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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
7章

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いつもの目覚め、彼女の声

『座』と呼ばれる存在と契約をしてから、一条明という人間の目覚めは、いつも決まった場面から始まっている。


「……じょう! おい、一条っ!」


 それは、何度も耳にしてきた懐かしい言葉。


 何度この世界を繰り返そうが、決まって死の運命に直面する彼女の声。


 耳元で少しだけ怒ったように呼ぶ声に、世界と世界の狭間へと落ちていた意識がいっきに浮上して、一条明は——ゆっくりと、目を覚ました。


「―――…っ」


 真っ先に目に飛び込んでくる蛍光灯の光に、顔を歪めた。


 徐々に焦点を結ぶ視界に、机上に積み上げられた書類の山が飛び込んでくる。


 雑に並んだエナジードリンクの空き缶の奥では、付箋がベタベタと貼られたモニター画面がある。画面には、開きっぱなしのスプレッドシートが映っていた。


「一条ッ! 聞いているのか!? おいッ!!」


 再び聞こえた声に、明は背後を振り返った。


 ダークグレーのテーラードジャケットを着た女性と目が合った。


 ――七瀬奈緒。


 過去18回、同じ場所、同じ言葉、同じ表情で明を起こしてくれた人。


 そして、過去18回、必ず死んでしまった人。


「ようやく起きたか。ったく……白目むいて突っ伏してるから、倒れたのかと思ったぞ」


 奈緒の言葉は、一言一句、完璧に記憶と一致していた。


 明は静かに身を起こし、首筋の鈍い痛みをそっと押さえる。この痛みも、もう19回目だ。


「……すみません」


 短く謝罪の言葉を口にしながら、明は素早く周囲を確認した。


 時刻は午後10時12分。


 オフィスに残っているのは自分と奈緒、そして奥の管理職エリアに二人。窓の外には、いつもと変わらない夜の東京の景色が広がっている。


 まだ、世界は平和だ。


 しかしあと数時間もすれば、この日常は終わりを迎える。


「一条、ちゃんと自分の身体も労われよ」


 奈緒が缶コーヒーをデスクに置いた。ブラックと微糖――いつもの組み合わせだった。


 明は、その缶に手を伸ばしながら、小さく息を吐いた。


(記憶は……18回分、完璧に残ってる。初めてだ)


 前回の周回で得た特典――『記憶の補完』は正常に働いていた。


 いつもの目覚めなら、これからミノタウロスに殺されるまでが1セットになっているが――今回は違う。


(ようやく、完全な記憶の持ち込みが出来るところまで来た。この特典を得るために、多くの功績を積み上げて、多大な蓋然性を支払わなければならなかったが……それでも、メリットは十分にある)


 まず『第六感』という専用スキルを取得する必要がなくなった。


 『第六感』というスキルを用意したのは、10周目のことだ。


 当時、明を大きく悩ませていたのが永劫回帰の弊害とも呼べる、記憶の欠落だった。


『座』と呼ばれる存在と契約をし、人間という枠組みから外れることになったとはいえ、一条明の身体はただの人間種だ。人間の脳では幾千幾万と繰り返される死の衝撃と、その後に続くループの記憶に耐えられない。


 はじめは小さな違和感でしかなかったが、徐々に綻びは大きくなり始めて、10周目にもなると記憶の欠落が顕著になった。


 過去の並行世界での出来事を、覚えていられなくなったのだ。


 そこで用意したのが、記憶の外部メモリ――『記録』と呼ばれる引き継ぎシステムと、スキルと呼ばれる力に、一条明という存在の記憶を封じ込める方法だった。


 苦肉の策だったが、その企みは上手くいった。


 『第六感』というスキルと、『記録』と呼ばれるシステムを取得出来さえすれば、これまでの全てを思い出せるようになったからだ。


 しかし、それでも対処できないことは在る。



(この世界の崩壊を止めるには、今の時点からより効率的に動かなければ話にならない)



 18周目の最後に見た、術式の流出。


 あの現象を止めるには、いち早く今いる日本エリアの術式を止めて、他のエリアへと渡らなければならない。


(『黄泉帰り』の残り回数は50回。…… 無駄遣いはできない。でも、今は使うべき時だ)


「……奈緒さん」


 明は、いつもとは違う呼びかけをした。


 奈緒が振り返る。「主任」という言葉ではなかったからか、その表情にかすかな違和感が浮かんだ。


「おい、名前――」


「もし」


 明は、奈緒の言葉を遮った。

 遮った上で、慎重に言葉を選んで、続けた。


「もし、今夜、この世界に何か大変なことが起きるとしたら……奈緒さんは、どうしますか?」


 奈緒は眉をひそめた。


「は? 何だ急に。疲れてるのか?」


「仮の話です」


 明は真剣な表情を崩さない。


「例えば、地震とか、テロとか……あるいは、もっと想像もつかないような何かが」


 奈緒はしばらく明を見つめていたが、やがて小さく肩をすくめた。


「そうだな……まずは生き延びることを考えるだろうな。それから、大切な人の安否を確認する」


 彼女は少し照れくさそうに続けた。


「お前みたいな部下も、一応は心配するだろうさ」


 この優しい人が、あと数時間後には死ぬ運命にある。


 18回、どんな方法を試しても変えられなかった運命。


 その運命を変えるためには——



(俺がまず、ミノタウロスに殺される以外で、死ぬ必要がある)



 覚悟は決まった。



「奈緒さん」


 明は立ち上がった。


「今度こそ、俺が護ります」


「は?」


「失礼します」


 明は奈緒を置いてその場から駆け出した。

 置き去りにされた奈緒は明の後ろ姿を見つめて、呟く。


「……何だアイツ。頭でも打ったか?」


 今はまだ何も知らない彼女の顔には、ありありとした不信が浮かんでいた。

第三部(実質第二部)、19周目スタートです。

のんびり更新していきますので、よろしくお願いいたします。


以下宣伝。


新作投稿しました。

『滅亡した世界の最後の覚醒者、女神の力で巻き戻る』

https://book1.adouzi.eu.org/n9049kw/


10万字保証です。今のところは毎日更新予定。

こちらの更新を待つ間、こちらの小説を読みながらお待ちいただければと。

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― 新着の感想 ―
通信障害起こる前にどれだけ動けるかもでかそうなのと初期レベル問題の解決をどうやるのか楽しみだなぁ
19周目は強くてニューゲームではないけど予備知識全て持った状態での一部制限ありなRTAモードですね。 日本以外のエリアも全て術式破壊してトゥルーを目指すにはどれだけの時短が必要か… つか崩壊した世界で…
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