スケルトン①
「……っ! もう一度だ!」
「何度でもどうぞ」
くすりと笑って、明はアーサーの攻撃を受け止めた。
しばらくの間、庭には短剣同士がぶつかる金属音が響き続けた。最初は闇雲に刃を振り回していたアーサーも、次第にコツを覚え始めたようで、その動きに無駄が無くなっていく。
「はあ、はあ……」
三十分ほど続けた後、アーサーは肩で息をしながら短剣を下ろした。
「なるほど、確かに防げるな。だがその技を私が真似をするには……少し、無理があるようだ。戦い慣れている君ならともなく、私にはまだタイミングが難しい」
「そうですね。この技は経験がものをいうので……。まだ短剣の扱いにも慣れていないアーサーさんには、少し難しいかもしれません」
「それじゃあ、いったいどうすれば?」
「防御手段はパリィだけじゃありませんよ。回避も重要な防御です」
明は短剣を亜空間にしまいながら説明を続けた。
「死霊系モンスターは、物理的な実体が曖昧です。パリィが通用しない攻撃も多い。その場合は回避に徹することになります」
「回避か……」
「基本は最小限の動きで。無駄に大きく動くと、次の動作が遅れます。それに、死霊系モンスターは触れられただけで生命力を吸収されるので、完全に避けることが重要です」
明は実演しながら説明した。ゆっくりとした動きで、攻撃を想定した回避動作を繰り返す。
「基本戦術は一撃離脱。深追いは禁物です。アーサーさんにはまだ魔力を扱うスキルがないので、俺が魔力で攻撃している隙を狙って、物理攻撃を加えてもらうことになります」
「分かった。君の指示に従うよ」
二人が訓練をしている間、オリヴィアとエマは家の中から見守っていた。窓越しに見える二人の真剣な表情に、エマが不安そうにオリヴィアの服を掴む。
「ママ、パパは大丈夫かな?」
「大丈夫よ。一条さんがついているから」
オリヴィアは娘を抱きしめながら、そっと頭を撫でた。
日が傾き始めた頃、明は訓練を切り上げた。
「そろそろ準備をしましょうか」
アーサーは額の汗を拭いながら頷いた。数時間の訓練で、基本的な動きはかなり身についてきている。
「装備の最終確認を忘れないでくださいね」
明は自分の装備を確認しながら、アーサーに声をかけた。暴虐の黒刃、狼牙の短剣五本、そして亜空間から松明を数本取り出して、枯れたカニバルプラントを先端に継ぎ足す。
「松明?」
「死霊系モンスターは火を嫌う性質があります。直接的なダメージにはなりませんが、牽制には使えるはずです」
明は松明の一本をアーサーに渡した。
「奥様とエマさんは、ここで待機してください。何かあったら、すぐに地下室へ」
「分かったわ。でも、あなたたちも無理はしないで」
オリヴィアが心配そうに二人を見送った。
日没後、街の雰囲気は一変していた。昼間は静かだった通りに、ゴブリンやボアの姿がちらほらと見え始めている。
道路の片隅には、まだ新しい血痕が点々と続いていた。壁には引っかき傷が残り、割れたガラスが月光を反射している。どこかで犠牲者が出たのだろう。
「ここで無駄に体力を減らすわけにもいきませんし、戦闘はなるべく避けましょう」
「わかった」
明は警戒しながら、市営病院へと向かう道を進んだ。アーサーも緊張した面持ちで後に続いていく。
商店街を通り過ぎる際、コンビニのガラス扉が粉々に砕け散っているのが見えた。中は荒らされ、商品が散乱している。レジは壊され、床には赤黒い染みが広がっていた。
「ひどい有様だな」
アーサーが顔をしかめた。
「これからもっと酷くなりますよ。こんなものは序の口です。……それよりも、気がつきませんか?」
「気がつくって、何に?」
「周囲の気配の変化です」
病院前の交差点に近づくにつれ、空気が変わり始めていた。
