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「はむっ」
悪魔の女の子は私の右耳を甘噛みした。
彼女の八重歯が耳たぶに刺さる。
「んんんっ!」
私は内股になりながらブルッと震えた。
急に身体が熱くなる。変なスイッチが入ったような気がした。
「どう? すごいでしょ。あたしに噛まれた人間はね、問答無用で発情しちゃうのよ」
自分の身に何が起きたのかわからない。
謎の力で感覚をコントロールされているようだ。
身体の芯から熱がじわじわと放たれる。思考は鈍くなり、視界もぼやけている。
私はもう立っていられなかった。少女に支えられていなければ、とっくに倒れ込んでいただろう。
「いい顔してるわね。とろんとした目が可愛くて素敵よ、紗友里」
なぜか彼女は私の名を知っていた。
でも、今さらそのくらいのことで驚きはしない。ユリエルさんに自分の素性を暴かれた時のような衝撃はなかった。
「はぁっ……はぁっ……」
「その火照り、あたしが鎮めてあげる」
少女の手が私の胸元とお腹を撫でながら、おへその下まで滑らかに流れていく。
「ああっ……!」
ビクン! と身体が震える。
自分でする時よりも何倍も激しい快感が全身を襲った。
どうして私はこんなに興奮しているのだろう。初めて会ったばかりの好きでもない女の子に身体を許すなんて、普段の自分には絶対に考えられないことだ。
「あはっ、すごい反応! あなた才能あるわ。文句なしの合格ね」
合格?
私は彼女に何を試されているのだろう?
「や、やめて……」
「だーめ。あたしはね、気に入った女の子は最後まで離さないんだから」
「やだ……。こんなの嫌だよ……」
私は悪魔を振り払おうとした。
「ちょ、ちょっと! 何でまだ抵抗するのよぉ!」
少女が私をさらに強い力で押さえつける。
「離してぇ……」
「まだ足りないみたいね。こうなったら……」
鋭い痛みが全身を走った。
火で炙られているような感覚がした。
「ああああっ!」
痛みに耐えきれず、叫び声を上げる私。
すると、なぜかこの状況で宮園さんの姿が脳裏に浮かんできた。
彼女との記憶が走馬灯のように流れる。
微笑む宮園さん。美味しそうにお弁当を食べる宮園さん。私に勉強を教える宮園さん。文法の問題が解けた私を褒めてくれる宮園さん。意地悪な笑みを浮かべる宮園さん。私にキスをする宮園さん。お仕置きと称して私のお尻を叩く宮園さん。
え……? お仕置き?
どうしてそんなものが見えたのだろうか。
あるはずのない記憶が紛れ込んでいた。
どこまでが現実で、どこまでが妄想か。
しかし、私にはすべてが本当の出来事のように思われた。何一つ、偽りのない記憶だと確信しているのだった。
「宮園……さん……」
最期の瞬間まで、私は彼女の名を声に出していた。
意識が薄れる。もう何も感じない。何も見えない。何も聞こえない。
私は悪魔に抱かれたまま、動かなくなった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あーあ、可哀想なことしちゃったわ。まさか死んじゃうなんて」
リリィは紗友里の亡骸を抱いたまま、ポツリと呟いた。
そっと風呂場の床に彼女を寝かせる。
綺麗な死に顔だった。まるで眠っているかのようだ。
紗友里はリリィの好みの女の子だった。いつものように気に入った子を味見するため、天使の目をかいくぐってここまでやって来たのである。
しばらく紗友里との戯れを楽しむだけのつもりだったが、うっかり力の加減を誤り、彼女の命を奪ってしまった。
これは完全なる過失だった。殺意は微塵もなかった。
「でも悪いのはこの子よ。素直にあたしの手で気持ちよくなっちゃえばよかったのに、変な意地を張ったからいけないの。おかげでエネルギーが暴発しちゃったじゃない」
抵抗を続けていた紗友里を大人しくさせるために、リリィは魔力で彼女の動作と思考を制御しようと試みた。ところが、紗友里はあまりにも強い意志を持っており、生半可な魔力では彼女を抑え込むことができなかった。
不器用なリリィは人間が耐えられないほどの魔力を紗友里の身体に流し込んでしまったため、このような悲劇を招いてしまったのである。
「ごめんね、紗友里。天国でゆっくり休んでね」
彼女に一言だけ謝り、風呂場を後にする。
結界も解除しておいた。これで誰でも自由に風呂場へ出入りすることが可能だ。
あとは紗友里の死体を彼女の母親が発見するのみ。
母親はきっと悲しむだろう。
故意ではないとはいえ、本当に申し訳ないことをした。
リリィは罪の意識を感じずにはいられなかった。
「はぁ、それにしても困ったわ。あの子にはどう説明すればいいのかしら……。あたしのせいで紗友里が死んじゃったわけだし、絶対にタダでは済まないでしょうね」
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