この世界の攻略方法
――戦闘感覚。
このスキルこそがまさに、明の求めていたものだった。
『戦闘感覚』は、トロフィー限定でしか獲得することができないレアなスキルだ。通常のポイントでは決して手に入らない。
効果は、戦闘中相手の行動が一手先まで予測できるようになるというもの。いわば、ごく限られた状況下における未来予測を可能にする。
さらに副次効果として、このスキルには反射神経と反応速度を向上させる効果がある。単純な身体能力の向上とは違う、戦闘に特化した感覚が研ぎ澄まされるのが、このスキルの特徴だった。
(トロフィー取得の条件はかなり面倒だが、それでも、このスキルがあるのとないのとでは雲泥の差がある)
明がこのトロフィーを初めて取得したのは、8周目の時だった。
その時の明は、『トロフィー』システムの研究に明け暮れている最中で、周回を重ねるたびにさまざまな試行錯誤を繰り返していた。
そうした試行錯誤の中で獲得したのが、この『戦闘の達人』だ。
心で「ステータス」と呟き、明はステータス画面を開いた。
――――――――――――――――――
一条 明 25歳 男 Lv8(1)
体力:19
筋力:15
耐久:9
速度:15
幸運:9
ポイント:14
――――――――――――――――――
固有スキル
・黄泉帰り
――――――――――――――――――
スキル
・戦闘感覚Lv1
――――――――――――――――――
(ようやくスキルを取得するために、ポイントを使うことが出来る)
明は小さくため息を吐き出して、スキル取得画面を開いた。
現在のスキルポイントで習得可能なスキルが一覧となって現れる。その中には、以前はポイント5つで取得することができた『魔力回路』の名前があった。
(周回特典の影響も無事に出てるな。ちゃんと、スキル取得に必要なポイントも半分になってる)
明は『魔力回路』を選択し、取得する。
――――――――――――――――――
一条 明 25歳 男 Lv8(1)
体力:19
筋力:15
耐久:9
速度:15
魔力:1
幸運:9
ポイント:11
――――――――――――――――――
固有スキル
・黄泉帰り
――――――――――――――――――
スキル
・戦闘感覚Lv1
・魔力回路Lv1
――――――――――――――――――
(……よし。これで、レベルアップの恩恵が魔力値にも適用されるようになったな)
ポイント5つだったものが、ポイント3つで取得できた。
ずいぶんと楽になったものだ。以前はたった1つのポイントだけでも、その使い道をどうしようかと頭を悩ませていたというのに。
(まあ、そうじゃないと困るんだけど)
でなければ、あの苦労が報われない。
明は残りのポイントには手を付けず、画面を消した。
「さて、それじゃあ次のクエストは……」
明は呟き、考えた。
モンスターが現れたこの世界での攻略方法は、実は「どのタイミングで、どのモンスターに負けるか」にかかっている。
前回の明は、タイムリミットである午後12時まで必死になってレベルアップを続けていた。しかし、それがあまりにも非効率であることを、今では理解している。
明が持つ『クエスト』システムには特殊な発生条件がある。自分のレベルよりも同格か、もしくは上位のモンスターに殺された場合にのみ、そのモンスターを対象としたクエストが発生するのだ。
つまり、あえて強敵に負けてクエストを発生させ、そのクエスト対象のモンスターを討伐しながらレベルアップする方が、最も効率的な成長方法となる。
明は、どのモンスターを相手に選ぶべきかと、過去の記憶を遡った。
「……キラービーだな」
明はすぐに結論を下した。
キラービーは、レベル8のモンスターだ。現在の明のレベルから見れば、ギリギリでクエスト発生の条件を満たす相手となる。
だが、それには一つ大きな問題があった。
現時点でのキラービーの能力値が、すでに明の能力を遥かに上回っているのだ。
レベル8のキラービーの筋力値は20。対して、今の明の耐久値はわずか9しかない。
一撃でも受ければ致命傷は避けられない。
体力値は19あるため即死は免れるかもしれないが、致命傷を受けて動けなくなれば、それは死と同義だ。
