09
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くじ引きの結果、なんと私と宮園さんは隣同士の席になった。
廊下側から数えて二列目の一番後ろが私で、その右隣が宮園さんである。
私は窓側から廊下側へ席を移動させなくてはならない。今の自分にとって、教室の端から端へ机を動かすのは過酷な作業だった。が、どうにか乗り切ることができた。
「松浪さんが隣で、とても嬉しいわ。よろしくね」
宮園さんが言った。彼女は先に机の移動を終えていた。
「う、うん……。こちらこそ」
私もとても嬉しい。だけど、今は喜びに浸っている場合ではなかった。
早くトイレに行きたい。もう我慢の限界だ。
チャイムが鳴る。これは一限目の授業開始を知らせるものだった。
席替えをしたため、朝のホームルームが長引いてしまったのである。
「全員移動できたわね。じゃあ、授業始めるわよ」
一限目は英語。福田先生の授業だ。
嘘でしょ……。
このまま休憩無しで授業なんて。
あと五十分も我慢しなくちゃいけないの?
もうこれ以上は無理だ。
私は気が遠くなるのを感じた。
高校生活で最大のピンチである。
「松浪さん。号令は?」
「あっ……はい。起立……」
股を手で抑えながら立ち上がる。
こうしなければ決壊しそうな段階だった。
「礼……」
「「よろしくお願いします」」
「……着席」
ゆっくりと椅子に腰を下ろす。
少しでも腹部に刺激が伝われば出てしまうかもしれない。
どうしよう。本当に漏れる。無理無理無理無理!
先生が教科書を見ながら何か喋っているけれど、内容はまったく理解できなかった。
『先生にお願いしてトイレに行きましょう。これくらいのことで誰も揶揄ったりしませんよ』
ユリエルさんが囁く。
彼女の言う通り、ここは素直にそうするべきだろう。
しかし、福田先生は厳しいのだ。私は一度、同じことで彼女を怒らせてしまったことがある。
それは去年の十二月のことだった。英語の授業中に突然腹痛に襲われ、勇気を振り絞ってトイレに行きたいと伝えたのだが、福田先生は「どうして授業が始まる前に行っておかなかったの?」と言い出したのである。
その時は大目に見てもらい、窮地を脱することができたが、もう二度目はないかもしれない。
『酷い話ですねぇ。体調の急変なんて予測できないものなのに』
そうだよね? やっぱりユリエルさんもそう思うよね?
最初からわかっていたら苦労はしない。今日もこんなことになると知っていれば、ホームルーム前にトイレに行っていた。
ノートの上に汗がポタポタと落ちる。
背中を丸めて貧乏ゆすりをしながら、必死に我慢を続ける私。
「んっ……」
じわっと出てしまった。パンツがどんどん湿っていくのを感じる。
ダメだ。私はこの後、クラスメイトがいる教室で盛大にお漏らしをして、一生笑い者にされてしまうんだ……。
そうなったら、もう学校には来られないだろう。
不登校さらには退学ということも考えられる。
ああ、私の高校生活が終わろうとしている。
せっかく宮園さんと友達になれたのに、こんなところでお別れなんて嫌だよ……。
早く楽になりたい。もう諦めていいかな?
全部出しちゃっていいかな?
『ダメですっ! もはや先生の許可など要りません。今すぐ教室を出ましょう』
あ、また出た……。
すでに限界を突破している。
もうどうでもいいや。
お腹の力を抜いてしまおうと思った時だった。
「先生っ」
宮園さんが手を挙げたのである。
「はい、宮園さん。どうかしたの?」
福田先生がチョークを持つ手を止める。
「松浪さんの具合が悪いみたいなので、私が保健室に連れて行きます」
えっ……?
いきなり何を言い出すの?
「あら、そうなの? 大丈夫? 松浪さん。じゃあ、お願いするわね」
「はい」
宮園さんはスッと席から立ち、私に右手を差し出した。
「行きましょう、松浪さん」
体調が悪いわけではない。だから、保健室に行く必要などない。
でも、これは教室から抜け出すチャンスだ。具合が悪いフリをしよう。
私はフラフラとよろめきながた立ち上がり、宮園さんの手を取った。
それから彼女に支えられながら教室の外に出る。
手を引かれながら廊下を進んでいく。
やがてトイレの前にやって来た。
「あの……宮園さん」
「お手洗いよね?」
「……うん」
彼女は私の様子を見て気づいていたらしい。
保健室へ行くと嘘をついて、私を教室から連れ出してくれたのである。
「ありがとう」とだけ言って、私はトイレに駆け込んだ。
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