05
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着替えを済ませて一階に降りた。
それから洗面所で顔を洗い終えると、リビングに向かう。
「おはよう、さゆちゃん。今日は自分で起きられたのね」
台所ではお母さんが朝食の準備をしていた。
「うん。おはよう」
私はテーブルの席に座る。
すると、すぐにお母さんがご飯と味噌汁、おかずの乗ったお皿をお盆で運んできてくれた。
今朝のおかずは鮭の塩焼きと卵焼きだった。
とても美味しそう。
「いただきます」
食事の後は歯磨きをする。
それも終わると玄関で通学用のローファーを履き、靴の収納棚に取り付けられている鏡の前で制服や髪の乱れをチェックした。
これで準備はオッケーだ。
玄関までお母さんが見送りに来る。
「いってらっしゃい、さゆちゃん」
「いってきます」
ドアを開けて私はユリエルさんと家を出た。
今日も一日が始まる。
学校まではここから徒歩で十分もかからない。
時間にも余裕があるので、ゆっくり歩いて通学する。
しばらくすると学校が見えてきた。
他の生徒たちがぞろぞろと歩いている中に私も紛れ込んでいる。
「おはよう、松浪さん」
校門の前に宮園さんが立っていた。
いつもなら彼女が登校してくるのはもっと後なのに、今日は私よりも早い。
どうやら彼女は先回りして私が来るのを待っていてくれたようだ。
「お、おはよう……」
宮園さんを見ると昨日のことを思い出してしまう。
笑顔で挨拶を返したいのに、恥ずかしい記憶が私の表情を引きつらせるのだった。
「これ、返しておくわね」
彼女は大きな紙袋を私に手渡す。
中には洗濯済のスカートなどが入っていた。
「ごめんね、ここまでしてもらって」
「昨日も言ったでしょう。悪いのは私なのだから、松浪さんは気にしなくていいの」
袋の中から柔軟剤のいい匂いが漂ってくる。
……あ。これ、宮園さんと同じ香りだ。
私たちは二人並んで校門をくぐり、昇降口に向かった。
靴を履き替えるために下駄箱を開けたが、そこに上履きは入っていなかった。
そっか。上履きも宮園さんが持ち帰って洗ってくれたんだっけ。
「はい。上履き。こっちもしっかり洗っておいたわ」
至れり尽くせりである。宮園さんはどこまでも親切な人だ。
「すごい。昨日洗ってもらったばかりなのに、ちゃんと乾いてる……。乾燥機を使ったの?」
「……え? ええ、そうね。洗ったのは麻衣さんだから、私は詳しく知らないのだけれど」
じゃあ、小田原さんにも今度ちゃんとお礼を言わなきゃね。
上履きを履いて、宮園さんと一緒に教室へ向かう。
今の私たちって、まわりの人からは友達同士に見られているのかな?
「おはよう」
宮園さんは普段と同じく笑顔を振りまいて教室へ入っていった。
その一方、私は彼女の背中に隠れるようにしながら、ひっそりと入室するのだった。
「おはよう、宮園さん」
「おはよー。あれ? 今日は早いね」
クラスの皆が彼女に挨拶を返す。
誰も無視しないなんて、人気者ってすごいなぁ。
「いつもより早く目が覚めたの」
「そうなんだぁ」
私はクラスメイトと会話している宮園さんの横を通り過ぎて、自分の席がある窓際へと向かった。
カバンを置いて着席する。
朝のホームルームが始まるまでは窓の外を眺めながら一人でボーっと過ごすだけだ。
「ボーっとするより、妄想していることの方が多いですよね」
ユリエルさんがどうでもいいことを指摘してきた。
「今日はしないのですか? 妄想」
余計なお世話だよ。しないったらしないもん。
私は心を無にして目を閉じる。
「おはぽよ~」
独特な挨拶の言葉を発しながら、一人の女子生徒が教室に入ってきた。
ゆるふわ系のメイクとウェーブのかかった髪をしたギャル。
彼女の名は矢崎ゆい。宮園さんと同じ仲良しグループのメンバーだ。
矢崎さんは席に着くとスマホを触り始めた。
宮園さんの方には見向きもしない。
「うーっす、ゆい」
「ぽよよ~、望ちゃん」
同じく宮園さんと仲良しの小島さんが矢崎さんの席にやって来た。
「英語の予習やってきたか?」
「やってきた~」
「悪いけど見せてくんね?」
「りょ」
矢崎さんはカバンからノートを引っ張り出して小島さんに渡した。
「助かる! 速攻で写して返すわ」
「がんば~」
小島さんもまた宮園さんとは言葉を交わさないのだった。
無視しているというより、端から関心がないように見える。
「亜矢奈、おはぽよ~」
「……おはよ」
読者モデルを務める森さんが登校してきた。
宮園さんと肩を並べる容姿とスタイルの良さで存在感を放っている。
「……望。アンタ、またゆいに宿題見せてもらってるの?」
「まぁな」
「自分でやらなきゃ意味ないでしょ」
「あたしには難しいから無理だな!」
「ったく……」
呆れ顔をしながら森さんは席に着いた。
彼女も宮園さんには声をかけなかった。
昨日からずっとそうだ。
やっぱり何かあったのだろうか。喧嘩でもして冷戦状態が続いているのかもしれない。
一昨日まではあんなに仲良しだったのに。
宮園さんが心配だ。温厚で誰とでも仲良くなれる彼女が、友達と喧嘩なんてするわけないと思っていたから。
「松浪さん。話があるんだけど」
一人で思い詰めていると、いきなり声をかけられた。
同じクラスの男の子だった。
名前は……思い出せない。ごめんなさい。
「な、何ですか……?」
「今週の土曜日にクラスでボウリング大会やるんだけど、松浪さんも来る?」
今週の土曜日は宮園さんと遊園地デートに行くつもりだ。
でも、まだ決まったわけではない。彼女の返事を聞いてみないと。
ところで、宮園さんはボウリング大会に参加するのかな?
彼女が参加するなら私もそうしようと思う。……いや、自分はこういう集まりは好きではないなのだ。それに、スポーツは得意ではないため、きっとボウリングをやっても大恥をかくだけだろう。変なことで目立ちたくない。
できれば不参加ということにしたいが、ひとまず宮園さんの意見を聞いてから決めたい。
しかし、相手はそんな猶予を与えてはくれない。
「どうかな? 来られる?」
「えっと……その……」
今はまだ答えられないよ……。
ただでさえ人と会話するのが苦手なのに、こんな形でグイグイ来られても困るだけだ。
どうしよう。言葉が出てこない。
私は涙目になっていた。
緊張したり、混乱した時はいつもこうなる癖がある。
返事ができないままウジウジしていると、宮園さんがやって来た。
「ごめんなさい、中村くん。その日、私と松浪さんは二人で出かける約束をしているの。申し訳ないけれど、ボウリング大会は二人とも不参加でお願いするわ」
「……ああ、そうだったんだ。先に予定が入ってたのなら仕方ないね。でも残念だな。宮園さんと松浪さんは不参加かぁ……」
「また今度誘ってね」
「そうだね。また今度」
中村くんと呼ばれた男子は納得した表情で去っていった。
窮地を脱した私はホッと胸をなでおろす。
でも、土曜日に宮園さんと出かける約束なんてしていない。まだ遊園地のことは話していないのだ。
ひょっとして、彼女は困っている私を助けるために嘘をついた……?
宮園さんの方を見る。
目が合うと、彼女は私に向ってウィンクをした。
ありがとう。
宮園さんって、ホントに素敵な人だ。
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