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一人の夜道は危ないということで、私は宮園さんの送迎車で自宅まで送ってもらうことになった。
宮園さんと同じ車に乗るのは少し緊張したけれど、座席がフカフカしていて、とても乗り心地がよかった。
彼女は毎日、あの車で送り迎えをしてもらっているのだ。夏の暑い日も、雨や風の日も、凍えるような寒さの日でも、快適に通学できるのは羨ましい。お金持ちは凄いなぁ。
私が高級車に乗る機会なんて、この先あるだろうか。もしかしたら、一生ないかもしれないので、今回は貴重な経験になったと思う。
「ただいま……」
気が沈んだまま家のドアを開ける。
宮園さんの前で、あんな恥ずかしい失敗をしてしまったのだ。落ち込まずにはいられない。
帰宅すると夜の七時半を過ぎていた。
玄関で靴を脱ぎ、リビングに入る。テーブルの上には晩ご飯がすでに用意されていた。
「おかえり、さゆちゃん。今日は遅かったのね」
台所からエプロン姿のお母さんが出てきた。
ちょうど今、夕飯の支度を終えたところのようだ。
「私、部活に入ったんだ」
「まぁ。さゆちゃんが部活? 凄いわねぇ」
私は中学校も帰宅部だった。高校二年生の五月というタイミングで部活を始めるとはお母さんも予想していなかっただろう。
「何の部活なの?」
嬉しそうな顔でお母さんが尋ねてくる。
「えっと……」
私が入部したのは友愛部である。だけど、そんな名称の部活は今まで聞いたことがない。これは宮園さんが考えたものだから、きっと世間一般の学校には存在しないのだろう。「友愛部だよ」と答えたところで「何それ?」と聞き返されるだけだ。
かくいう私も友愛部が何をする部活なのか、さっぱり見当がつかない。
入部初日の今日は宮園さんにひたすら英語の勉強を教えてもらっていた。要するにただの勉強会だった。もはやこれを部活動と呼んでいいのか、それさえも怪しい。
「文芸部……だよ」
適当な部活名を答える。
「そうなのね。ジャージを着ているから、てっきり運動部かと思ったわ」
今の私は上は長袖のジャージ、下はハーフパンツという格好をしている。
「あっ……これは」
制服から着替えた理由は絶対に言えない。
学校でお漏らしをしてスカートが濡れてしまったからだ。
私は上手い言い訳を考えることにした。
そういえば、宮園さんはメイドの小田原さんに着替えを用意してもらう時、部室の掃除中にバケツの水を私にかけてしまったという嘘の説明していた。
よし、私もそれを少しだけ真似させてもらおう。
「部室を掃除したんだよ。本棚の整理をすることになったんだけど、埃がすごくて……。制服が汚れるといけないから、ジャージに着替えたの」
「あら、それは大変だったでしょう。さゆちゃん、何だか元気なさそうだから、お母さん心配しちゃったけど、お掃除したから疲れてるのね」
「う、うん。そうかも」
よかった……。どうにか上手く誤魔化すことができたみたい。
「じゃあ、お夕飯食べて、今日は早めに寝ないとね。お風呂も先に入っていいからね」
「うん。ありがと、お母さん」
食べる前に私は洗面所へ行き、手洗いとうがいをすることにした。
ふと洗面台の鏡を見ると、そこには私だけでなくユリエルさんの姿も映し出されていた。
リビングにいた時も私の後ろにはユリエルさんがいたのだが、彼女のことはお母さんに見えていないようだ。
「紗友里さんのお母様って、とても優しい方なんですね」
ユリエルさんが言う。
「うん」
確かにお母さんは優しい。今まで怒られたことなんてほとんどない。
いつも美味しいご飯を作ってくれるし、誕生日やクリスマスにはプレゼントをくれる。熱が出て寝込んでいる時には付きっ切りで看病してくれる。
自分は愛されているんだな、と思う。
手洗いとうがいを済ませてリビングに戻った。
私はテーブルの席に着くと、両手を合わせて「いただきます」と言ってから、お箸を手に取る。
「そうそう。さゆちゃんに渡したいものがあるの」
お母さんがテーブルの上に遊園地のチケット二枚を置いた。
「どうしたの? これ」
「実はね、今日お買い物に行った時に商店街の福引で当たったのよ。ペアチケットだから、お友達と行ってきたら?」
遊園地のペアチケット……。
昨日までの私だったら、一緒に遊びに行く友達など一人もいなかったので「いらない」と言っていただろう。
でも、今は違う。私には唯一にして最愛の友達ができたのだ。
「ありがとう。貰っておくね」
宮園さんを誘って遊園地に行こう。
彼女は私を友達として認めてくれている。きっと一緒に来てくれるはずだ。
二人で遊園地デート。すごくいいと思う。
「ふふふ……。夕飯とお風呂が済んだら、次の作戦会議を開きますよぉー」
ユリエルさんが張り切った様子で言った。
議題はもちろん、遊園地デートの件だろう。
私はいつもより早いペースで夕飯を食べた。
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