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黒き聖女の黙示録《アポカリュプセ》  作者: 黒肯倫理教団
三章 殉教者カルネ

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47話 鳴動(3)

――帝都アルベラム中央区、城門前。


 民衆の熱狂は止むことなく、大勢が志願兵として雪崩れ込んでいた。

 エルベット神教を相手取るには十分すぎる人数。

 しかし、戦場に相応しい実力を持つ者は一割程度に収まる。


 老若男女が勝利を望み、命を捧げに来たのだ。

 将軍の演説に精神干渉の魔法が仕込まれていたわけでもないというのに。

 それだけ、鬱屈とした混沌の時代を打破出来るのではという期待が集まっていた。


『過去……帝国に魂を捧げた英傑達の血が、確かに引き継がれている』


 感慨深そうに、ラースヴァルドは熱気を受け止める。

 当然ながら、無為に命を捨てさせるような真似はしない。

 個々の能力を鑑みて、前線から後方支援まで振り分けるつもりでいた。


 中には腕の立つ流れの傭兵も混ざっていた。

 剣を生業とする彼らに親近感を抱いてしまうのは、将軍自身もまた武人として戦場に立っているからだろうか。


 殺し合うことだけが戦争ではない。

 戦場に立つことも、作戦本部での立案も、食糧の輸送でさえも。

 皆が等しく大切な同胞であって、そこに貴賤の差など存在しない。


 そして彼には、命を賭して戦場で剣を振るうことが合っていた。

 ただ、それだけのことだ。


『……ほう』


 熱気を帯びた民衆の間を、堂々とした足取りで歩む者がいた。

 適当な所作一つを取っても隙が無い。

 視界に映るだけで、大抵の者は萎縮して剣をまともに振るえなくなってしまうことだろう。


 眼光は鋭く、だが口元には余裕さえ感じさせる笑みが浮かんでいる。

 鍛え上げられた巨躯は、周囲の傭兵達が哀れなくらい貧相に見えてしまうほど。


「……"狂犬"だ」


 誰かが小さく呟いた声を拾う。

 同業者と思しき男は、その姿を知っているらしい。


 身の丈もあろうかという大剣を二振り、交差させて背負っている。

 柄の擦り切れた布と、隆々と盛り上がる腕を見れば、飾りでないことは一目見て理解できた。


 同業者でさえ思わず道を譲ってしまうほどの存在感。

 民衆からは勇ましい剣士にしか見えないが、生半可に戦場を経験している者ほど恐れ戦いてしまう。


 大陸中に名の通った熟練の傭兵。

 金の匂いを嗅ぎ付けて、出稼ぎに来るような凡百とは訳が違う。

 戦争において、こういった手合いが気まぐれに選んだ陣営こそが勝利に近付くのだ。


『此の時代にも、戦士は存在するのだな』


 感嘆の溜め息を吐く。

 そして、試してみたくなる。


 血気盛んな者達を押し退けて、臆することなく前に歩み出てきた彼は。

 いったいどれほどの力量を発揮してくれるというのだろうか。


 殺気混じりの好奇心を向けられて、当然ながら、グレンが黙っているわけもない。


「俺は構わねえが……ちっとばかし場所が狭いな」


 そう呟いて視線を向けると、周囲にいた者達が慌てて場所を空ける。

 それこそ逃げ出すように、必要以上に距離を取っていく。


 眼光のみで場を掌握する圧倒的な存在感。

 個として一つの境地に至ったであろう佇まいは、不死の体ですら血肉が沸き立つような高揚を覚える。


『貴殿には……他者とは異なる"何か"を感じる』


 技量を試すに値する。

 その手を水平に伸ばし、ラースヴァルドは謳う。


『――理断つ冥剣(オルクス・テュラン)