生暖かい風が吹き、どこからか腐臭が漂ってきている。そして、カタカタという乾いた音が風に乗って響いてくる。言われて、アーサーも周囲の気配に気がついたのか、さっと顔色を変えた。
「これは……」
「これが死霊系モンスターの気配です。やはり、ここに出現していますね」
しばらく進むと、交差点の中央で白い骸骨が立っているのを見つけた。月光に照らされた骨は不気味に白く、眼窩には青白い炎が宿っている。手には錆びた剣を握り、カチャカチャと音を立てながら徘徊していた。
「あれは……骸骨か?」
「違います。あれが死霊系モンスターです」
「あれが?」
「スケルトンと呼ばれる、死霊系モンスターの中では下級の個体ですよ。運が良いですね、こいつら相手なら、魔力は必要ありません」
明は暴虐の黒刃を構えて、スケルトンを見据えた。
「アーサーさんは、俺が攻撃した後の隙を狙ってください。深追いは禁物です」
「分かった」
アーサーも女王蜂の毒短剣を構える。
スケルトンがこちらに気づき、カチャカチャと骨を鳴らしながら近づいてきた。その動きは死者特有の不規則さがあり、予測が難しい。
「来ます!」
明が叫んだ瞬間、スケルトンが錆びた剣を振り上げた。
明は最小限の動きで剣を受け流し、魔力を纏った刃でスケルトンの胸骨を狙った。暴虐の黒刃に付与された『破甲』スキルが発動する。防御を無視する刃が骨を切り裂き、スケルトンの口からギィィという不気味な音が響いた。
「今です!」
アーサーが横から飛び込み、スケルトンの関節を狙って斬りかかった。しかし、『破甲』スキルのない刃では攻撃が届かない。硬い骨はアーサーが振るった刃をいとも簡単に弾いた。
「硬い!?」
「落ち着いて! 胸骨の奥の魂の炎が核です。そこを狙ってください!」
明は再び刃を振るった。スケルトンの胸骨が砕け、中の青白い炎が露出する。その瞬間を狙って、アーサーが短剣を突き立てた。
今度は確かな手応えがあった。
青い炎が消え、スケルトンが骨の山となって崩れ落ちる。
「よし!」
アーサーが喜びの声を上げたが、明は警戒を解かなかった。
「まだです。周りを見てください!」
アーサーが周囲を見回し、息を呑んだ。
交差点のあちこちで、地面が盛り上がり始めていた。土を押しのけて、白い骨の手が次々と突き出してくる。
「スケルトンが……地面から湧いている!?」
「シナリオの影響でしょう。俺たちの周囲に集まってきているようです」
明は小さく舌打ちをすると、残りの魔力を確認した。魔力値は8しかない。『魔力撃』を使えるのも1回が限度だ。
(耐久値の高いスケルトンを複数相手にするのは、今の俺たちには難しい! 囲まれたら全滅は免れないっ!)
「アーサーさん、松明に火を点けてください!」
二人は松明に火をつけた。オレンジ色の炎が暗闇を照らし、スケルトンたちが一瞬たじろぐ。
「効いてるな」
アーサーがほっとした表情で呟いた。
明が鋭く言い放つ。
「でも、これだけじゃ倒せません。こんなもの、ただの時間稼ぎです」
明は素早く周囲を見渡した。
四方に道が伸びる交差点は、守りに適していない。こちらはたった二人で、敵の数はすでに数十体にまで膨れ上がっている。これで打ち止めならまだいいが、シナリオのクリア条件は〝死霊系モンスターを100体討伐すること〟だ。クリア条件を考えると、まだまだ数は増えそうだった。
(くそっ! 自分ひとりだけならまだしも、この数のスケルトンに囲まれてアーサーが無事でいる保証はないな)
今の彼らは運命共同体だ。アーサーが死ねば、明の残機は一つ減る。そして二人は一緒に、クイーンビー討伐直後の時間軸へと巻き戻る。
(ここで残機を減らす予定はないってのに!)
