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途中退室は禁止という謎ルールのもと、二人だけの勉強会がスタートした。
宮園さんが見せたサディスティックな笑みに興奮を覚えた私は、いやらしい気分が抜けないままだった。
しかし、宮園さんの隣でエッチな妄想をしているわけにはいかない。邪念を払い、勉強に集中しよう。
授業で使用している文法の参考書に沿って、宮園さんがbe動詞について解説を進める。
be動詞の役割と使用方法、主語との組み合わせなどを丁寧に教えてくれた。
「……という感じだけれど、ここまでは理解してもらえたかしら?」
「うん……! すごくわかりやすいよ」
自主勉強をしている時よりも得られる情報が多かった。勉強が得意な人は教えることも上手なのだと思った。
今まで曖昧だった部分を補足的に説明してもらったので、次からは自信を持って問題を解くことができるはずだ。
「じゃあ、試しにこの練習問題を解いてみましょうか」
参考書のページの端に確認問題が用意されていた。
たったの四問だけ。さっき宮園さんに教えてもらったことを応用すれば、すぐに解答することができた。
「解けたよ」
「あら、早いわね」
宮園さんが答えをチェックする。
「うん。全部正解。たった一回の説明で完璧に理解できるなんてすごいわ」
「宮園さんの教え方が上手だからだよ」
「そ、そうかしら……」
「先生みたいだった」
二人で顔を見合わせながら「えへへ」と笑う。
お互いに少し照れ臭い気分になった。
「……じゃあ、次は品詞の種類を説明していくわね」
顔を赤くした宮園さんが照れ隠しをするように参考書のページをめくる。
彼女が恥ずかしがる顔を見たのは初めてだ。
可愛い……。
緊張は解けた。勉強に集中できる気がしてきた。
廊下で待っているユリエルさんは私のことが気がかりだろう。
もし心の声が届くなら、「こっちは順調だよ」と伝えてあげたい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「紗友里さん、上手くやれているでしょうか。トラブルなどなければいいのですが……」
天使ユリエルは友愛部の部室前で松浪紗友里の身を案じていた。
彼女は落ち着かない様子で廊下を行ったり来たりしている。
紗友里は彼女が標的に選んだ人間の少女である。
天使は標的の心の声を聞くことができる。また、脳に直接語りかけることも可能だ。
ロックオンできるのは一度に一人だけ。それ以外の人間とはコミュニケーションを取ることができない。
ところが、紗友里が部室に入った途端、彼女とも意思疎通できなくなるという異常事態が発生していた。
今、部屋の中で紗友里が何をしているのか。何を考え、何を感じているのか。それがまったくわからないのである。
天使には標的の人間に幸せを運ぶ責務がある。
恋のキューピットとして、ユリエルは紗友里の恋愛を応援することになった。
紗友里の願いは宮園由利香と恋人関係になること。
だが、女の子同士という特殊な事情があるため、その恋路は一筋縄ではいかないことが予想される。
そこで、彼女の恋愛を成就させるためにユリエルは数々のお膳立てをしてきた。
そのうちの一つが紗友里を「その気」にさせることだった。
引っ込み思案で内気な性格の彼女が由利香にアプローチを仕掛けることは容易ではなかった。自分に自信が持てず、ウジウジしていた紗友里を説得して、行動を起こすように促したのである。
結果的には由利香の方から先に紗友里へ声をかけてきて、その流れで二人は連絡先を交換することになったが、そこから先へ進むために今回の勉強会を提案したのもユリエルだった。
まずはラインで由利香を勉強会に誘い出すことに成功した。由利香は勉強会に乗り気で、紗友里に対して少なからず関心を抱いている様子を見せていた。
ここまでは順調だった。作戦は完璧であった。
それなのに、彼女たちの勉強会での様子を観察するという肝心な役目が果たせずにいる。これは完全に計算外だ。
まさに今、紗友里は部室で由利香と二人きりで過ごしているところだ。中の状況がわからないユリエルは彼女たちのムードが良くなっていることを願うばかりだった。
「紗友里さんって、コミュ障ですからねぇ。沈黙が続いて気まずい空気になってたりしませんよね? ホントに頼みますよ。この作戦には私の夢がかかってるんですから」
紗友里を幸せにする。そのためにユリエルは尽力している。
だが、これは建前に過ぎなかった。
松浪紗友里と宮園由利香のカップルを成立させ、ラブラブな二人の姿を見て悦に浸ること。それがユリエルの真の目的である。
そもそも、紗友里が由利香に好意を抱くように仕向けたのはユリエルだった。
紗友里は元々、由利香に恋をしていたわけではない。
以前よりユリエルは自身が理想とする百合カップル像を思い描いていた。
小柄で控えめな性格の美少女と完璧な美人優等生。この二人を組み合わせれば、最高の百合が実現できると考えたのである。
そこで目に留まったのが、紗友里と由利香だったというわけだ。
まず最初に紗友里と由利香のどちらかを標的に選ぶ必要があった。
ユリエルは従順そうな紗友里にロックオンした。
次にユリエルは禁じ手を使った。
それは紗友里の思考を操作することだった。
紗友里が由利香を恋愛対象として意識するように仕向けたのである。
本来、天使が人間の意志を勝手に操ることは認められていない。あくまで標的の人間が自殺を図ろうとした時にそれを思いとどまらせる場合など、やむを得ない状況でのみ許される行為だった。
しかし、ユリエルは自らの欲望を満たすために松浪紗友里という人間の意識を誘導してしまった。このことが主である神にバレてしまったら、恐らく彼女は天界を追放されてしまうだろう。
「作戦が失敗したらすべておしまい。私も紗友里さんも破滅です。……まぁ、私は優秀なので、失敗などあり得ませんけどね」
ユリエルは紗友里について、事前に調査を進めていた。
紗友里は恋愛経験がなく、意中の男性もいない。そして、ガールズラブを扱う漫画を好んでいる。妄想癖があり、女の子の身体に興味がある。
彼女自身が女性同士の恋愛に目覚める可能性が十分にあることが判明したのだ。
それから宮園由利香の存在を紗友里の脳に少しずつ刷り込ませ、ついに由利香のことが頭から離れない状態を作り出すことに成功した。
そのおかげで紗友里は由利香にまつわる卑猥な妄想をやめられない残念な子に仕上がってしまったというわけである。
すべてはユリエルの思い通りだった。
あとは宮園由利香を紗友里に惚れさせるだけ。
彼女たちが相思相愛になれば作戦は成功する。
成功する見込みは十分にあった。
なぜなら、宮園由利香は……。
「ねぇ、アンタ。さっきからここで何してんの?」
背後から何者かがユリエルに声をかけてきた。
今までまったく気配を感じなかった。ソレは急に湧いて出てきたのである。
驚いたユリエルは振り返った。
そこにいたのは、金髪の少女であった。
頭から角のような物体が二本、背中にはコウモリのような黒い羽が生えている。
「あ、あなたは……」
金髪の少女はキラリと光る八重歯を口からのぞかせてニヤリと笑った。
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