 全てが魔力によって構成された、第七階梯の魔術剣。

 闇色の刀身は鏡面のように、しかし、光を受けて反射することはない。


 その握り心地は羽のように軽い。

 一振すれば、命を奪っているという事実さえ忘れてしまうほどに容易く刈り取ってしまうことだろう。


 此の剣を、ラースヴァルドのような猛者が戦場で振り回していたというのだ。

 相対した者達は己の不運を憂いたことだろう。


 これこそが『死剣』と称される所以であり、戦場に臨む覚悟を示すもの。

 返答として、グレンは剣に手を伸ばす。


「――『狂犬』グレン・ハウゼン」


 名乗ると同時に、背負った剣を引き抜いた。

 高揚しているのは将軍だけではない。

 闘志を滾らせ、犬歯を剥き出しにして笑みを見せる。


『いざ――』


 魔術剣を構え、ラースヴァルドが迎え撃つ体勢を整える。

 先手は譲るつもりらしい。


「――楽しませてくれよッ」


 湧き上がる戦意を抑えきれず、グレンは力強く踏み込んで駆け出す。

 その体格と装備からは考えられないほどの速度で肉迫し、大質量の剣を薙ぐように叩き付ける。


 竜種の鱗さえ砕く強烈な一撃。

 だが、ラースヴァルドは魔術剣で以て全ての衝撃を吸収する。


『ほう、見事なッ!』


 心から称賛し、剣を押し返す。

 傍目には軽々と受け止めたようでいて、その手に僅かな痺れが感じられた。


 しかし、グレンの猛攻はその程度では収まらない。

 豪腕から繰り広げられるのは、大質量による苛烈な剣戟。

 巨大な大剣は決して飾りなどではなく、絶え間無く猛威を振るい続ける。


 眼前で笑う傭兵は、個として戦士の範疇に留まらない。

 高位の魔術を使うわけでもないというのに、その一閃はラースヴァルドの腕を痺れさせるほどの威力を誇る。


――試してみたい。


 奥底から湧き上がるのは、この傭兵に全力をぶつけてみたいという渇望。

 不死に身を堕として、穢れに取り巻かれ、生前の彼を凌駕する莫大な魔力を手にしている。


 しかし、ラースヴァルドは熱く滾る欲を噛み殺して間合いを取った。


「……もう終わりか?」


 グレンは不服そうに尋ねる。

 これほどの強者と剣を交える機会など滅多に巡り会えない。


 だが、ラースヴァルドは首を振る。


『無礼を詫びよう。血の沸き立つ良い時間ではあったが、この先は――』


――意識が呑まれてしまう。


 耐え難い殺戮の衝動に。

 禁忌とされる悪食の衝動に。


 まるで己の闘争心を利用するかのように、得体の知れない何かが這いずるように魂を蝕むのだ。

 意識を外に向けるほど、内側には隙が生じる。


『……魂脈鑑定シュテトスコープ・ヴィレ


 己を見定めよ。

 穢れは如何なる英傑であろうと例外無く喰らう。


 彼の生きた時代と、今の時代とでは大きな差異が存在する。


『此れは……』


 大いなる邪悪が途方もない災禍を齎さんとしている。

 将軍の魔力を以てしても、その全貌を知るには至らない。


 その直後、黒い液体がラースヴァルドの体外へと流出する。


 その行いを咎めるように。

 無数の刃と成って、不死の身に切っ先を向ける。


「……穢れ、なのか?」


 グレンは愕然と呟く。

 これまで彼が見てきたものは、あくまでも『穢れの血』という病のような現象のみ。

 決して"意思を持つ寄生体"ではない。


『傀儡が欲しいということか。現世を喰らわんとする、悪意の――ッ!』


 刃が突き立てられる。

 大いなる邪悪が求めるのは従属のみ。

 将軍は知ろうとし過ぎている。


『――揺心滅却ベウストザインッ』


 将軍が発動させた魔術は、グレンも見覚えがあるものだ。

