血命薬
明は女王蜂の死骸から折り取った顎牙を亜空間に収納すると、倒れているオリヴィアに歩み寄った。
「奥様の状態を確認させてください」
アーサーが頷き、場所を空ける。
明は片膝をついて、オリヴィアの脈を取った。弱いが、まだ規則的に打っている。しかし、顔色は蒼白で、呼吸はさらに浅くなっていた。
「能力の過剰使用による反動です。『圧縮』スキルは確かに強力ですが、使用者の生命力も消費する。このままでは……」
「……ッ、何か……何か、方法はないのか?! 頼む、彼女がいなければ私は……ッ!!」
アーサーの必死な声に、明は頷いた。
「あります。そのために、俺はここにいるんです」
そう言うと明は、スキル一覧画面を開き、3ポイントを消費して『調合』スキルを取得した。
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スキル:調合Lv1を取得しました。
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瞬間、明の頭に異世界の知識が流れ込んできた。薬草の配合や魔物素材の扱い方に関する知識だ。その中には、それらで作ることができる成果物に関する知識も含まれている。
(スキルレベルが低いからか、どれも初歩的な知識だな)
とはいえ、その知識の中に目新しいものは何もない。それどころか、スキルによって得られたのはどれも既知のものばかりだ。過去の周回で培った知見のほうがよほど深いとすら言える。
それでも『調合』スキルを取得したのには理由があった。
(瀕死の彼女を助けるには、今ここで〝回復薬〟を作るしか方法はない)
〝回復薬〟は、調合できるアイテムの中でも製作難易度が高く、『調合』スキルの上位スキルである『錬金術』というスキルがなければ製作できない代物だ。『調合』スキルを取得しただけでは、そもそも回復薬の製作知識すら浮かばない。
だがそれは、何も知らない素人の場合の話だ。
過去何度もこの世界をやり直し、いくつものスキルを習得してその知識を蓄えてきたこの男の前では、その常識が当てはまらない。
(まずは道具だな)
明は心で呟き、亜空間から鉄パイプとミノタウロスの皮を取り出した。鉄パイプを曲げて輪を作り、そこに皮を張って、釜のような形に仕上げる。
明が作っていたのは、即席の錬金釜だった。『魔具製作』スキルで作る本来の錬金釜には遠く及ばないが、これでも十分に効果はある。
アーサーが不安そうに聞いた。
「何をしているんだ?」
「奥様を助けるために、回復薬を作るんです」
「回復薬?」
「異世界由来の、傷を治す薬ですよ。生命力を高める効果があります」
明はそう言うと、釜を石で組んだ即席のかまどの上に設置して、立ち上がった。『解体』スキルを発動させながら、死骸になったクイーンビーへと近づいていく。
(ローヤルゼリーがあるのは……第三節と第四節の間だったな)
青白い光が手に宿り、クイーンビーの体内構造が脳裏に浮かぶ。明は亜空間から包丁を取り出すと、クイーンビーの胸部を慎重に切り開いた。
(よし、見つけた)
分厚い筋繊維と肉に覆われた中に、黄金に輝く小さな腺を見つけた。ローヤルゼリーを生成する器官だ。それを丁寧に切り出し、中の濃厚な蜜を絞り出した。
(あと必要なものは……)
記憶を頼りにしながら、明は続けて腹部の第五節を切開すると、そこから琥珀色の小さな石を取り出した。炎蜜石――キラービーやクイーンビーが体内で生成する発熱石だ。
「エマさん、これを薄く切ってもらえませんか」
明は亜空間から取り出したカニバルプラントの枯れた根をエマに渡した。
「はい!」
エマがカニバルプラントの根を切っている間に、明は亜空間から取り出した水を即席の錬金釜に注ぎ入れて、炎蜜石を釜の底に落とし入れた。石が熱を放ち始め、釜がゆっくりと温まっていく。
「これで加熱の問題は解決だ」
続けて、明は亜空間からミノタウロスの血液を取り出した。血液の入ったペットボトルを見つめ、慎重に分量を検討する。
(ミノタウロスの血液は生命力の塊だが、多すぎれば毒になる。今ある材料の分量からすると……これぐらいがベストかな)
「終わりました!」
「ありがとうございます」
エマが薄くスライスされた根を差し出してきた。明は受け取った根を布に包み、温度が上がるのを待った。その間にクイーンビーの顎牙を包丁で削り、細かい粉末にしていく。
「アーサーさん、奥様の脈を診ていてください。変化があったらすぐに教えてもらえると助かります」
「分かった」
アーサーがオリヴィアの手首に指を当てた。
水が適温になったところで、明はミノタウロスの血液を計量しながら加えた。血液が水と混ざり、釜全体が一瞬にして赤黒く染まる。すぐに中和剤となる顎牙の粉末を少しずつ加えると、液体が激しく泡立ち始めた。
「そろそろだな」
