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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
六章

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一条明 -0- ㉑



 二人は武器を構えたまま、音の方向を見つめる。


「……なんだ?」


 田村が小声で呟いた。『危機察知』スキルが反応しているのか、彼の表情は緊張に歪んでいる。


 明は剣を構えたまま、慎重に奥へと足を向けた。床に散らばった商品の破片を踏まないよう、一歩一歩確かめながら進んでいく。


 と、その時。




「ああ……神よ……」




 低く、しかし穏やかな声が響いた。それは祈りを捧げるような、静謐な響きを持って、店の最奥部から聞こえてきた。明と田村は顔を見合わせる。人間だとすれば、ここで初めて出会う生存者かもしれない。


「誰だ?」


 明が警戒を込めて声をかけた。


 すると、店の奥からひょろりと背が高い、一人の中年の男が姿を現した。


 顔立ちは日本人のものではない。眼鏡をかけており、撫でつけられた短い髪には幾本もの白髪が混じっている。身にまとっているのは、神父服を思わせる黒い衣装だった。


 しかし明が最初に気づいたのは、男の左袖が空いていることだった。左腕が肩から完全に失われており、袖の先端が無造作に垂れ下がっている。


 一見すると、戦争か事故で負傷した敬虔な宗教者のように見える。しかし——


「ああ、ついに見つけました……」


 男の声には、異常な興奮が込められていた。青い瞳が血走っており、口元には不気味な笑みを浮かべている。


「魔物を狩る罪深き者たちよ」


「お前は……」


 明が身構えた時、田村が小さく息を呑んだ。


「リリスライラ……邪教徒だ」


 その名前を聞いた瞬間、明の記憶が蘇った。彩夏が言っていた話——悪魔を崇拝し、魔物を殺す人間を殺せば何でも願いが叶うと信じている連中。


「私の名はニコライ」


 男——ニコライが残された右手を胸の前に当て、祈るような仕草を見せた。左腕がないため、その動作はどこかバランスを欠いて見える。


「偉大なる魔王ヴィネに仕える、忠実なる僕にございます」


 その言葉と共に、ニコライの全身から黒いオーラが立ち上り始めた。それは単なる殺気ではない。まるで呪いそのものが可視化されたかのような、禍々しい力だった。


「ヤバい……ヤバすぎる」


 『危機察知』が反応したのだろう、田村の顔が真っ青になった。


「嘘だろ、こんなの……」


「なんだッ、どうしたんだよ!」


「アイツのレベル……182だ」


 田村の言葉に、明の血の気が引いた。レベル182。自分たちのレベルと比較すると、圧倒的すぎる力の差だった。


「見てください。私のこの身体を……」


 ニコライが失われた左腕の袖を振った。


「これもまた、主への献身の証。私は己の肉体すら捧げ、主の意志を実現するために存在しているのです」


 そのとき、店内の空気が一変した。まるで重力が増したかのように、息をするのも困難になる。ニコライの圧倒的な威圧感が、二人を押し潰そうとしていた。


 異変が起きたのはその時だ。明の首にかけたペンダントが微かな光を放った。それはリアナから貰った、小さな銀色のペンダントだった。


 ペンダントの光は、二人を守るようにして包み込む。ニコライの威圧感が和らぎ、呼吸が楽になった。


「これは……」


 ニコライが眉をひそめた。明のペンダントを見つめ、不快そうに顔を歪める。


「フレリア……豊穣の女神の加護ですか。忌々しい……」


「逃げるぞ!」


 明が叫んだ瞬間、ニコライが残された右手で祈るような仕草をした。