 リスティルの行使する"穢れを祓う"効力を持つ『遺失魔術アルタートゥーム・マギ』で、これによって悪意を植え付けられた村人を救っていた。


 だが、将軍の身に宿った穢れの量は膨大だ。

 どれほど魔術に秀でたとしても、一個人で振り払えるような量ではない。


「――チィッ!」


 グレンは大剣を手に駆け出す。

 場合によっては、多くの人々が住まう帝都アルベラムの地で化け物が産まれかねない。


 将軍の力は底が知れない。

 もしこの場で理性を失うようであれば、それこそ帝国軍に志願した者たちを束ねたとしても止められないだろう。


 しかし、邪魔をするなと言わんばかりに、振り下ろされた大剣は将軍自身の手によって阻まれる。


『無用だ……全て、解した』


 突き立てられた無数の刃が、溶けるようにして体に染み込んでいく。

 穢れは再び彼を宿主と定めたらしい。


『双方に利があるというならば――』


 全ての穢れを不死の体に呑み込んでいく。

 目元には蒼く焔が灯り、虚ろな骸骨の体を煌々と照らす。


『――傀儡と成り下がることも厭わぬ。此の身は帝国への供物であり、此の魂は帝国の繁栄を望むのみ』


 本質を理解した上で、毒を喰らう腹を決めた。

 深界の奇跡は、己を喰らわせるに足るだけの力を齎す。


「……いいのかよ、それで」

『祖国のためなれば、傀儡になることを躊躇う理由も無い』


 グレンの問いにも、将軍は一切の逡巡無く返答する。

 そこには、一国の将としての矜持を感じられた。


『帝国には力が必要なのだ。此の時代には、誇り高き戦士が不足している』

「帝国にも軍がいるだろ。竜も退ける堅牢な帝都に、これ以上の力が必要なのか?」


 武力という点で言えば、ガルディアは大陸屈指の力を誇っている。

 教内の利益のみを追求するエルベットでさえ、易々と手を出さないようにしているほどだ。


 肥沃な地域と帝国を繋ぐデオン伯爵領が没したことで、交易に不自由する面が出てきていないわけではない。

 それを差し引いたとしても、当面の安全は保証されているだろう。


『……滑稽な話と思われるやも知れぬが』


 ラースヴァルドは悩んだ様子で一息置いて、自身の頭部を指差す。


『欠落したはずの記憶の断片が、我が魂を揺さぶるのだ。此の諍いを、正しき形で終わらせなければならぬ……と』

「その未練が、お前を不死者にしたってことか」


 カルネの再臨と同時期に蘇ったのは偶然ではない。

 その気配を感じ取って、永き眠りから目覚めたのだ。


『未練などという生易しいものではない。此れは執念だ』


 その衝動に身を委ねて、現世を掻き乱す混沌の中心となろうとしている。

 祖国の勝利こそが、彼の欠落した記憶を呼び起こす鍵となるだろう。


『先ずは、かつての帝国の姿を取り戻さなければならぬ。気高く覇道を突き進む、偉大な祖国の姿を』

「帝国軍の現状に不満があるってことか?」


 その問いに、ラースヴァルドは少しばかり思案する。

 骸骨の顔に表情は無いが、何かしら悩みを抱えているように見えた。


『帝都を……城内を見て回るといい。貴殿の力量を評価して、相応の肩書きを与えよう』


 その言葉には、彼なりの苦悩が感じられた。


 領土の大半が穢れに呑まれ、外界と隔絶された帝都。

 その現状は、偉大なガルディア帝国の名を掲げるには極めて矮小で、許容し難い。

 彼の思い浮かべる祖国とは似ても似つかない。


『帝国に在りし日の栄光を取り戻すのだ。此の朽ち果てた身に与えられた使命こそ、忌々しき聖女を滅することなのだろう』


 それ故にカルネと同時に目覚めたのだろう、と。

 己の心を試すように言葉にしてみるが、どこか誤っているように思えて仕方がなかった。

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