか愛欲などのニュアンスではないのだろう。宮園さんもそのようなつもりで言ったわけではないと思う。
けど、私たちはお互いに深い関係を築きたいと願っていた。
宮園さんは私のことを特別な存在として認識してくれていたのだ。
私も彼女を特別だと思っている。他の誰よりも彼女を想っているつもりだ。愛の深さは絶対に負けない。
「私、松浪さんとなら親友になれる気がするわ」
彼女のその一言で私の胸は熱くなった。
親友。
それはかけがえのない友達である。単なる知り合いという枠組みを超えている。
「なれるよ。私はなりたい」
「松浪さん……」
宮園さんが照れた。
今の私たちは物凄く恥ずかしい会話をしている。背中がムズムズしそうになるくらい。
それでも、喜びの方が勝っていた。
また一歩、私は前に踏み出せたような気がする。
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