01
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ユリエルは紗友里の入浴が終わるまで、脱衣所で待機することになっていた。
しかし、紗友里がいつまでも風呂から出てこない。
テレパシー能力で彼女に呼び掛けてみたものの応答はなかった。
彼女は中で気を失っているのではないか。
入浴中は風呂場に立ち入らない約束だったが、このような状況では話は別だ。紗友里の身に何かが起こった可能性が高い。
「入りますよ?」
風呂場の扉をゆっくり開けるユリエル。
すると、素っ裸のまま床の上で仰向けに横たわる紗友里の姿が目に飛び込んできた。
「紗友里さん!」
彼女の身体を揺さぶる。
それからペチペチと軽く頬を叩いてみたが、目を覚ます気配はない。
口元に顔を近づける。彼女は息をしていなかった。
左胸に耳を当てる。心臓の音は聞こえない。
紗友里の瞼を指でこじ開けると、瞳孔が開いたままだった。
「死んでる……。一体どうして?」
ほんの少し目を離した隙に紗友里は死んでしまった。
彼女はただ風呂に入っていただけなのに。
発作などの持病はなかったはずだ。調査書には健康状態に問題はないと記載されていた。
若くて健康な人間が突然死するのは極めて稀なことだろう。
したがって、考えられるのは、人ならざる存在の仕業だ。
呪いや魔法の力が紗友里を死に至らしめたと考えるのが妥当である。何者かが彼女を狙っており、一人になるタイミングを伺っていたのかもしれない。
ここは彼女の自宅である。最も安全な場所だと思っていた。しかし、それが油断を招いてしまったようだ。
もっと自分が注意していれば、こんなことにはならなかったはず。
「ああ、私のせいで紗友里さんが……。何ということでしょう」
頭を抱えるユリエル。
屍と化した紗友里のそばで、彼女は自らの失策を嘆いた。
……だが、これも想定内であった。
「まぁ、こういうこともあるだろうと思ってましたよ。手を打っておいて正解でしたね」
ユリエルは紗友里が命を落とすリスクに備えていたのだ。
彼女はおっちょこちょいな紗友里が事故などで死亡するケースを懸念していた。また、気持ちの浮き沈みが激しく、不安定な精神状態に陥った時に勢いで自らの命を断ってしまうことも考えられた。
天使の力で彼女の死を阻止することがベストだが、それが叶わないこともあり得る。
よって、凡ミスや不可抗力で紗友里を死なせた場合のリスクマネジメントを行うことにしたのである。
ユリエルは事前に紗友里の魂を複製し、バックアップを保存していた。
魂のコピーさえ残っていれば、死人を復活させることは容易なのだ。
損傷した肉体を修復し、そこへバックアップしておいた魂を宿す。
そうすることで、人間の生命活動を再開させることが可能となる。
だが、そのような行為は理論上は可能だとしても、実践することは許可されていない。
神はいかなる場合であっても、死者を蘇らせることを禁じているのだ。
そもそも魂を複製する方法など一般には知られていない。天使が魂の複製に成功したという事例もユリエルは聞いたことがなかった。
では、どうして彼女にはそれができたのか。
「私は優秀ですから。他の天使とは違うのです」
ユリエルは長年の間、不死の人間を生み出す方法を密かに研究していた。
彼女が不死にこだわる理由は、やはり百合であった。
少女同士のカップルに永遠の命を授け、彼女たちが愛し合う光景をいつまでも眺めていたいと考えたからである。
何度も実験を繰り返し、ようやく魂の複製に成功した。
最初はネズミで試してみた。
複製した魂を宿すと、死んだはずのネズミが再び動き始めたのである。
同じ方法で野良猫や野鳥の蘇生を行った。これも上手くいった。
次に病院へ行き、死亡したばかりの患者を復活させた。
院内では大きな騒ぎが起こったが、ユリエルは知らぬ顔をして去った。
こうして、彼女が生み出した方法ならば人間を生き返らせることも可能であるということが証明されたのである。
「待っててください、紗友里さん。私があなたをこの世に呼び戻してみせます」
紗友里の死体を調べる。目立った損傷はない。身体の内部で異常が起きたようだ。
ユリエルは天使の力を使って紗友里の肉体を修復した。
あとは魂を身体に吹き込むのみ。
事前に複製しておいた紗友里の魂はユリエルの体内に保存されている。
これを対象の肉体へ移す方法は一つ。
生き返らせたい人間とキスをすることである。
「ごめんなさい、紗友里さん。ファーストキスの相手は私になっちゃいますね。ですが、深い意味はありませんよ。これはノーカウントということにしておきましょう」
チュッ。
紗友里の唇に自らの唇を軽く押し付ける。
わずか一秒ほどの口づけだった。
この一瞬で魂は紗友里の身体に移動した。
あとは彼女が目覚める時を待つのみだ。
「ん……」
程なくして、紗友里が目を開いた。
蘇生は無事に成功したようである。
「大丈夫ですか?」
ユリエルが問う。
「あれ……? 私は、どうなって……」
身体を起こす紗友里。
「気を失っていたようですね。長風呂のせいで、のぼせちゃいましたか?」
彼女が一度死んでいることは伏せておこう。
きっと混乱させてしまうだろうから。
「ユリエルさん……! さっきね、悪魔の女の子に襲われて……」
怯えた表情で紗友里は「悪魔」と口にした。
やはりそうだったか。
彼女に手を出したのは、あの悪魔に違いない。
「金色の短い髪をした少女でしたか?」
「そう! その子だよ! リリィちゃんっていう子だった」
ユリエルはため息をついた。
まさか、彼女がこんなにも早く紗友里に接触してくるなんて。
「ユリエルさん、リリィちゃんと知り合いなの?」
「ええ、まぁ。今日初めて会ったばかりなので、知り合いというほどではありませんが」
リリィは最も警戒すべき存在だった。
部室に結界を張ったり、「少女楽園計画」の内容を知っていたり、紗友里に興味を示したりするなど、色々と厄介な悪魔である。
何より恐ろしいのは、彼女が高い魔力を有しているという点だ。ユリエルが太刀打ちできないレベルの強さが備わっている。
紗友里のバスタイムを狙った襲撃をまんまと許してしまったことが何よりもマズい。ユリエルはリリィの接近に気づくことができなかったのだ。
紗友里を守り切ることはもはや不可能である。もし紗友里がまだ生きていることを知れば、この先もリリィは襲ってくるだろう。
悪魔の再襲来に備えて、次の対策を練る必要がある。
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