「主よ。あなたの憎悪を現世に顕現させたまえ―――…『暗黒弾』」


 ニコライの右手の指先から、黒い光弾が放たれた。それは空気を焼きながら、明に向かって一直線に飛んでくる。


 明は咄嗟に横に飛んだが、光弾の軌道が途中で曲がった。まるで意志を持っているかのようなその軌道に、明の目が大きく見開いた。


「ッ!?」


 再びペンダントが光ったのは、その時だった。今度はより強く、明の全身を包み込む。


 黒い光弾がペンダントの光に触れた。その瞬間、光は弾けるような音を立てて、消え去った。光に阻まれた黒い光弾は、威力を大幅に減衰させながら、明の左肩に直撃する。


「がぁっ!」


 激痛が全身を駆け巡った。左肩が焼けるように痛み、革鎧が溶けている。レベル差による攻撃力の違いは、威力を減衰させながらもなお、明の防御力を容易に貫通していた。


「明!」


 田村が心配そうに叫んだが、彼はまだ動くことができずにいた。ニコライの威圧感に圧倒され、身体が強張っている。


「哀れですね」


 ニコライが眼鏡を外し、青い瞳を剥き出しにした。


「まるで蟻が巨象に挑むようなものです。あなた方には救いの手を差し伸べたいところなのですが……主の命令は絶対。あなた方には死んでいただかねばなりません」


 ニコライがそう呟くと、店の床から無数の黒い触手が這い出してきた。それらは明と田村の足を絡め取ろうと、蛇のように蠢いている。


「うわっ!」


 田村の足が複数の触手に絡まれた。ペンダントの光の効果は限定的で、触手の力を完全には無効化できない。


「田村!」


 明は田村を助けようと振り返った。しかし、その隙を突いて、ニコライが最大級の攻撃を放った。


「罪深き者よ。主の慈悲によって永遠の安楽に沈みなさい」


 ニコライの全身から、凄まじい量の黒いオーラが放出される。それは怨念そのものが物質化したかのような、禍々しい攻撃だった。


 攻撃は明に向かって放たれる。この威力では、ペンダントの加護があっても完全には防げない。


 明が覚悟を決めて、剣を構えた——その時。


「させるかよ!」


 田村が触手を力ずくで引きちぎり、明の前に飛び出した。


「田村! だめだ!」


 明の制止も間に合わない。黒い怨念の奔流が、田村の全身を包み込んだ。


「がぁぁぁぁぁっ!!」


 田村の絶叫が店内に響く。魔王の力が彼の体内に流れ込み、肉体と魂を蝕んでいた。


「美しい……主の加護が深く刻み込まれました」


 ニコライが満足そうに微笑む。


「『怨念』の呪いです……もはや誰にも解くことはできません……」


「貴様!」


 明は怒りに燃えて、ニコライに向かった。ペンダントの加護を受けながら、『集中』スキルを発動し、『急所狙い』で弱点を見極める。


 しかし、レベル差があまりにも大きすぎた。


「おぉぉぉぉっ!」


 明の剣が空気を切り裂いた――その時。


「無駄です」


 ニコライが軽く右手を動かすだけで、厚い黒いバリアが出現した。明の剣は弾かれ、攻撃は無効化される。


「くそっ!」


 明が唸りをあげて、もう一度剣を振りかざした――その瞬間だった。



 ドォォォォォンッ!!



 突然、店全体が激しく揺れた。


 ニコライが驚いて振り返った瞬間、店の壁が粉々に砕け散った。そこから現れたのは、八十メートルを超える巨大な影——ギガントだった。


「なんと……」


 ニコライが狼狽した。右手で急いで眼鏡の位置を直しながら、ギガントを見上げる。ギガントの巨大な目が、店内の三人を見下ろしていた。


「アイツ……あのミノタウロスに勝ったのか?」


 明は思わず呟いたが、ギガントがミノタウロスに勝つのも当然だ。ミノタウロスとギガントとでは、地力の差がありすぎる。にもかかわらず、一晩とはいえギガントから時間を稼げたのは、ミノタウロスがまだ、他の魔物に比べて強力な魔物だったからだ。