しかし、それでも明には確信があった。
次に取得できるトロフィーの内容と、その報酬を知っていたからだ。
明は地下鉄のホームから地上へと出ると、街を彷徨い始めた。
そして、ついに見つけたキラービーの前に姿を晒し――あえて抵抗することなく、殺された。
◇
――チリン。
三度目の目覚めは、お馴染みの電子音から始まった。
――――――――――――――――――
条件を満たしました。
ブロンズトロフィー:二度目の死亡 を獲得しました。
ブロンズトロフィー:二度目の死亡 を獲得したことで、以下の特典が与えられます。
・耐久値+5
――――――――――――――――――
(よし、これで耐久値が14になったな)
明は目の前に浮かぶ半透明のウィンドウを一瞥し、それを手で払うように消した。
キラービーの一撃。前回は耐えられなかった攻撃が、今ならギリギリ耐えられる。
このままレベルを一つ上げ、『身体強化』を取得すれば、クエストクリアは簡単だろう。
明は奈緒の小言を背中に受けながら会社を後にした。
深夜の量販店。いつもの着替えに加え、今回は大量の塩を購入した。
キラービーを倒すために必要な「素材」を手に入れるためだ。
店を出ると、明は購入したリュックサックに塩を詰め込み始めた。ドサドサと音を立てて袋から塩が流れ込む。リュックがパンパンに膨れ上がり、肩に食い込むほどの重さになった。
(これで準備の第一段階は完了だ)
明は重いリュックを背負い直すと、街の中心部へと向かった。時刻は午前一時を回っている。この時間帯なら、目的のモンスターが出現しているはずだ。
記憶の中の地図を頼りに、雑居ビルが立ち並ぶ地域へと足を進める。
薄暗い路地裏、ゴミ箱が並ぶ袋小路、人気のない駐車場。モンスターたちは、そういう場所を好んで巣を作る傾向にある。
(たしか、この辺りのはずだが……)
明は足を止めた。
何かが、違う。
空気が、妙に甘い匂いを帯びている。腐った果実のような、それでいて妙に魅惑的な香り。これは――
「見つけた」
二つの雑居ビルの間、幅三メートルほどの隙間に、それはいた。
最初に目に入ったのは、巨大な壺だった。ウツボカズラを思わせる形状だが、大きさが異常だ。人間が二人は入りそうな大きさの壺が、地面にどっしりと鎮座している。表面は濡れたように光沢があり、毒々しい紫と緑の斑模様が不規則に広がっていた。
壺の口は大きく開いており、その縁からは粘液が糸を引いて垂れている。中を覗き込めば、おそらく消化液で満たされているのだろう。
だが、本当に恐ろしいのは壺本体ではない。
触手だ。
壺の根元から伸びた無数の蔓のような触手が、ビルの壁面を這い回っている。まるで血管のように壁に張り付き、時折ピクリと痙攣するように動く。その先端は鋭く尖っており、獲物を捕らえるための鉤爪のような形状をしていた。
カニバルプラント――食人植物型モンスター、レベル9。
明はゆっくりと息を吸い込み、知識を頭の中で整理した。
(異世界から来たモンスターは、現実の武器に対して高い耐性を持っている。銃弾も、刃物も、通常の物理攻撃はほとんど効果がない。だが、完全に無効というわけではない)
例外がある。属性攻撃だ。
火や氷、雷に毒。これらの属性を持つ攻撃は、耐性を持たないモンスターに対して絶大な効果を発揮する。たとえそれが現実世界の道具を使ったものであっても、属性そのものが持つ力は変わらない。
火炎放射器でスライムを焼き払い、大量の水で炎の精霊を弱らせる。理論上は可能だ。もちろん、そんな装備を一般人が手に入れられるはずもないが。
しかし、もっと身近なもので代用できる場合もある。
塩だ。
植物型モンスターの多くは、塩に対して致命的な弱点を持っている。高濃度の塩分は浸透圧の作用で細胞から水分を奪い、植物を枯死させる。それは異世界のモンスターであっても同じだった。
明は慎重に距離を測った。カニバルプラントの触手の届く範囲は約五メートル。その境界線を見極めながら、じりじりと近づいていく。
触手がかすかに震えた。獲物の接近を感知しているのだ。だが、まだ攻撃範囲には入っていない。
四メートル。
三メートル半。
限界だ。これ以上近づけば、触手が襲いかかってくる。