明は用意しておいた、カニバルプラントの根を釜に浸した。じわりと茶色いエキスが染み出し始め、液体全体が深い褐色に変化する。
最後に、ローヤルゼリーを慎重に加えた。一滴、二滴、三滴……五滴目を加えたあたりで止めた。三分間、時計回りに一定のリズムで液体全体をゆっくりとかき混ぜる。
徐々に液体の色が変わり始めた。褐色から赤茶色、そして深い赤へ。最後には、ルビーのような透明感のある赤になった。
「完成だ」
明は安堵の息を吐くと、釜から液体を小瓶に移した。ちょうど、小瓶二本が満タンになる量だ。できた回復薬の量は100ミリリットルほどと少ないが、これが限界だった。
『鑑定』を発動させる。
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不完全な血命薬
・状態:不完全
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・魔素含有量:2%
・追加された特殊効果:回復量50%減少
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生命力を活性化し、体力を回復することができる
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「不完全……魔素を取り除く材料を入れてないからか」
複数の素材同士の効果を組み合わせて、できるだけ副作用がないようにしたものの、限界はあったようだ。魔素は完全には取り切れず、回復量も通常の半分ほどになってしまった。
(まあ、それでも十分だ。魔素が数%なら身体への影響もほとんどない)
明は、できた小瓶をアーサーに差し出した。
「アーサーさん、奥様にこれを飲ませてください」
「これが……その、回復薬というやつなのか?」
「『調合』スキルで無理やり作ったものなので、不完全なものですけどね。効果も本来のものより半分ほどしか発揮しない。……ですが、今の奥様を助けることぐらいはできるはずですよ」
アーサーは差し出された小瓶を受け取り、覚悟を決めたように小さく頷いた。
「分かった。君を信じよう」
アーサーがオリヴィアを抱き起こした。それから、ゆっくりとその口元に瓶の中身を注ぎ込む。
白い喉がゆっくりと動き、オリヴィアが赤い液体を飲み込んだのが分かった。
「……うっ」
オリヴィアの顔が苦痛に歪んだ。呼吸が乱れ、額に大粒の汗が浮かび始める。苦しむ彼女の姿を見て、アーサーが明を睨み付けた。
「オリヴィアッ!? 一条くん、これは一体どういうことなんだ!」
「安心してください、これはミノタウロスの血液の効果です。もう少しで落ち着きます」
明の説明通り、一分ほどするとオリヴィアの呼吸が深くなってきた。顔色も徐々に改善し、血の気が戻ってくる。
「……アーサー?」
「オリヴィア!」
オリヴィアが薄く目を開けた。まだ意識は朦朧としているが、危機は脱したようだ。
「ママ! 良かった……」
エマが安堵の涙を流してオリヴィアに抱きついた。
明はその様子を見守りながら、残った回復薬を飲み干した。一気に身体が熱くなり、胃の中から燃え上がるような熱に襲われる。
「ぐっ……」
奥歯を噛みしめて、痛みに耐えた。みるみると傷を覆うように皮膚が再生しはじめ、全身の傷が癒えていく。
しばらくすると、痛みと熱が引きはじめた。
明は、傷ついた左腕が支障なく動くことを確認する。違和感はあるが問題ない。これなら『自動再生』スキルを取得しなくても済みそうだ。
(素材も、最小限の消費で済んだな)
明は残った素材を亜空間に戻した。炎蜜石や簡易錬金釜、そしてローヤルゼリー。特にミノタウロスの血液は貴重だ。今後、『調合』スキルのレベルが上がれば、もっと効果的な薬が作れるようになる。
「一条くん」
アーサーが明の傍にやってきた。明の顔をジッと見つめ、深々と頭を下げてくる。
「ありがとう。君がいなければ、家族全員死んでいた。見ず知らずの私たちのために、力を貸してくれて……。本当に、ありがとう」
「お礼はいりませんよ。俺にもメリットがあってやったことです」
「……メリット?」
アーサーが顔を上げて、明を見つめた。
「あなたの力が必要なんです」
「私の? どういう意味だ?」
明は真剣な表情で続けた。
「アーサーさん、あなたに頼みがあります。俺と一緒に戦ってください」
アーサーは驚いた顔をした。
「私が?」
「はい。この世界を生き抜くには、仲間が必要です。それも、強力な力を持った仲間です。あなたにはその素質があります」
「でも、私には特別な力なんて……」
「ありますよ」
明は断言した。
「あなたにも奥様と同じ、特別な才能があります。その力があれば、より多くの人を助けることができる」
「……特別な才能……。まさか、オリヴィアのような力が私にもあるというのか?」
「はい。その通りです」