「グォォォォ!!」


 怒り狂うギガントが雄叫びを上げ、巨大な拳を振り下ろした。


「くっ!」


 ニコライがバリアを展開する。


 その混乱に乗じて、明は田村を抱え上げた。田村の呼吸は浅く、顔色は土気色だった。意識を失っており、全身から異常な熱を発している。ニコライが放った呪いがどれほど恐ろしいものなのか、想像もつかなかった。


「今だ!」


 ギガントとニコライが戦闘を始める中、明は田村を背負って店から脱出した。


「田村……しっかりしろ……!!」


 明は必死に神殿への道を急いだ。


 神殿への道のりは長く感じられた。田村の容態は時間が経つにつれて急速に悪化しており、時折苦しそうなうめき声を上げる。


「もうすぐだッ!! リアナがなんとかしてくれる……」


 明は自分に言い聞かせながら歩き続けた。


 ようやく神殿が見えてきた時、田村の意識はほとんど失われていた。


「リアナ!」


 明は神殿の入り口で大声を上げた。


「リアナ! 緊急事態だ!」


 すぐに、リアナが現れた。彼女は明と田村の様子を一目見ると、表情を変えた。


「何があったのですか?」


「邪教徒に襲われた。田村が『怨念』とかいう名前の呪いをかけられた」


 明は田村を神殿の中に運び入れた。リアナが急いで毛布を敷き、田村を横たえる。


「これは……」


 リアナが田村に触れた瞬間、彼女の顔が青ざめた。


「解けるのか?」


 明の問いに、リアナは長い沈黙を返した。その沈黙が、既に答えを物語っている。


「……『怨念』を解くには、『祝福』の力が必要です」


「祝福? それなら君にもできるんじゃないか?」


「いえ」


 リアナが首を振った。その表情は絶望的だった。


「私が使えるのは『治癒』の力。『祝福』は、それよりもはるかに高位の神術です。それも、これほど強力な『怨念』を解くには、神そのものの力が必要かもしれません」


 明の心臓が激しく鼓動した。


「つまり……田村を救うことはできないのか?」


 リアナは答えることができずにいた。その沈黙が、残酷な現実を突きつける。


 田村の呼吸が次第に浅くなっていく。顔色はますます悪くなり、時折激しい苦痛にうめき声を上げる。


 その夜、明は田村の傍に付き添った。リアナも一緒に看病してくれたが、田村の容態は時間が経つごとに悪化していった。


「明……」


 夜中、田村が小さく明の名前を呼んだ。


「どうした? 水でも飲むか?」


「いや……話があるんだ……」


 田村の声は弱々しかったが、意識ははっきりしていた。


「俺……もうダメかもしれない」


「何を言ってるんだ。まだ諦めるのは早い」


「明……謝りたいことが……あるんだ」


 田村の瞳に、涙が浮かんでいた。


「あの時、ミノタウロスから逃げた時……俺、君を見捨てた……」


「田村……」


「本当は、君を助けたかったんだ……でも、怖くて……自分が死ぬのが怖くて……」


 田村の声が震えている。


「君が『黄泉帰り』を持ってるからって……それを理由に見捨てた。最低だよな」


 明は田村の手を握った。


「もういいんだ。今回、お前は俺を助けてくれた。それで十分だ」


「ありがとう……。明……君みたいないい奴と出会えて……俺は幸せだった……」


 それから、田村は訥々と語るようにして、自分のことを明に伝え始めた。どこの生まれで、どんなことをしてきたのか、これまでの仕事は何だったのか、そして、田村が愛した女性の話まで。


