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夕闇が迫る頃、一台の黒い高級車が姫山高校の校門前にやって来た。
停車後、後部座席左側のドアが開くとメイド服を着た一人の若い女が車から降りてきた。
おっとりとした雰囲気の眼鏡美女だった。背筋がまっすぐ伸びており、その立ち姿は気品を感じさせる。
彼女の名は小田原麻衣。二十四歳。
宮園家の使用人となって今年で三年目を迎える。麻衣はこの家の長女・由利香の世話係を務めていた。
彼女は小さな茶色の紙袋を両手で身体の前に提げている。そのままカツカツとヒールの靴音を鳴らしながら学校の敷地内へと入ってゆく。
今から三十分ほど前、彼女の携帯電話に由利香から一本の連絡が入った。
部室の掃除をしていたらバケツの水を誤って友達にかけてしまったので、その子のために着替えを持ってきてほしいと頼んできたのである。
新しい下着と靴下があればいいとのことだった。制服のスカートも濡れてしまったようだが、体育の授業で使っているジャージに着替えさせるので、そちらは問題ないと由利香は言っていた。
その友達は由利香よりも体格が一回り小さいらしい。麻衣はその情報からサイズを推測し、コンビニで女性用の下着とストッキングを購入した。
由利香は最近、自ら部活動を立ち上げた。何の前触れもなく、突然部活を作ったのである。これには麻衣も驚かされた。
いつも車で由利香の送り迎えをしているが、部活は十八時半頃に終了するため、そのくらいの時刻を目途にして校門前で待機するようにしていた。
今日も麻衣は校門の前で彼女の帰りを待っていた。が、電話を受けて着替えの調達を行うことになった。
それでも麻衣は嫌な顔一つせず、言われた通りに動いた。着替えを用意して再び学校に戻ってきたのである。
「旧校舎はこちらの建物でしょうか」
比較的新しい校舎の隣にそびえ立つ木造の建築物を見上げる麻衣。
その建物はこげ茶色の暗い配色であるため、黄昏時の闇にすっかり溶け込んでしまっていた。
由利香の部室は旧校舎の三階にある。「友愛部」と書かれた紙がドアに貼ってあるので、それを目印にするようにと言われていた。
麻衣は正面玄関から旧校舎の中に入り、暗い階段をスタスタと登ってゆく。
幽霊でも出てきそうな雰囲気だが、動じることはない。彼女はいつも冷静沈着だった。
三階までやって来た。そこから左に曲がって廊下をまっすぐ歩いていくと、「友愛部」と書かれた張り紙を見つけた。このドアの向こうに由利香がいる。
コンコン、と扉をノックする麻衣。
「由利香様。お着替えをお持ちしました」
部屋の中に向かって呼びかける。
すると、ガラガラとドアが横に開き、由利香が姿を現した。
彼女は麻衣の顔を見て微笑む。待っていたと言わんばかりに。
「どうぞ、こちらになります」
下着とストッキングが入った紙袋を彼女に手渡す。
「ありがとう麻衣さん。急に頼んでごめんなさいね」
「いえ、お気になさらないでください」
部屋を覗くと一人の女子生徒が床で仰向けになりながら寝転がっていた。
彼女のお腹から下の辺りには麻衣のものと思われるブレザーがブランケット代わりに被せられている。
どうやらその少女は眠っているらしい。
この状況でどうして眠っていられるのか、麻衣には理解できなかった。
「今から紗友里ちゃんのお着替えをするわ。終わったら呼ぶから、外で待っててくれるかしら」
「かしこまりました」
あの子の名はサユリというのか。
どのような字を書くのだろう。麻衣は考えを巡らせる。
由利香がピシャリと扉を閉める。
麻衣は一人、廊下に取り残された。
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