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紗友里の家から逃げるように去ったリリィは近くの公園にやって来た。
気を落ち着かせるため、近くにあったブランコに腰掛ける。それから一つ、息を吐いた。
空を見上げると、ちょうど雲の切れ間から満月が顔を覗かせた。
月の光が彼女の顔を青白く照らし始める。
ゆっくりとブランコを漕ぎながら、自らの過ちを悔やみ始めるリリィ。
彼女の目には紗友里の死に顔が焼き付いていた。
いくら嘆いても、無垢な少女の人生を終わらせてしまったという事実は永遠に消えない。紗友里はもう二度と目を覚まさないのだ。
とても可愛い子だった。どうしても彼女を手に入れたかった。
彼女の身体と心、その両方を魔力で支配するつもりだった。
しかし、試みは失敗に終わった。
紗友里の気持ちがリリィに傾くことはなかったのである。
彼女の想いは最後の最後まで宮園由利香へと向けられていたからだ。
「何なのよ……。あたしのどこがダメだっていうの?」
苛立ちが起こる。狙った少女を必ず射止めてきたリリィにとって、紗友里の「抵抗」はプライドを傷つけるものであった。
リリィは悪魔だ。悪魔である彼女は今まで数多くの少女を甘い言葉で誘惑し、その身体を弄び、人生を狂わせてきた。
悪魔は人間の欲深さにつけ込む存在である。欲にまみれた人間と契約を結び、その願いを叶える度に対価を払わせる。
対価の内容は悪魔によってそれぞれ異なる。
リリィと契約した少女たちは、対価として自らの身体を差し出す必要がある。
だが、その対価は快楽を伴うものであった。リリィに弄ばれることが快感へと変わり、少女たちはそれを何度も求め続けるようになる。
やがて、リリィの魅惑に狂わされた彼女たちは、願いを叶えるために対価を差し出すのではなく、対価を払うために願い事を用意することになってしまうのだ。
それこそがリリィの狙いであった。契約の相手が自分に依存すれば、飽きるまで戯れを繰り返すことができるようになる。
使い古された少女たちは中毒を起こし、いずれ廃人となる。壊れたタイミングでリリィは契約を打ち切り、廃人と化した少女を野に放つ。彼女たちのその後の人生など知ったことではない。
身勝手で残酷な振る舞いを続けてきたという自覚はあった。
しかし、自らの手で人を殺めたことは一度もない。リリィは満たされぬ己の心を満たすために、使い物にならなくなるまで契約の相手を利用してきたが、命までは奪わなかったのである。
紗友里を死なせてしまった。そのせいで動揺がおさまらない。悪魔の身でありながら、人の死を重く受け止めてしまうリリィだった。
なぜなら、彼女自身もかつては人間であったからだ。
ずっと昔のことである。リリィは貧しい村で暮らす一人の少女だった。
汚れを知らぬ心優しい女の子。愛する親兄弟を支えるため、街に出て懸命に働いていた。
ある日のこと。街で一人の女性と出会い、彼女と恋に落ちた。
禁断の愛であった。誰にも知られてはならない関係。それを隠して生きていくことになった。
しかし、やがてその恋は悲しい結末を迎える。
二人の未来に絶望し、リリィは恋人と共に死の道を選んだのだ。
「あはは……。もう何百年も前の話なのにね。どうして今頃になって思い出しちゃったんだろう」
無念を抱えたまま死んだ彼女は、悪魔としてこの世に蘇った。
人間だった頃に満たせなかった欲望を満たすために。
悪魔に転生したリリィに妥協や配慮といった選択肢は残されていなかった。
前世で背負った怒りや悲しみを晴らすまで、彼女は人間の世界で暴れ続けることを決めた。
「紗友里も悪魔になって復活すればいいのに。なーんてね……」
リリィは冗談を呟いてみた。
月は再び雲の向こうに隠れてしまった。
暗い夜の公園でリリィは一人寂しくブランコを漕ぎ続けるのだった。
第一章、完
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