だからこそ、守りに適していて確実に一体ずつ討伐することができる場所が必要だ。
明は戦術を頭の中で組み立てた。魔力を節約しながら、確実に数を減らしていく必要がある。
周囲を見渡していた明の視線が、道路脇の細い路地で止まった。
両側を高いビルに挟まれた路地は、幅が2メートルほどしかない。入り口と出口が明確で、退路も確保できる。
「アーサーさん、俺の後ろについてください。場所を変えます。路地に入りましょう」
「路地?」
「狭い場所なら、同時に相手にする数を制限できます」
二人は松明でスケルトンたちを牽制しながら、路地へと走った。
予想通り、スケルトンたちは路地の入り口で渋滞を起こした。骨格同士がぶつかり合い、狭い通路では一度に2、3体しか入ってこられない。
「これなら」
アーサーが安堵の声を漏らした。
しかし、明の表情は厳しいままだった。
「安心するのはまだです」
「え?」
「ここは前後から挟まれたら逃げ場がありません」
案の定、しばらくすると路地の反対側からも新たなスケルトンが現れ始めた。明と背中合わせになったアーサーが唸り声をあげる。
「一条くん、どうするんだ!? 挟み撃ちだぞ!」
「分かってます。ですが、ここで戦うしかありません」
明は気合を入れるように細く息を吐くと、短剣を構えた。明が戦闘態勢になったのが分かったのだろう、アーサーも奥歯を噛みしめると、覚悟を決めたように短剣を握りしめる。
「戦う前に、いくつかアドバイスがあります」
「っ、なんだ?」
「先頭のスケルトンはなるべく押し返して、後続のスケルトンがすぐに前に出てこれないようにしてください。二体以上のスケルトンを相手にするのは、今の俺たちには無理です。……なので、最初は俺が前に出て、時間を稼ぎます。そのあとすぐに合図をするので、場所を入れ替わりましょう」
「場所を?」
「核を砕かれたスケルトンが、その場で崩れ落ちるのを見たでしょう? あの骨が地面に散らばれば、相手の足を取ることができます。完璧じゃないですが、多少は動きを鈍らせられるはずです」
「なるほど、やってみよう」
「ここからは長期戦です。気合を入れてください! 死んだら、こいつらの仲間入りですよ!!」
明は短くそう言うと、手近にいたスケルトンへと飛び掛かった。
ガァン!
明の刃がスケルトンの錆びた剣と激突した。
火花が散り、金属音が路地に響く。明は素早く剣を弾き上げると、空いた懐に踏み込んだ。
「『剛力』!」
スキルを発動し、渾身の力で胸骨を蹴り飛ばした。スケルトンが後方へ吹き飛び、後続の骨たちと衝突する。衝撃で核が砕けたスケルトンが数体、その場で意識を失ったように骨の山に変わった。
「今だ!」
明は叫びをあげると、その場で反転した。
素早く場所を入れ替わり、間近に迫っていたスケルトンへと短剣を突き出す。『破甲』スキルが発動した刃が、硬い胸骨の奥にある核を貫いた。
青い炎が消え、スケルトンが崩れ落ちた。バラバラになった骨が地面に散乱し、後続のスケルトンたちの足元を不安定にしていく。
「アーサーさん、交代です!」
「分かった!」
二人は素早く位置を入れ替えた。
カチャ、カチャ、カチャ……
骨の擦れる音が路地全体に響き渡る。地面に散らばった骨が増えるにつれ、スケルトンたちの動きが鈍くなっていた。肋骨を踏んで滑ったり、頭蓋骨に足を取られてよろめいたりと、完璧ではないが少しずつ効果が現れはじめる。
「交代です!」
明はふたたび声を張り上げ、アーサーと位置を入れ替わった。
路地の先に見える交差点が、大量のスケルトンで埋め尽くされていた。十や二十なんて数じゃない。百、二百はくだらない大量のスケルトンが、この場所に集まって来ていた。
「クソったれ。百体討伐するだけじゃなかったのかよ!」
本来ならまだ出現していないはずのモンスターを、『座』のシステムを使って無理に出現させている影響だろうか。
百体討伐するまで出現し続ける勢いであるスケルトンの群れに、明は盛大な舌打ちを漏らすと、目の前に迫る骨を砕いて、さらにバリケードを築き上げた。
