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宮園さん本人の前で何てことを想像してしまったのだろう。
こんないやらしい女だとバレたら、彼女に嫌われるに違いない。
時と場所を選ばずに妄想する自分が恐くなってきた。
しかも、妄想上の出来事を本当にあった出来事だと錯覚している。このままだと、いつか自分は空想の世界に入り込んだまま、現実に戻ってくることができなくなってしまうのではないか。
いや、それならそれでもいいかな。
たとえ夢だったとしても、幸せな気持ちでいられるなら現実に戻ってくる必要はないと思うから。
「ここ座って」
「うん……」
ひとまず気を取り直して、ランチタイムを始めよう。
私は緊張しながら宮園さんの右隣にちょこんと座る。
誰もいない教室で、しかもこんなに近い距離で彼女と一緒にお昼ご飯を食べる。
これも夢の中の出来事かもしれない。
もし夢なら覚めないでほしい。
夢の世界で宮園さんと過ごせるなら、現実なんて捨ててもいい。
巾着袋から弁当箱を取り出す。
小さい丸型の弁当箱だった。食べることは好きだけど、小柄なくせにたくさん食べる女だと思われるのが恥ずかしいので、あえて小さい弁当箱を持ってきていた。
「お昼、それだけで足りるの?」
宮園さんが言った。
「うん、大丈夫だよ。私、少食だから……」
嘘をついた。
本当は少食ではない。正直なところ、これだけでは全然足りない。
でも、まわりの目が気になってしまうため、もっと食べたいという気持ちを抑え込むしかなかった。
「そうなんだ。私なんて、ほら。こんなにたくさん持ってきてるのよ」
風呂敷から姿を現したのは、黒い重箱だった。
三段重ねになっており、おせち料理みたいだ。
「すごいね……。そんなに食べきれない」
「普通の人ならそうかもしれないわね。でも私、こう見えて大食いなのよ。食べるのが大好きで、お弁当はいつも多めに作ってもらっているわ」
たくさん食べるのに宮園さんは痩せている。どうすれば、そのスタイルを維持することができるのか不思議だ。
「もしよかったら、松浪さんも食べて」
「でも……。そんなの悪いよ」
「遠慮しないで。たくさんあるんだから」
宮園さんは重箱の蓋を開ける。
上から一段目と二段目には卵焼きや肉料理、魚料理など豊富な種類のおかずが入っていた。そして、一番下の段は白いご飯が敷き詰められている。ご飯の全体に黒ゴマが振りかかっており、中央には梅干しが置かれていた。
すごいボリュームだ。女子高生が一人で食べる量ではない。
「美味しそう……」
「でしょう? うちの料理人が作ってくれているの。見た目も味も一級品よ。この卵焼きは特におすすめ。一つ食べてみて」
「いいの?」
「ええ」
「じゃあ、いただきます……」
せっかくなので、お言葉に甘えることにした。
「はい、あーん」
卵焼き一切れをお箸でつまんで私に差し出す宮園さん。
私は口を開け、そのまま卵焼きを運んでもらった。
「どう? 美味しいでしょう」
フワフワとした触感と甘い味が口の中に広がる。
今まで食べたことのない卵焼きだった。
「美味しい……」
毎日食べたい。そう思える味だった。
その料理人さんは、きっと凄腕の持ち主なのだろう。
「じゃ、私もいただきます」
両手を合わせる宮園さん。
それから、お箸を使って卵焼きを一つ食べた。
「あ……」
「どうしたの?」
「ううん。何でも」
私は咄嗟に正面を向いて、自分のお弁当を食べ始めた。
お箸、さっき私が口を付けたのに。
つまり、これって間接キス……。
「うん。美味しい」
宮園さんは満足気に頷いた。
彼女は何も気にしていないようだった。
私だけ一人で意識して馬鹿みたいだ。
女子高生同士がお箸やスプーン、ストローなどを共有するのは珍しいことじゃない。
宮園さんは私と違って友達がたくさんいる。きっと今までにも、友達とこういう形で間接キスをする場面なんていくらでもあっただろう。だから、今さらそんなこと気に留めたりしないのだ。
彼女にとっては普通のこと。あれこれ考えてしまう私の方がおかしい。
でも、このもどかしさは消えない。宮園さんは私以外の人とたくさん遊んでいるはず。どこかへ出かけたり、お泊りしたこともあるだろう。
その友達は恐らく、私の知らない宮園さんを見ている。同じお箸を使っただけでドキドキしている私なんて霞んでしまうくらい濃厚な思い出を共有しているに違いない。
そう思うと心が締めつけられた。宮園さんの中では、今日一緒にお昼ご飯を食べただけの私なんて、この先何の印象にも残らないだろうから。
もっと強烈で、刺激的で、興奮する思い出を作らなければ、私は宮園さんにとっての「一番」にはなれない。今まで彼女が遊んできた友達よりも、深く思い出に残ることをしなくてはいけない。
彼女の思い出を私がすべて塗り替える。私との思い出ですべての記憶を上書き保存するようなインパクトが必要なんだ。
ああ、私ったら何を考えてるんだろう。
これは明らかに嫉妬だ。
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