明は立ち止まり、リュックを肩から下ろした。ずっしりと重い塩の塊。これが、彼の武器だった。
(一発勝負だ)
リュックの紐を握りしめ、明は大きく振りかぶった。遠心力を利用して、できるだけ遠くへ、正確に。狙うは壺の口。あの消化液で満たされた内部に、大量の塩を送り込む。
深呼吸。
そして――
「行けッ!」
渾身の力を込めて、リュックを投げつけた。
重い塩の塊が弧を描いて飛ぶ。
カニバルプラントの反応は電光石火だった。
触手が鞭のようにしなり、空中のリュックを絡め取る。獲物だと認識したのだ。リュックは触手に巻かれながら、壺の口へと運ばれていく。そして――
ドボン。
消化液の中に、リュックごと大量の塩が沈んでいった。
一瞬の静寂。
「~~~~ッッ!!」
次の瞬間、カニバルプラントから聞いたことのない音が響いた。悲鳴とも、咆哮ともつかない、生物の断末魔だ。
壺が激しく震え始めた。まるで内側から何かが暴れているかのように、表面が波打つ。触手が狂ったように暴れ回り、ビルの壁を叩きつける。コンクリートが砕け、破片が飛び散った。
明は即座に後退した。暴れる触手の攻撃範囲から逃れ、安全な距離から様子を見守る。
カニバルプラントの苦しみは、見ていて恐ろしいほどだった。
最初に変化が現れたのは触手だった。みずみずしく蠢いていた蔓が、見る見るうちに茶色く変色していく。まるで秋の枯葉のように、生命力が失われていく様子が手に取るように分かった。
次に壺本体。鮮やかだった紫と緑の模様が褪せ、全体が土気色に変わっていく。表面の光沢が失われ、ひび割れが走り始めた。
触手の動きが鈍くなり、やがて完全に止まった。力なくだらりと垂れ下がり、ビルの壁から剥がれ落ちる。
そして最後に――
ボトリ。
鈍い音を立てて、巨大な壺が横倒しに倒れた。中から茶色く濁った液体が流れ出し、下水のような悪臭が辺りに立ち込める。
カニバルプラントは、完全に枯死していた。
「よし、第一段階クリアだ」
明は鼻を押さえながら、死骸に近づいた。仕事用の鞄からナイフを取り出し、枯れた触手や壺の一部を切り取っていく。これらは全て、次の戦いのための材料だ。
切り取った植物片を鞄に詰め込むと、明は次の目的地へと向かった。
近くの工事現場。モンスター騒ぎで作業員たちが避難し、今は無人となっている。明は柵を乗り越え、資材置き場へと侵入した。
目的のものはすぐに見つかった。錆びた鉄骨。長さは約一メートル半、ちょうど槍としても、棍棒としても使えそうなサイズだ。
明は鉄パイプを手に取り、重さを確かめた。片手で扱うには少し重いが、両手で持てば十分に振り回せる。成長した筋力値が、しかと重さを支えていた。
次に、カニバルプラントの死骸を鉄骨の先端に巻きつけた。枯れた触手を針金でぐるぐると固定し、壺の破片も一緒に縛り付けた。見た目は不格好だが、これで十分だ。
枯れた食人植物は、よく燃える。
その特性は、過去の周回中でもよく利用させてもらっていた。
明は完成した即席の武器を肩に担ぎ、再び街へと繰り出した。
今度の獲物は、キラービーだ。
時刻は午前二時を過ぎていた。この時間帯、キラービーは特定のエリアに出現することを明は知っていた。前回殺された記憶が、鮮明に蘇る。
明は慎重に歩を進めた。闇に紛れ、建物の影から影へと移動する。
キラービーは夜目が利く。下手に見つかれば、準備が整う前に襲われる可能性があった。
ブブブ……
低い羽音が、闇の中から聞こえてきた。
明は息を殺した。
ゆっくりと顔を上げ、音の方向を確認する。
――いた。
街灯の薄明かりの中、巨大な蜂が宙を舞っていた。
体長は一メートルを超える。黄色と黒の縞模様が毒々しく光り、複眼が不気味に輝いている。腹部の先端には、太い注射針のような毒針が伸びていた。あれに刺されて、前回は死んだ。
明は鉄パイプを握りしめ、ライターを取り出した。
カニバルプラントの枯れた死骸に火を点ける準備をしながら、タイミングを計る。キラービーとの距離は約二十メートル。まだこちらに気づいていない。
しかし、明はあえて物陰から姿を現した。
キラービーの動きが止まった。複眼がゆっくりとこちらを向く。敵を認識した瞬間、キラービーの翅が激しく震えた。威嚇の羽音が大きくなる。