カチャ、カチャ、カチャ、カチャ……。
骨と骨がぶつかる音で、路地が埋め尽くされていく。地面の骨を踏み越えながら、スケルトンたちが前に、前にと詰めかけている。
明は崩れた骨の山から肋骨を拾い上げ、迫るスケルトンの顔面に投げつけた。投げた骨は正面にいたスケルトンの首を落としたが、それも気にしていない様子で、首のない身体が動き、襲い掛かってくる。
(はぁ……くそっ、これが死霊系の嫌なところだな)
コイツらには痛みがない。核を砕かない限り動き続けるから、首を落とされようが腕を斬られようが、その動きは止まらない。
明は素早く身体を傾けた。直前まで首があった場所を、スケルトンが持つ錆びた剣が通り過ぎていく。
明はその腕を素早くへし折り、手にした剣を奪い取った。『剛力』スキルを発動させると、力任せに正面のスケルトンの胸骨へと、錆びた鉄剣を突き刺して返り討ちにする。
明は素早く背後を振り返った。
通路の先から押し寄せているスケルトンが、散乱した骨を踏み越えてアーサーに襲いかかろうとしていた。
「交代だ!!」
明はアーサーの前に滑り出ると、間近に迫るスケルトンを力任せに殴り飛ばした。
「疲れたら隅で休んでろ!!」
「ま、まだ戦える……!」
「黙って指示に従え!! 死にたいのか!?」
敬語を使う暇もない。本音をさらけ出した明の言葉に、アーサーは奥歯を噛みしめると、明の邪魔にならないよう壁にへばりついて、息を整えた。
(まだ経験も少ないアーサーに、この連戦は無理か)
明は目の前のスケルトンを相手にしながら、心で呟いた。
緊張と興奮によるものか、アーサーの動きには無駄に力が入っている。これでは、どれだけ体力値を伸ばそうがすぐにスタミナが底をついてしまうだろう。
一撃離脱と、事前に言っていたのはこのためだ。たった一撃で、最大の効率を狙う動きをしなければ、今のアーサーがモンスターと戦い続けることはできない。
明は間近に迫るスケルトンに短剣を突き刺した。胸の核を砕くと、崩れ落ちる骨をそのままにして、次の敵に向かう。
地面は既に白い骨で覆われ始め、まるで骨の絨毯のようになっていた。スケルトンたちは仲間の骨を踏みしめながら前進してくるが、その足取りは明らかに遅くなっている。
――――――――――――――――――
死霊系モンスター撃破数:27/100
――――――――――――――――――
シナリオを呼び出し、進捗を確認した。まだ折り返しにもなっていない。
「すまない、助かった!」
アーサーが戦線に復帰した。明は足元に転がっていた錆びた剣を拾い上げ、アーサーに指示を出す。
「敵の剣を相手に投げつけろ! 弾かれてもいい! 少しでも動きを止めるんだ!」
「分かった!」
アーサーは地面に落ちていた錆びた剣を拾い、群れの正面へと全力で投げつけた。
「レベルアップしたらすぐに筋力値に回せ! スキルの取得は後回しだ!」
「一条くん! あいつら、地面の骨をどかそうとしているぞ!」
「足を狙え! 痛みがなかろうが、相手は人型だ! 移動手段は限られてる!!」
「今度は仲間を踏み越えて前に出ようとしている!」
「上のやつは叩き落とせ! 絶対に傍に寄らせるな!!」
次々と指示を出し、何度も位置を入れ替わりながら、明は必死でスケルトンを相手にしていく。だが、それも長くは続かない。『剛力』の発動が切れた一瞬の隙を突かれるたびに、明達が確保していたスペースがどんどん狭くなっていた。
アーサーの悲鳴があがったのは、その時だ。
「ぐあっ!」
アーサーが肩を抑えてよろめいた。血が勢いよく噴き出し、ボタボタと地面を濡らしていく。
明は素早く反転すると、アーサーにトドメを刺そうとしていたスケルトンを殴り、吹き飛ばした。
「クソったれ!」
呻きをあげて、明はアーサーを助け起こす。
ちらりと画面を確認した。
――――――――――――――――――
死霊系モンスター撃破数:44/100
――――――――――――――――――
討伐数はまだ、半分も満たしていなかった。




