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「この際、ネガティブな感情も捨てちゃいましょう。もっと自信を持ってください。自分を愛してください」
「それはちょっと……難しい、かな」
私は自分のことが好きになれない。長所という長所が一つもないから。
何もできない。何も残せない。何も語れない。無力で空虚な自分を情けなく感じている。
どうして私はとことんダメな人間なんだろう。
そう思うたびに自分のことが嫌になってしまう。
「自己分析が足りていないようですね。このままだと宮園さんのハートを射止めることはできません。自分のよさを理解していないのに、どうやって好きな人に自分自身をアピールするのですか?」
「だって、ホントに何もないんだよ? 私ってビックリするくらいダメダメなんだもん」
勉強も運動も苦手。コミュニケーションを取るのも下手。友達もまともにいない。何か特技があるわけでもない。
誰からも好かれず、誰からも必要とされない人生を送ってきた。
私の存在価値ってあるのかな?
「病気ですね。あなたは病気です。ネガティブ病です」
ユリエルさんは呆れ顔で言った。
変な病名を診断されちゃったけど、彼女が言っていることは間違っていない。
私は病的といえるくらい後ろ向きな気持ちだった。常に負の感情を抱え込んでいる。
「そうだね。病気だと思う。一生治らない」
不治の病を背負って私は生きていく。
自分一人で、誰にも理解されないまま……。
「いいえ。あなたには私がいます。私が治してみせす。紗友里さんの病気も悪い癖も全部」
「できないよ、そんな簡単に」
「簡単ではないかもしれません。ですが、私は天使です。天使は人を幸せにします。乗り越えられない壁を乗り越えさせることができるんです。ここは一つ、私を信じてください」
ユリエルさんは私を優しく抱きしめた。
とても温かくて柔らかい。あと、いい匂いがする。
洗濯したばかりの羽毛布団にくるまっているような気分だ。
「それに、紗友里さんにもいいところはありますよ」
抱きしめたまま、彼女は言った。
「……どんなところ?」
私は問う。
「人の幸せを妬んだり、妨害しないところです。人間は誰でも嫉妬心を持つものですが、紗友里さんはそれを悪い方向に注いだりはしません。宮園さんと仲の良い人たちを見て、あなたは羨ましいと感じていますが、決して彼女たちを妬んだり、恨むようなことはしていません。それはとても立派なことです」
「そうかな……? それって普通のことじゃないのかな?」
「残念ながら、そういう普通のことができない人間は多いのです。今の時代、人々の暮らしは豊かになりましたが、心はずっと貧しくなっています。他者の幸せを妬ましく思い、不幸を願う人間がたくさんいますから。悪意のある言葉で人を傷つけたり、承認欲求を満たすために虚勢を張り合うのです。彼らは誰も幸せになれない争いを繰り返しています」
否定はしない。
私も同じことを思っていたから。
どうして人は人を傷つけるのだろう。相手が悲しい思いをすることに気づかないのだろうか。
自分と他人は違う。同じ人なんていないのに。
だからこそ、お互いを尊重し合うべきじゃないのか。
自分より幸せな人がいてもいいじゃない。自分が不幸になるわけじゃないんだから。
そもそも、幸せって誰かと比較するものじゃないと思う。人には人の幸せがある。
幸せは分け合うものであり、奪い合うものではない。
たとえ自分が幸せじゃなかったとしても、他人の幸せを邪魔するのは間違っている。
私は底辺の人間だ。誰からも羨ましがられることのない惨めな存在である。
でも、自分より恵まれた人生を送る人たちの足を引っ張るのは、もっと惨めな生き方だと思う。だから、私はそんな風にはなりたくなかった。
「それでいいんですよ。その気持ちさえ忘れなければ十分です。他に何もいりません」
ユリエルさんは私を慰めるつもりで言っているのだろう。他に褒めるところがないから、そう言い聞かせるしかないのかもしれない。
それでも私は救われたような気がした。
彼女は私の心が読めてしまう。何もかも見透かしてしまう。恥ずかしいし、とても迷惑だ。
けれど、そのおかげで私のことを理解してくれる。
この世のどこにもいないと思っていた私の味方が、すぐ目の前にいるんだ。
彼女の抱擁をとても温かく感じるのは、体温のせいだけではない。
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