 死の間際に語られる彼の話を、明はずっと彼の手を握りしめながら聞き続けた。



 翌朝、田村は静かに息を引き取った。



 明は彼の遺体の前で、長い間膝をついていた。言葉にならない悲しみと怒りが、胸の奥で渦巻いていた。


「田村さん……」


 リアナも涙を流していた。短い間だったが、彼女も田村を仲間として受け入れていたのだ。


 明は田村の遺体を神殿の庭に埋葬した。簡素な墓標を作り、彩夏の短剣で彼の名前を刻む。


「ありがとう、田村。俺と一緒にいてくれて」


 明の頬を、涙が流れ落ちた。


 しかし、悲しみに浸る時間は長くは続かなかった。


 田村の葬儀を終えたその日の夕方、神殿に異変が起きた。


 地面が激しく揺れ始めたのだ。


「地震?」


 リアナが不安そうに呟いた。


 だが、これは地震ではなかった。あの忌まわしい足音が、再び響き始めていた。


 ドォォォンッ! ドォォォンッ!


「まさか……」


 明は神殿の窓から外を覗いた。


 そこには、あの巨大な影がそびえ立っていた。ギガントが、ニコライとの戦いを終えて、神殿を発見したのだ。


「なんで……こんな時に……」


 明の心に絶望が広がった。田村を失ったばかりで、まだ心の整理もついていない。そんな状況で、再びあの化け物と対峙しなければならないのか。


「明さん、どうしましょう……」


 リアナの声が震えていた。神殿の結界があるとはいえ、ギガントの前では無力に等しい。戦闘能力を持たない彼女には、どうすることも出来ない。


「逃げよう」


 明は即座に判断した。


「ここにいても勝ち目はない」


「そうですね」


 こくりと、リアナが頷く。


 二人は急いで神殿の裏口に向かった。激しい揺れが起きたのは、その瞬間だった。


 ドォォォォォンッ!!


 ギガントが神殿を踏み潰した。


 天井が崩れ落ち、石の破片が雨のように降り注ぐ。明はリアナを庇いながら、必死に瓦礫を避けたが、すべての瓦礫を避け切ることは出来なかった。


「ぐぅッ!」


 瓦礫の破片が頭に当たった。鋭い痛みとともに、額からどろりとした液体が流れる。視界を覆うそれを手で払い除けると、掌が真っ赤に染まっていた。


「リアナ! こっちだ!!」


 それでも、明は傷の痛みなど気にせず、彼女の手を引いて崩れかけた神殿から脱出しようとした。


 だが、そんな二人をギガントが許すはずもない。


 ドォォォォォォォンッ!!


 ギガントの巨大な足が、二人の逃げ道を塞いだ。まるで、今度こそどこにも逃がさないとしているかのように、ギガントは巨大な瞳を向けながら、明の行動を注視している。


「グォォォォォ!!」


「クソッたれ!」


 ギガントの雄叫びが響く中、明は最後の力を振り絞って剣を抜いた。


 無意味だと分かっていても、リアナを守るために戦わなければならない。その気持ちだけで、明はギガントに立ち向かう。


「明さん……」


 リアナが明の背中に手を置いたのは、その時だった。



「ありがとうございました……。あなたに出会えて……本当に良かった……」



 その言葉が、二人の最後の会話となった。



 ギガントの巨大な拳が振り下ろされ、神殿は完全に瓦礫の山と化した。



 明の意識は、再び闇に沈んでいった。



世界反転の進行によってモンスターは本来の力の一部を取り戻していますが、ニコライはモンスターではないため、世界反転の進行によって本来の力の一部を取り戻しません。


この時点では、モンスターの強化(本来の力の一部を取り戻す効果)が二段階行われているため、ニコライよりもギガントのほうが強いです。


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― 新着の感想 ―
たぶんだけど、「モンスタートレイン」の回でモンスターから逃げてたモブって田村だよね?この世界線では最期いいヤツムーブするようになったんだね...
ここで『祝福』の話!0号の記憶は奈緒さんを助ける手がかりになるのか…?
田村はずっと良心の呵責を引き摺っていたんですね ミノタウロスが死にニコライも死?そして今度はギガントに追われるかもしれないのか……やはりレベル上げも追いつかない地獄に近くになってきましたがさてどうなる…
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