――チリン。
聞き慣れた鈴の音と共に、青い半透明のウィンドウが明の視界に展開された。
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前回、敗北したモンスターです。
クエストが発生します。
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E級クエスト:キラービー が開始されます。
クエストクリア条件は、キラービーの撃破です。
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キラービーの撃破数 0/100
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クエストのランクはゴブリンと同じE級だった。
キラービーが動いた。
獲物を見つけた肉食獣のように、一直線に突進してくる。翅の羽ばたきが激しくなり、風を切る音が響く。毒針を前に突き出し、明の心臓を狙ってくる――
「始めるか」
が、明は冷静だった。
手の中のライターを擦り、火を点ける。そして、鉄骨の先端に巻きつけたカニバルプラントの死骸に、炎を移した。
ボゥッ!
乾燥した植物片が、一気に燃え上がった。
オレンジ色の炎が闇を照らし、即席の火槍が完成する。いや、これは火槍とも呼べない大きさだ。火棍といった方が正しいかもしれない。原始的だが、効果的な武器である。
明は燃え盛る鉄棍を両手で構えた。
『戦闘感覚』が発動する。直後、明の視界に不思議な現象が起きていた。
キラービーの姿が、二重に見え始めたのだ。
一つは現在の位置。もう一つは、薄く透けた残像のような姿で、少し先の位置に浮かんでいる。
それは未来の姿だった。
『戦闘感覚』が見せる、刹那の後のキラービーの位置。どこに移動し、どう攻撃してくるか。その軌道が、光の線のように明の目に映った。
(左に回り込んでから、急上昇。そして上から急降下して毒針を――)
全てが見えた。
明は火棍の先を、空中の何もない場所へと向けた。
キラービーはまだそこにいない。だが、刹那の後には必ずそこを通る。『戦闘感覚』が教えてくれた、未来の軌道。
「ふっ!」
明は火棍を突き出した。
タイミングは完璧だった。
キラービーは、まるで自分から火棍に突っ込んでいくように見えた。回避する間もなく、燃え盛るカニバルプラントの死骸に激突する。
「ギギギッ!!」
甲高い悲鳴が夜の静寂を引き裂いた。
炎がキラービーの身体に燃え移る。樹脂のような体液が熱で溶け、翅が炎に包まれた。火達磨となったキラービーが地面に墜落し、のたうち回る。
ゴロゴロと転がりながら火を消そうとするが、カニバルプラントの油分を含んだ炎は簡単には消えない。やがて動きが鈍くなり、ピクリとも動かなくなった。
焦げた臭いが辺りに立ち込める。
「一匹目」
火棍を下ろし、黒焦げになったキラービーの死骸を見下ろしながら、明はそう呟いた。
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戦闘感覚Lv1
・パッシブスキル
・反射神経、反応速度が向上する。戦闘中の感覚が研ぎ澄まされ、相手の行動が予測できるようになる。強化の幅はレベルに依存する。
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二度目の死亡
・分類:トロフィー
・ランク:ブロンズ
・取得条件:『黄泉帰り』スキルが二回発動する
・効果:耐久値+5
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食人植物の破片
・カニバルプラントと呼ばれるモンスターの死骸。可燃性が非常に高く、死骸の中心には脂が詰まっているようだ。
・分類:魔物素材
・魔素含有量:0.1~0.2%
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キラービーやカニバルプラントの能力値は、28話の「とある男のモンスター図鑑」で公開されてます。気になる方はご確認ください。