「いや、そんな……まさか。……私はただの一般人だ。オリヴィアのような力なんて、私にあるはずがない!! それとも、都合よく何かしらの力に目覚める方法があるとでも言うのか!?」
アーサーが分かりやすく狼狽えた。
明はそんなアーサーの戸惑いを静かに見つめ、心の中で小さく息を吐いた。
(戸惑うのも無理ない。今の彼は、まだ何の力にも目覚めていない一般人だ。娘を取り戻すためここに来たものの、結局はキラービーたちとの戦いには何の役にも立たず、己の無力さを痛感したはず)
本来なら、アーサーが力に目覚めるきっかけは、愛する家族の死だった。妻と娘を失い、絶望の淵で怒りと憎しみに身を焼かれた時、彼の中に眠る『死霊術』の力が覚醒するはずだった。
だが明は、その悲劇を事前に防いでしまった。
アーサーの家族を救うことで、彼の覚醒の機会を奪ったのだ。そうでもしないと、彼の心が深い憎悪に囚われるのを防ぐことができなかった。
(都合よく力が覚醒する方法か)
そんなもの、本来ならばあるはずがない。
そう、本来ならば。
「……方法は、あります」
明は静かに呟いた。
「あなたを、奥様と同じ特別な力に目覚めさせる方法を、俺は知っています」
「―――…何を言ってるんだ」
「信じられないかもしれませんが、俺には特別な力があります。『黄泉帰り』という固有スキルです」
「黄泉帰り?」
「死ぬことで、時間を巻き戻す力です。俺はこの力を使って、何度もこの世界をやり直してきました」
アーサーの目が大きく見開かれた。
「時間を……巻き戻す?」
「はい。モンスターが現れるこの日を、俺は百回以上経験しています。だから知っているんです。あなたに、特別な力があることも。その力を使えば、あなたが家族を守れるぐらい強くなれることも」
明はそこで一度言葉を区切り、アーサーを見つめた。
「もう一度、言います。アーサー・N・ハイドさん。俺と一緒に戦ってください。あなたの力を、俺に貸してほしいんです。この理不尽に満ちた世界から家族を守るために。そして、この世界でもがく、俺のために」
明は右手を差し出した。
その手を、アーサーは戸惑うように見つめ続けた。
「……私は、本当に何の力もない人間だ」
アーサーが小さな声で呟くように言った。
「愛する娘がモンスターに連れ去られた時も、最愛の妻が必死にモンスターと戦っている時も、何もすることができなかった。私に力がないことで、この二人を失うんじゃないかと本当に怖かったんだ!! ……だけど、もう……これからは、そんな思いをしなくて済むのか? 君に従えば、私は、この二人を守ることができるのか!?」
「できます。そうなれるように、俺が責任を持ちます」
明は再び断言する。しかとアーサーを見つめて、はっきりとした声で言い放つ。
アーサーはそんな明の瞳をしばらく見つめて、やがて小さく笑った。
「分かった。何より、君は私たち家族の恩人だ。君の力になれるのなら、この身のすべてを君に捧げようじゃないか」
しかと、アーサーが明の右手を握り返してくる。
そして、音が鳴った。
――チリン。
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特定の条件を満たしました。
シナリオが活性化されます。
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炎蜜石
・赤橙に輝く結晶。内部に魔素を含み、水と触れることで発熱する性質を持つ。
・分類:魔物素材
・魔素含有量:5~8%
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ローヤルゼリー
・クイーンビーから採れる希少な蜜。強力な滋養強壮作用を持つ。
・分類:魔物素材
・魔素含有量:0~3%
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クイーンビーの顎牙
・女王蜂の顎から外れた牙状の硬質部。鋭く硬く、毒素が染み込んでいる。
・分類:魔物素材
・魔素含有量:3~6%
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血命薬
・ミノタウロスの生命力を閉じ込めた深紅の液体。服用者の生命力を強制的に引き出し、瀕死状態からでも立ち上がらせる。
・分類:薬品
・魔素含有量:0%
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調合Lv1
・アクティブスキル
・薬草や魔物素材を組み合わせて、新たな調合品を作り出すことができるようになる。
・取得条件:ポイント3で獲得(本来は5ポイント)
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