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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
7章

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344/351

クイーンビー

 クイーンビーが激昂し、翅を激しく震わせる。その振動が空気を震わせ、耳をつんざくような高周波音があたりに響いた。


「皆さんは下がっていてください」


 明が冷静な口調で告げた。


「これは俺の戦いです」


 次の瞬間、クイーンビーが再び突進してきた。今度は毒針だけでなく、鎌のような前脚も振りかざしている。


 明はクイーンビーとの間合いを図りながら、戦斧を構え直した。『戦闘感覚』が発動し、クイーンビーの動きが二重にブレる。現在の位置と、刹那の後の位置。その軌道が、光の線となって明の視界に浮かび上がった。



(右前脚で横薙ぎ、続いて毒針で突き。そして左前脚で追撃か)



 明は最小限の動きで初撃を回避した。戦斧の柄で二撃目を受け流し、三撃目は後方へのステップでかわす。


 しかし、クイーンビーの攻撃はそこで終わらなかった。


 巨大な腹部が弧を描くように振られ、その先端の毒針がヒュンッと音を響かせながら空を裂いた。斬りつけるようにして明を狙ってくる。



「ぐっ!」



 かろうじて戦斧で防いだが、衝撃で数メートル吹き飛ばされた。左腕が使えない今、バランスを取るのも困難だ。


 明が体勢を立て直す前にトドメを刺そうとしているのか、クイーンビーが上空へと高く飛び上がった。



「ギギギ……!」



 そして一気に急降下すると、毒針を槍のように突き出してくる。



「『疾走』ッ!!」



 明がスキルを発動した。一瞬にして世界がスローモーションのようになる。毒針の軌道が、はっきりと見えた。


 地面を蹴り、横に転がって緊急回避する。寸前まで明の頭があった場所に、毒針が突き刺さった。


「ッ!」


 毒針が屋上の床を貫き、コンクリートが砕け散る。


 明はゴロゴロと地面を転がると、跳ねるようにして起き上がった。



「さすがに強いな」



 それもそのはずだ。クイーンビーは、レベル55のボスモンスターだ。レベルだけで言えば、あのミノタウロスを越えている。


 鈍重な見た目通り、クイーンビーの速度値はかなり低いものの、その他の各能力値は強化前のウェアウルフに近い。さらに、厄介なことに毒での攻撃手段を備えている。


 事前準備もなく正面から挑めば苦戦は必至の相手だった。



「今度は俺の番だ」



 明は低く呟きながら、クイーンビーに向けて突進した。


 地面を擦るようにして構えた戦斧を、逆袈裟から斬り上げる。狙いはクイーンビーの前脚だったが、攻撃は黄金の外殻に弾かれた。火花が散るだけで、傷一つついた様子がない。


(くそっ! 『虫嫌い』のトロフィー効果があってもこの硬さか!!)


 『虫嫌い』のトロフィー効果は、昆虫系モンスターに対して+3%のダメージボーナスだ。この戦いのために、明は前もって準備をしていた。


 しかしそれでもなお、クイーンビーの硬い甲殻を破ることはできなかった。


(左手が潰れた影響がデカいな)


 明は小さく舌を打った。


 クイーンビーが嘲笑うかのように鳴き声をあげてくる。



「ギィィィ!」



 そして、クイーンビーは腹部から何かを噴出した。


 毒針の根本から噴出されたのは、濃縮された毒液だった。水鉄砲のように、高圧で噴出された紫色の液体が、一直線に明へと飛んでくる。


 明は、すかさず戦斧を盾のようにして構えると、飛んでくる毒液を防いだ。毒液が斧の表面に当たり、金属が焼けるような音を立てる。


 戦斧の表面が溶け始めたのを見て、明は舌を打った。



「腐食性の毒液か。相変わらず面倒なやつだな」



 このまま何度も攻撃を受けていれば、武器が使い物にならなくなる。

 明はそう決断を下すと、すぐに地面を蹴って前に飛び出した。


「ギイイッ!」


 クイーンビーもそれが分かっているのか、連続して毒液を噴出してきた。


 明は『戦闘感覚』で噴射のタイミングを読むと、すぐに『疾走』を再発動させる。そして、加速した世界ですべての毒液の軌道を見切ると、すぐさま横に跳んで躱した。



 ジュウゥ!



 毒液が明のいた場所を通過し、背後の床を溶かしたのが分かった。間一髪の出来事だったが、それに安堵している暇はない。


 明は、着地と同時に地面を蹴って前進した。『疾走』の効果が続く間に、クイーンビーとの距離を一気に詰める。


(通常の斬撃では攻撃が通らない。なら――)


 明は『魔力操作』を発動し、戦斧に魔力を集中させた。刃が青白く輝き始める。



「『魔力撃マナブラスト』!」



 戦斧を振るうと、青白い斬撃が放たれた。


 魔力の刃がクイーンビーの左翅を切り裂いた。宙にいたクイーンビーが地面に落ちて、苦痛の叫びをあげる。



「ギギギ……」



 クイーンビーは、すぐに宙へと浮かぼうとしていたが、翅が傷つき高く飛ぶことができないようだった。


 その事実が、蜂の軍勢の長たる彼女のプライドを傷つけたのだろう。


「ギイイィイイ!!」


 怒り狂ったクイーンビーが地面を蹴り、低空で突進してきた。


 明は加速した視界でクイーンビーの動きをしかと捉えると、タイミングを計って横に跳んだ。ステータス画面を呼び出し、素早く残りの魔力量を確認する。



(残り魔力は6……。魔力を温存しなければ、最後の一撃が放てないか)



 明は魔力撃ではなく、『剛力』を選択した。



「『剛力』!」



 筋力が瞬間的に倍増する。そして女王が通り過ぎる瞬間、全身の力を込めて戦斧を横薙ぎに振り払った。狙いは、頭部と胴体の継ぎ目――装甲が最も薄い、クイーンビーの弱点だ。


「シィイイイ!!」


 クイーンビーが本能的に身を捻り、攻撃を躱した。


 だが、強化された筋力による一撃は完全には避けきれず、左の複眼に戦斧の刃が食い込んだ。物理攻撃だけでは深い傷には至らなかったが、複眼を潰すには十分だった。



「ギイイェエエエエエッッ!!」



 クイーンビーの絶叫があたりに木霊し、裂けた複眼からボタボタと黒い体液が零れ落ちる。女王は悶え苦しむように地面を転がり、無防備な腹を明へと向けた。


(ここだ!)


 絶好の好機に、明が地面を蹴って飛び出した。クイーンビーとの距離を詰めて、今度こそは、と狙いを定めて戦斧を振りかぶる。



「ギギギィ!!!」



 しかし、女王蜂はそんな明の動きを読んでいた。


 翅を震わせ、地面から跳ねるようにして起き上がると、巨大な前脚で明を薙ぎ払い、自分に有利な間合いを確保した。


 明は振るわれた前脚を戦斧で受け止めた。が、衝撃で後方へ押し戻される。


 ――ミシッ


 戦斧の表面にヒビが入る音がした。



「クソッ! ただでさえ耐久性の低い武器だってのに!」



 明は恨み言を吐きながら、戦斧の状態を確認した。刃は腐食し、柄には無数のひびが走っている。腐食性の毒液を喰らった影響で、武器の耐久性が著しく低下していた。



「ギギギィ!」



 クイーンビーが再び毒液を噴射してきた。


 明は『疾走』で加速し、スローモーションの世界で毒液の軌道を正確に読み取りながら、ジグザグに走って回避する。


 そして、女王蜂の左側――視界の悪い方向から接近した。



(これ以上、戦闘を長引かせるわけにはいかない!)



 明は素早くステータス画面を開き、残っていた1ポイントを魔力に振り分けた。


 僅かだが、魔力が回復する感覚が全身を巡る。



(これで決める!!)



 クイーンビーが振り返ろうとした瞬間、明は跳躍した。『剛力』を発動し、全身の筋力を瞬間的に倍増させる。戦斧をしかと右手で握り、頭上高く振り上げた。


「ギィ!」


 クイーンビーが毒針で迎撃しようとする。


 明は空中で身を捻り、毒針をかわした。『疾走』の加速視界があれば、その動きも読める。そして、女王蜂の背中に着地すると同時に、頭部と胴体の継ぎ目に向けて戦斧を振り下ろした。


 刃が、甲殻の薄い継ぎ目に食い込む。



「ギィイイエエエッッ!」



 クイーンビーが必死に明を振り落とそうと暴れ回った。


 しかし、明は戦斧を深く食い込ませたまま離さない。それどころか、なおいっそうの力を込めて刃を押し込むと、



「『魔力撃マナブラスト』ッ!」



 渾身の力を込めて、魔力を解放した。


 青白い光が、戦斧から爆発的に放出された。魔力の刃が、クイーンビーの体内を内側から切り裂いていく。



「ギィィィィィィ!」



 女王蜂が断末魔の叫びを上げた。


 継ぎ目から光が漏れ、やがて胴体全体に亀裂が走る。そして――



 ズバァッ!



 クイーンビーの巨体が、頭部と胴体で真っ二つに分かれた。タールのように黒い体液が噴水のように噴き出し、巨体が痙攣しながら崩れ落ちる。




 ――――――――――――――――――

 レベルアップしました。

 レベルアップしました。

 レベルアップしました。

 ……………………

 …………

 ……

 ポイント8を獲得しました。

 消費されていない獲得ポイントがあります。

 獲得ポイントを振り分けてください。

 ――――――――――――――――――

 ボスモンスターの討伐が確認されました。

 世界反転の進行度が減少します。

 ――――――――――――――――――




 明は、表示されるレベルアップの画面から目を逸らすと、地面に飛び降りた。


 手の中の戦斧を見る。刃は完全に砕け、柄も折れかけていた。もはや武器としては使い物にならない。


「よく持ってくれた」


 明は砕けた戦斧を亜空間にしまった。これで武器は無くなってしまったが、この戦いで得られたものは大きい。


 明は小さく息を吐くと、背後を振り返った。


 女王蜂は完全に絶命していた。明はふらふらと女王蜂に近づき、顎牙をへし折った。


「ふぅー……」


 身体が限界を訴えている。左腕は使えず、全身のあちこちには打撲と裂傷だ。魔力も完全に枯渇しており、まともなスキルは何一つ使えない。


(今の能力値で、一晩のうちにボス二体はしんどいな……)


 だが、それでも立ち止まっている余裕はどこにもない。


 今日はまだ始まったばかりだ。今後のことを考えても、あと一体は今日中にボスを倒しておかねばならない。


「一条くん!」


 アーサーが駆け寄ってきた。エマも心配そうに近づく。


「大丈夫か? ひどい怪我だ」


「俺は大丈夫です。それよりも」


 明はちらりと、離れた場所で地面に横たわるオリヴィアを見た。


「彼女が心配です。このままだと彼女は――死ぬことになります」


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― 新着の感想 ―
経験値が集団戦考慮されないからこういう女王タイプの危険性はレベル以上ですよねぇ
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